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*** 第十一話 絨毯爆撃 ***


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六回目の受話。
即切りしないで、文句を言わせることにした。

「なぜ切るんだ!」

「当社に関係のない電話は、お受け出来ないと申し上げたは
ずです」

「……」

やっと黙ったか。

「ついでに申し上げますが、そちらがどなた様か当方では全
く存じ上げません。発信者を特定出来ないお電話は、こちら
では全て悪質なクレーマーからのものと判断し、対応を行わ
ないことにしております」

「……」

「そちらの発信情報、すなわち電話番号は分かっております
ので、このような迷惑電話をまだお続けになるのであれば、
当社の営業を妨害する目的の行為と判断し、警察に通報いた
します。よろしいですね?」

「ふん」

「よろしいですね?」

念を押した。
でも、この程度じゃこのクソハゲ教授には効かないだろう。
少し押し返すのがいいとこ。

案の定、教授は鼻でせせら笑った。

「ふふん。出来るもんならやってみろ」

やっぱりね。

「俺は三山(みつやま)大ライフサイエンス学部の尾上だ」

やっと名乗ったか。

「どのようなご用件でしょうか?」

「おまえ、データを隠してないか?」

「はあっ!?」

こいつ、気が狂ったんじゃないの?

「先生。おまえらなんか絶対に信用出来んと言って、全デー
タを一元管理されてたのは先生ですよね? お忘れになった
んですか?」

「……」

「わたしの使っていたフラッシュメモリも外付けのハードディ
スクも、ついでに言うならわたしの私物のパソコン本体のハー
ドディスクまで。先生が隅から隅までチェックして、洗いざ
らい研究関係のファイルは消去されましたよね?」

「ああ」

「いいですか? わたしは先生の研究にはこれっぽっちも興
味がありません。大学卒業のお免状さえいただければ、あと
はぜえんぶ忘れたい。わたしのテレオペの仕事には、先生の
研究なんかクソの役にも立ちませんから」

「……」

わたしは、全身全霊を込めて『クソ』と大声で言い切った。

「……」

ははん。そうか。
クソハゲ教授め、とんだへまをこいたな。

学生を信用せず、データの漏洩を恐れて学生の記録装置の中
身を消去する教授。
でも、自分のパソコンや記録装置にそれをコピーし忘れたか、
自分のパソコンがクラッシュしたに違いない。

講座の共用パソコンを用意しないで、学生に一方的に自己負
担を押し付けるロクでもない教授。
そのツケが回ったんでしょ。いい気味だ!

ざまあみやがれっ!

わたしが学生の時は人をくっそみそに言っておいて、その支
配からやっと逃れたわたしを、まだ奴隷扱いしようとしてる
クソハゲ教授。

誰があんたの言うことなんか聞くものか! 思い知れっ!

「繰り返します。この電話回線は、当社の製品に対するご意
見を頂戴するための公式なものです。わたし個人へのくだら
ないいちゃもんを受け付けるためのものではありません」

「今後そちらの番号からこの回線には接続出来ないよう、受
信拒否設定させていただきます」

ぶつっ!

冷静に言ったつもりだったけど、最後にぶっちする時に、わ
たしの指はぷるぷる震えていた。
恐怖でじゃない。怒りでだ。

「ふううううっ……」

あの粘着質の教授が、これで諦めるかどうか自信がない。
でも最初に教授が口に出していたデータ隠蔽っていういちゃ
もんが、わたしからバックアップデータを回収するための言
い訳だとすれば。
もうそれが不可能だっていうことは、いくらなんでも分かる
だろう。

だって、それはわたしの意思の問題じゃない。
機械の問題だからね。

データのリカバリーをしたいからパソコンを貸せっていうな
ら、ぴっかぴかの最新鋭パソコンとなら取り替えてやっても
いいよって言ってやるか。
うけけ。

でも、わたしはもう二度とあの教授とは接点を持ちたくない。
それがいかなる形であっても、だ。

冗談じゃない!

胃の痛み、吐き気、そして……今度は目眩が始まった。

絨毯爆撃は、まだ終わらないだろう。
あと二時間は、敵の攻撃を凌ぎ切らないとならない。

ディスプレイには新たな電話番号が表示され、着信音が鳴り
出した。携帯からの着信だ。

例のやつだな……。

「090 YYZZーZZXX、か」

ベガ女子大に止めろって何度ねじ込んでも、即効性はないだ
ろう。
かかって来てるのは、きっと同じ内容のクレームだ。

それでも、それに片っ端からキレてしまったら、消耗するの
は向こうじゃない。わたしだ。

ああ、仕方ないね。
わたしは機械になろう。アンサリングマシンに徹しよう。

あと二時間。
このしょうもない電話を、時間外ですので受け付けられませ
んとシャット出来るまでは。

電話は、時間外の六時になるまで二十五本……着弾し続けた。

つ……か……れ……た……。




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