$いまじなりぃ*ふぁーむ-tle



第五話 ロイター板


(2)



そして、目的が分からない。
前尾行にしてはあまりに目立ち過ぎる。
あえて、自分を露出させる意味がどこにある?

もしフレディの行為に理由があるのだとすれば、それは示威
だろう。
俺の目の前でふざけたことしやがったらただじゃ済まさない
からな! ……そういうデモンストレーション。
だが、それをフレディがしないとならない状況ってのがまるっ
きり思い付かない。

スーパーの万引き防止くらいじゃ、フレディがわざわざ出張
ることはないだろう。
それは、警備会社や防犯コンサルタントの仕事だ。

店にヤクザが絡んでる?
そういうのをさばくのはフレディの仕事じゃないし、フレディ
もそれは極力回避しようとするだろう。
この前の小林さんの娘さんみたいなケースは、異例中の異例
だったんだ。
フレディは、ああいうのにはもう二度と関わりたくないと思っ
てるはず。

それが。
なんでまた?

フレディが、単なる買い物でスーパーに来てるわけじゃないっ
てことは分かる。
明らかに仕事中だ。

同業者としては、仕事中のフレディを邪魔するのは避けない
とならない。
普通は、居るのが分かっても無視するのが礼儀というものな
んだろう。

だが。

俺の中の赤色灯は、ただならぬ回転数で回り続けた。

理由はただ一つ。
フレディが、自分の中から吹き出る殺気をまるっきり隠そう
としていなかったから……だ。
フレディの傍を通る人がそれで怯えるくらいの殺気。

フレディは、何を買おうか迷っているようなふりをしている。
だが、買い物かごの中の商品が増える気配はない。
しかし、誰かを見張っているということでもなさそうだ。
視線はあちこちに投げかけられるが、それに特段の標的があ
る風でもなかったからだ。

フレディは、なぜ自分のオフィスから遠く離れたこんな場末
のスーパーに出向いたんだ?
それも尾行ではなく、わざわざ自分を曝すようにして?
闘気全開で?

うーん……。

フレディの邪魔はしたくないが、無視して立ち去れる雰囲気
では決してなかった。

いくら考えても分からないものは、本人に確かめるしかない。
俺がフレディを尾行したわけじゃないんだし。
出会ったのは本当に偶然なんだから、そういうつもりで陽気
に声を掛けよう。
それでフレディが俺を黙殺したら、俺は深入りしない。

だけど……。
俺はなぜか、フレディがそうしないような気がした。

俺は一度店の入り口に戻って、カートを押すことにした。
かごを乗せて、そこにいくつか商品を放り込む。
それから仁王立ちしているフレディの背後を、わざとがらが
ら音を立てて通った。

「すいませーん」

「おわ!?」

ぎょっとしたような顔で、フレディが振り返る。

「みさちゃん! な、なんで?」

「ああ、最近ちょっと運動不足でね。かみさんに少し鍛えろっ
て言われたもんで、ここまで歩きで遠征してきたんだ」

それを聞いて苦笑したフレディが、そのあとむすっと黙り込
んだ。

「フレディこそ、なんでこんなとこに?」

「ああ。それなんだが……」

やっぱりね。
フレディが誰かから依頼を受けて動いているなら、たとえ俺
が相手でも絶対にそれを漏らさないだろう。
この前の小林さんの件は、例外中の例外だ。
もう岸野くんから俺に依頼内容が漏れてたから、隠しようが
なかったんだ。

だが、今フレディが動いているのは依頼を受けてじゃない。
フレディ自身のことでもないように思う。
形のない懸念への事前の対処。予防措置。
そんな風に見えるんだ……。

だから、フレディもそれを俺に隠さない。

フレディに腕を引っ張られて、入り口近くのベンチに移動する。
思い詰めたような顔で、フレディが店内をくまなく見回しな
がらぼそぼそと話し始めた。

「一か月ほど前にな。ある若い男から、奥さんの素行調査を
依頼されたんだよ」

「ほう」

「まあ、そんなに難しい案件じゃなかった」

「シロ?」

「いやあ、真っ黒さ」

「げえ……」

「二人とも若い。ダンナの方は、ひょろっとした頼りない感
じの男でね。奥さんは一つ下なんだが、見かけの年齢はもっ
と上に見える。派手好きの行け行けねえちゃんだ」

「ああ、なるほど。ダンナが物足りなくて、やりたい放題っ
てケースね?」

「そう。珍しくもなんともない」

「ふむ」

「ただその奥さんは、猫を被るのが異様にうまいんだよ。ダ
ンナの前では、あばずれの姿をこれっぽっちも見せないんだ」

「最悪だな」

「オンナは恐いよ」

自分も軍勤務の時に奥さんに捨てられているフレディは、吐
き捨てるようにそう言った。

「ダンナは、奥さんの裏の顔をまるっきり知らなかった。給
料を入れても入れてもほとんど残らないっていう、金銭的な
ところから疑念を持って、俺んとこに調査依頼に来たのさ」

「ダンナが直接問いたださなかったのか?」

「貯金してるって言われたそうだ」

「ははん」

「本当にそうなら通帳を見せるはず。そういう証拠的なもの
は何もない。何も見せない。いくらダンナがお人好しでも、
なんか臭いと思ったんだろ」

「それで依頼、ね」

「そう。調査自体はバカみたいに簡単さ。五日間で終了だ」

「そんなにひどかったの?」

「二重生活だよ。ダンナが出勤した三十分後には、もうダン
ナの家を出てカレシのところにシケこんでる。一日の行動の
大半はそっちさ。ダンナは単なる金蔓だ」

「……」

「奥さんなんていう実態はほとんどないね。相手の男も一人
じゃない。自分の好きなやつと好きな時に好きなように遊び
たい。それだけさ」

「やれやれ」

「まあね。普通はダンナがその事実を知った時点で奥さんに
愛想を尽かすし、俺らの仕事もそこで終わりだ」

「そうだよな」

「だがな……」




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