《ショートショート 0371》


『魔法使いの弟子』 (いのちをみつめて 6)


「はかせー」

「なんだ?」

助手のメイシーが、何かを手にしてぱたぱたと走り寄って来
た。

「これじゃだめですかー?」

「ほう……」

ぐいっと差し出されたそれは、まだ傘が開いたばかりの瑞々
しいきのこ。

「コガサタケの仲間かな。見る分にはいいが、シチューの具
にも実験材料にもならないな」

「なあんだ……」

がっかりしたように、メイシーがそれをぽいっと草むらに捨
てた。
思わず苦笑する。

私が集めようとしているのは、木の実や草の実だ。
もちろん、食べようとして集めているのではない。
私は成分分析をする材料を集めているのだ。

おいしそうな果実は、動物にそれを食べさせて果実中の種子
をばら撒いてもらうためのもの。
だが、その全てが甘美なわけではない。

苦みや渋みのような不味の成分を貯えて、手を出す動物を絞
り込んでいるものや、動物体内への滞留時間を短くするため
にあえて毒を備えているものもある。

私が調べているのは、そのような毒成分だ。
そう言うと皆一様に気味悪そうな顔をするが、毒と薬は紙一
重だということを知らないからだろう。

生物の活動を強制的に制止、抑制、撹乱するのが毒だとすれ
ば、毒の作用や強さをコントロールしてやることで、それに
は有効な使い道が出来る。
毒には、それを調べる正当な意味があるのだ。

とか。

そんなことをどんなに丁寧にメイシーに説明したところで、
こいつは何も理解できないだろう。
メイシーは、私を魔法使いだと思い込んでいる。
私は、魔術を行うための材料を集めていると信じ込んでいる。

だから、木の実や草の実を集めて来いと命じているのに、そ
れ以外のとんでもないものも持って来る。
それはしょうがない。

メイシーは、見かけは十五、六歳の少女だ。
だが、その頭の中は実質五、六歳といったところだろう。
面倒なので、私は周囲に対してメイシーは知的障害者である
と言い訳している。

だが……。
メイシーはコボルト(地の精)だった。

言い方が過去形なのには訳がある。

妖精類には実質寿命がない。
それを扶養している母体が失われない限り、その姿形は維持
される。

そして、彼らの世界は私たちのそれと大きく違うわけではな
い。とりわけ平和でも、極楽でもないということだ。
階層や支配の構造は向こうにもあるし、その社会の規則や掟
の厳しさは私たちのそれよりも厳格なのかもしれない。

メイシーは、どうやらその世界での禁忌(タブー)を破った
らしい。
しかも、それは人間社会では死罪に当たるほどの重い咎(と
が)だった。

寿命のない妖精の世界での最大の罰則。
それが……命と肉体を与えられることだった。

限りある命と老いて行く肉体を与えられ、世俗の泥の中を息
絶えるまでもがき続けるがよい。
それは、メイシーにとっては想像を絶する刑罰だっただろう。

私がよく材料集めに出かける自宅近くの森で、草むらに横た
わって眠っているメイシーを見つけた時。
メイシーは全裸だった。

もし見つけたのが私ではなくそこらの若い男だったら、メイ
シーはすぐに慰みものにされたことだろう。
だが幸か不幸か、私はもうよぼよぼの老人だ。
そういう欲は枯れ果てている。

私は着ていたコートを羽織らせてメイシーを自宅に連れて帰
り、警察を呼んで事情聴取させた。
コボルトのメイシーが、まともに返事出来るわけがない。
警察は、メイシーを精薄児と判断したのだろう。

私が引き取って面倒を見ると言ったことを渡りに船と思った
のか、警察が市の福祉部門の担当者に口利きをして、彼らが
行政的な手続きをほとんど代行してくれた。

メイシーは最初私をひどく警戒していたが、泰然としている
私を魔法使いだと思い込み、すぐになじんでまとわりつくよ
うになった。



hiy
(ヒヨドリジョウゴの果実 有毒です)



「はかせー」

ぽりぽりとプレッツェルをかじりながらココアを飲んでいた
メイシーが、論文の文面に目を走らせていた私に話し掛けて
きた。

「なんだ?」

「あのー、はかせが集めてる秘薬で、わたしは向こうに戻れ
るんですかねー?」

「……」

まあ。
いつかは分かることだ。

「さあな」

「ええー?」

「私が集めているのは、パンを焼くのに使う麦粉やバターみ
たいなもんだよ。それは、形を変えて私たちを養う。でも、
それはどんな形であっても、私たちの『今』を養うためのも
のさ。そして私にはそれしか出来ない」

「……」

「もし、私が魔法使いであってもね」

まだ難しい話は理解できないんだろう。
メイシーがひょいと首を傾げて、うなった。

「ううー……」

私はぱたんと学会誌を閉じる。
それを机の上に置いて、メイシーの方を向く。

「メイシー。なぜ私が猛勉強して毒物を研究するようになっ
たか分かるかい?」

「いえー。ちっとも……」

「私は、この命をさっさと天に返したかったんだよ。ただ……
命を断つだけならば、もっと簡単な方法が他にある。私が毒
にこだわったのは」

私はゆっくり立ち上がって、メイシーの頭の上に手を置いた。

「コボルトに戻れる方法がないか、探りたかったからだよ」





Sorcerer's Apprentice by Trevor Rabin