《ショートショート 0665》


『金紙』 (あいろにー 3)


金色をしていれば、全て高貴なものか?

そんなこと、あるはずがない。



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「部長、何を見てらっしゃるんですか?」

コーヒーを持ってきてくれた野口さんが、机の上に乗せてあっ
た折り鶴に気付いて首を傾げた。

「ああ、息子が遊んでた折り紙の中に金色のを見つけたんだ
よ。懐かしくてね」

「ええー? 部長のお子さんは、まだそんなお年なんですか?」

「幼稚園の年中さ。俺は結婚が遅かったからね」

「知りませんでした」

「遊ぶのに忙しくてな」

「またまたあ」

野口さんは笑ったが、社内の連中は俺が女好きだったことは
よく知っている。
にも関わらず俺がそっち関係で大火傷をしないで済んだのは、
ひとえに俺がずっと独り者だったからだ。

一対一ではなく同時進行の二股三股であっても、相手が既婚
者でない限り、それは双方の駆け引きの問題だ。
非難される筋合いはない。余計なお世話だ。

俺は金に困ったことはない。
そして稼いだ金を女への撒き餌に使ってきた。
餌が高価なものでなくても女は釣れるし、釣られた女は満足
する。誰も困らないし、誰にも迷惑はかけていない。

カネで女を買うのかというやつには言い返してやるよ。
カネを使っても女が釣れないのは、おまえの腕が悪いからだ
よってな。

ただ……。

俺が使えるカネはどんどん増えていくのに、釣れる女がどん
どん雑魚ばかりになってきた。
俺にではなく、カネにしか寄ってこない女は面白くもなんと
もない。
俺に部長の話が来た頃には、そのアンバランスが限界にきて
いたんだ。



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当たり前だが、カネで女は買えてもその心までは買えない。
そんなことは最初から分かってる。
だから割り切りが必要だったんだよ。あくまでもそれは餌な
んだってことをな。

心なんてもなあ要らない。
そんな面倒くさいもの、なんの役に立つんだ?
恋だの変わらぬ愛だの、くそっくらえだ。

俺が若くはなくなって、女どもの求めるものがもっと俗物的
になれば、そこをもっと割り切れるだろう。
俺は何の根拠もなくそう信じていた。

だが……。

四十の後半になった時、俺はそこら辺にどこにでもいるただ
のオジさんになっていた。
俺がどんなに若ぶろうが、スマートに振る舞おうが、ポーズ
を決めようが、女どもには俺が紙幣のべたべた張られた狸の
置物にしか見えなくなっていたらしい。

『カネで女を買うオトコ』

そうじゃないと思っているのは俺だけだという事実に気付い
て、俺は女漁りを諦めた。
俺が女どもをモノとして扱ってきたように、自分も女どもに
単なる金蔓として使い果たされている。
その当然の帰結を、認めざるを得なくなったからだ。

俺は仕事にも、カネにも、趣味にも、生きがいを感じない。
その飢餓感を女をはべらせることで充足してきた。
出来るだけ、きらきら輝く女を近くに置くことでな。

だが、俺自身はただの金紙だった。
ぴかぴか光ってはいても、所詮は紙だ。
それをどう折って何を象ったとしても、所詮は紙に過ぎない。
紙である俺に見合った女しか寄ってこないことなんか、自明
の理だったんだよ。

かと言って、今さら心のやり取りを模索するなんざ七面倒く
さい。
空っぽになった俺は、部長を請ける前に専務が勧めるまま見
合いをし、その相手と結婚した。

かつて女遊びで浮名を流した男と言うことは相手もよく知っ
ていて、俺をずいぶん警戒したらしい。
でも、俺は女を扱い慣れている。

卒なく立ち回って家内を安心させた。
そして、俺は結婚後は他の女には一切手を出さなかった。
家庭を守るためじゃない。面倒くさかったからだ。

すぐに息子が生まれ、俺は部長になった。



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「部長」

「ん?」

俺が折った金の折り鶴を指先で弄んでいた野口さんが、不思
議そうに俺を見下ろした。

「どうも、愛妻家で子煩悩っていう部長のイメージが、昔超
プレイボーイだったっていう武勇伝とマッチしないんですけ
ど……」

「ははは」

俺は野口さんの方に椅子を回して正対した。

「君は、それをもらって嬉しいかい?」

「え? この折り鶴ですか?」

「そう」

「うーん……わたしは、病気っていうわけでもないですし」

「だろ? じゃあ、それが純金製だったとしたら?」

「もらいます!」

「わははははっ! そらそうだ。じゃあ、ひひじじいの妻に
なるという条件付きだったとしたら?」

「う……」

「しょせん、金にはそれくらいの価値しかないよ。それ自身
に意味があるわけじゃない。それを使えば君の欲しいものが
手に入るかもしれない。期待値が上がる。それだけだ。金そ
のものに意味があるわけじゃない」

「むー」

「俺は金で手に入るものはもう手に入れたし、金では手に入
らないものに情熱を注ぐつもりはない。それだけだよ」

折り鶴をぽんと指で弾く。

「白紙で折られていても、金紙で折られていても、紙の鳥は
空を飛べん。そいつを悟っただけさ」




 注:
 シダは漢字で書くと『羊歯』。めぇ。






Easy Money by Rickie Lee Jones