《ショートショート 0656》


『粒揃い』


「どうです? 粒揃いでしょう?」

まあ、確かにそうなんだが。
俺的にはどうも今いちそそらない。

「気に入らないですか?」

「スキンはどうにでも変えられるからな。中身がなあ……」

「それはしょうがないですよ。高級機の機能を制限して普及
価格帯まで下げたんですから、内容的はそれなりになってし
まいます」

「だよなあ」

「その分、うんとスキンの品揃えを充実させて、ファッショ
ナブルに使えるようにしてあるんですよ」

うーん……。
それでも、普及タイプとは言え決して安い買い物じゃない。
本体だけでも、俺の月給の三か月分くらいは軽く吹っ飛んで
しまうんだ。
オプションキット付けると、もっと値が張るし。
買うとなれば、妥協はしたくない。

「とりま、カタログをもらってく。もうちょい考えるわ」

「そうですか? 超人気商品なので、今ご予約いただかない
と二、三年待ちになってしまいますが」

「むぅ……」

正直、かーなり迷った。
でも、その場の勢いで買うにはさすがに額がでか過ぎた。

店員の強いプッシュを何とかかわして、俺はカタログだけを
持って店を出た。



tb2
(コムラサキ)



「おーい、倉田ぁ。おまい、結局T1はどうすることにした
ん?」

実機を見に行った翌日、出社した俺を森尾が待ち構えていた。
こいつも興味はあるんだろう。
でも、気の弱い森尾は勢いで買わされてしまうことを警戒し
て、ショップに行くのを我慢したらしい。
気持ちは分かる。

ただ見るだけのつもりだった俺も、ぐらついたからなあ。

「店のプッシュがはんぱなかったわ」

「やぱし……」

「ほんとかどうか知らんけど、予約逃がすと二、三年待ちに
なるって言われてよ」

「げ……」

「そうは言っても、安い買い物じゃねえから」

「だよなあ。ノリで買えるようなもんじゃないよな」

「ああ」

俺が手渡したカタログを食い入るように見ていた森尾が、探
りを入れてきた。

「実機、触ってきたんか?」

「ああ、展示品は自由にいじれる。さすがに初代V1に比べ
ると、作り込みはそれなりさ」

「だよなあ……あっちは値段がT1の20倍だからな」

「そ。V1は俺たちには絶対手が出ねえよ。メンテにもごっ
つカネ食うみたいだし」

「ああ。T1は?」

「構造が単純化されてるから、手入れや保守は楽そう。ただ、
その分面白味はないよ」

「ふうん……」

「カスタマイズの自由度も、スキンのバリエーションほどは
大きくない。確かにおしゃれかも知れんけど、どうも物足り
んなあ」

「なるほどなあ。それで、スキンで差別化ってことか」

「そう。でも、それだってカスタムメードのオプションはな
いから、俺と同じのを誰かが持ってるかも知れないじゃん」

「スキンの自作は出来るの?」

「いや、それは無理だってさ。脱着はショップでないと出来
ないから」

「あ、それはイタいな……」

「確かにスキンの種類が数百あるし、パーツの組み合わせも
入れりゃ、実質自分のオリジナルってことには出来るけどよ。
それでも……なんか今一つ……な」

「分かる。同じスキン使ってるやつに出くわしたら、しゃれ
になんないよ」

「だろ? まあ、そうそうねえとは思うけど……気分的にな
あ。どうも……。V1の時も、結構初期不良でいろいろあっ
たみたいだし、やっぱ少し待って、評判と値段がこなれてか
らにする」

「俺もそうすっかな。スキンがこんだけ粒揃いなら大外れは
ないと思うけど、その分化けるってこともなさそうだしなあ。
そこが……」

「ああ、安い買い物じゃないのに、見てくれで買ったのかっ
て言われるのは悔しいしよ」

「ちぇ。粒揃いと平均化は紙一重ってことか」

「まあな。俺たちのパターン化した思考を読まれて、足下見
られてるみたいでよ。それもなーんか引っかかるんだよな」



tb1
(カラムシの実)



諦め切れずにカタログを何度も見直していた森尾が、ふっと
顔を上げた。

「なあ、倉田」

「あん?」

「普及モデルのT1で、上位のV1から省かれた主な機能っ
てのはなんなんだ?」

「ああ、そうだよな。メーカーは表向き、T1をV1の普及
機としてうたってねえから、違いはカタログには載せてねえ
んだ」

「そう。カタログだけだと、逆にT1の方が多機能に見える
ぜ?」

「実際、処理能力は後発のT1の方が高い」

「へえ……」

「ただT1には、リフューズ(拒否)モードがねえんだ。そ
れが、V1との一番でかい違いさ」

「……」

「つまりな」

俺は、森尾にこそっと耳打ちした。

「T1には、セーフモードしかねえ。つまり妊娠と浮気のオ
プションが選べねえ」




 注:
 久しぶりに、清原なつのさんの『アンドロイドは電気毛布の夢を見るか』を思い出しまして。本作は、それへのオマージュです。黒く塗り直してみました。(^m^)

 清原さんのは、コメディタッチながら読後感が切ない作品ですけどね……。





Don't Look Now by Torch Song