《ショートショート 0702》


『芽生え』 (はるのうた 5)


「明日入学式かあ……」

わくわく気分よりも、不安の方がおっきい。
だって……。

「はあ……」


           -=*=-


勉強なんか大っきらいだった。
わたしはバカでいいよ。アタマいいっても、それが何の役に
立つっての? ばっかばかしい。

中学の先生にはさじを投げられ、親からはあきれられ。
でも、ぐれるとか、つっぱるとか、そういうのもカッコ悪い
と思ってて。
ようは何にもやる気のない、だらっだらな子だったわたし。

中三になっても、ぐだぐだ過ごしてて。
夏休み過ぎに、先生に呼び出されてがっちり説教された。

星野さん、あなたがどこに進学しようとあなたの勝手だけど、
あなたの実力に見合ったところにしか選択肢はないよ。
それでいいのね? ……って。

何言ってんだろって思ったけど。
家に帰ってママと話してがく然とした。

わたしでも入れるバカ高は、どこもヤンキーの吹き溜まり。
それがイヤなら、その上はどれも規律の厳しい女子校。
普通校でわたしがのんびり出来そうなところは、すっごい背
伸びをしないとダメなとこだった。

親にがみがみ言われてたこと。先のことを考えなさいって。
それって将来のことなんかじゃなくって、わたしが生き延び
れる高校を考えろって……ことだったんだ。

そこからあわててやる気出して、うんとこさ背伸びして普通
校を受験した。
きっとダメだってあきらめてたけど。
たまたま倍率が低かったみたいで、わたしは奇跡的に合格で
きた。

だけどさー。入学できるのはいいけど。
背伸びもいいとこのわたしは……本当にやってけるんだろう
か?



od3
(ヤブミョウガの芽生え)



高校までの通学路を確かめるのに、川沿いの道をとぼとぼと
歩いた。
お天気がよくて、あちこちで草の芽がにょきにょきと立ち上
がってきてる。

「あんた方はいいよねー。なんも悩みなんかなくてさー」

思わずぶつくさ言ってしまう。
こんなにお天気いいのに、くらあい顔してぶらぶらしてるのっ
て、わたしだけかも。

堤防の上を行き交う人たちは、みんな春を楽しんでて、嬉し
そう。歩く人も、走る人も、しゃべる人も、みんなみんな。
自分だけがその輪の中に入れないような気がして、どんどん
考え方が暗くなる。

「はあ……もう帰ろっかなあ……」

歩き続けるのが、やんなった。
ガッコへの行き方くらい、きっと分かるよね。
わたしは、足を止めて周りを見回した。
そしたら。

そこに彼がいるのに……気付いたんだ。



od1
(ヒメオドリコソウ)


彼は。
日本人じゃなかった。

栗色の髪。青い目。すうっと通った鼻筋。白い肌。
そして……すっごい美男子だった。
年はわたしと同じくらいかなあ。カッコいいっていうより、
かわいいっていうイメージが強かった。

でも、わたしと同じで一高の制服を着てる。
そして、堤防を少し降りたところでしゃがみ込んで、何かを
じっと見てる。

はっきり言って、一発で「ずぎゅん」だった。
わたしってラッキーって思った。
こんな子が通う高校に行けるんだなって、今までのぐだぐだ
な気分がぜえんぶ吹っ飛んだ。

でも……。
そのテンションは、すぐにしゅるるるって下がった。

だってさあ。
わたしってバカやん。あんなジンガイの美男子となんか並べ
られないじゃん。絶対釣り合わないよね……。
勉強は論外。スポーツはまるでだめ。音楽や美術もぺけだし。
気は利かないし。やる気はないし。
顔もボディも並以下だし……。

「やっぱ帰ろっかな……」

何も見なかったことにしよう……そう思ったけど。
でも。わたしの目はきっと、彼の姿ばかり追い続けることに
なるんだろう。

「……」

しゃがんだまま動かない彼が何を見てるのか、わたしはそれ
が気になった。

声……かけてみようか。
外人にどうやって声かけたらいいか分かんなかったけど……。
勇気を振り絞って少し離れたところから声をかけた。

「は、はろー」

くるっと振り返った彼は、少し驚いたように、そして少しう
んざりしたように返事をした。

「ちわ」

え?

「あ、あの?」

「ああ、僕は日本語しか分かんないから」

げ……。

「君も一高?」

「はい。明日から」

「ああ、同じかー」

やっぱ新入生だったんだ。

「何見てたんですかー?」

「草」

立ち上がった彼は、足下の芽生えを指差した。



od2
(オランダミミナグサ)



「芽が出たばっかじゃ、さすがになんていう草か分かんない
なーと思ってさ」

そりゃそうだ。
もっともわたしは、それが大きくなったってなんの草か分か
んないだろう。

彼もわたしと同じで、明日入学だっていうのにあんまり嬉し
くなさそうに見えた。

「高校、希望と違ったんですか?」

「どして?」

「あんま、うれしそうに見えないから……」

「いや、希望通りだよ」

彼がものっそなさけなーい顔になった。

「でも、英語大っ嫌いなんだよなー」

へ!?

「高校は英語の授業多いって聞いてるし、ゆーうつだー」

し、信じられない。
驚いてるわたしの顔を見て、彼がぼそっと言った。

「僕は両親とも非英語圏なの。ドイツ語なら少ししゃべれる
けど、英語は僕も親も苦手」

「そうなんだ……」

「みんな、君みたいに英語で話し掛けてこようとするでしょ?
そんなん、分かんないよ」

ああ……そうか。
みんな、見た目でしか判断しない。
彼の中身を見ようとしない。

わたしだって……そうだったんだ。

かっこいい外人の男の子。
でも彼の中身は、わたしにはまだ何も分かんない。

……。

わたしは……思わず空を見上げた。

わたしがバカだって分かってしまったら、彼はがっかりする
かもしれない。
でも、わたしの中身はまだわたしが決められる。

そして、わたしも彼のことは何もまだ分かんない。
でも、わたしはそれが知りたいなーと思う。

わたしの恋心は、まだ芽生えだけ。
それがどういう草なのか、どんな花が咲くのか、何も分から
ない。
でも最初から諦めて、ここで芽を摘んじゃうのが一番バカだ
よね。

たぶん。
わたしの恋は、すっごい時間がかかると思う。
だって、今のわたしを見てくれって言えないもん。

もう少し、わたしがましになってから。
もう少し大きくなって、わたし自身が花をイメージ出来るよ
うになってから。

それから彼にアプローチしよう。

ゆっくり。
ゆっくりと。

もし、それが本番に間に合わなかったらしょうがない。
でもわたしは、つまんない、かったるいって文句言いながら
高校に通わなくても済む。

「ふうっ……」

わたしがついた溜息。
彼がそれを聞きつけて、首を傾げた。

「どしたの?」

「いや……。ガッコ行くのつまんないなーと思ってたけど」

「うん」

「せっかく行くなら、何かしたいなーと思って」

「そっか」

「うん。じゃあ、また明日ー」

「うーす」

彼の名前はまだ分かんない。
そして、今はまだ知りたくない。
それは明日からのお楽しみだ。

明日から。
一つでも楽しいことを明日に置いて。

ガッコに行こう。





The Way She Smiles by The Rembrandts