《最終話 しっぽばいばい》

(3)



わいわいがやがやがや。
一階がにぎやかだにゃあ。

お世話になったっていうことで、マサトの家族がそろっ
てうちに挨拶に来た。

お父さんもいて、中村さんも遊びに来てたから、一階は
芋洗い状態になってる。
で、あんたら上に行ってなさいって、わたしとマサトは
わたしの部屋に追い出されたわけ。

マサトが部屋を見回してる。

「なんか珍しいもんある?」

「いや、こんなんだったかなーと思って」

「そういや、マサトはしっぽでわたしの部屋を毎日じろ
じろ見てたんでしょ?」

「う……」

「人の着替えやら、寝ぞーやら」

「うう……」

「えっちぃ」

「ううう……」

くけけっ。こりゃあ、おもしろいや。

でも、わたしから目を離したマサトの視線が、一点にぴ
たっと止まった。

「こんなん、あったっけ?」

ちっ! 剥がしとくの忘れてた。
マサトがそれに近付いて確かめる。

「僕のメール……」

「まあ、勉強のおかづっす」

「勉強の?」

「うん。これ見るとね、気合い入るの」

マサトが、自分の書いたメールをじいっと見てる。

「……情けなかったね」

「そりゃあ、わたしもおんなじだよ」

マサトがわたしの方を振り向く。

「わたしもね、いっぱい言い訳を考えてた。自分がうま
くいかない言い訳。だからね」

「……」

「そこにずえったい戻りたくないの。だから、これを
貼ってる」

「うん。そっか」

しばらくメールを見つめてたマサトが、わたしの顔をの
ぞきこんだ。

「みゆはさ、僕のことどう思ってんの?」

ほい、きた。どっこい。

「どうも思ってない」

ずどん。
マサトがひっくり返った。

「病室で言ったでしょ? わたしはマサトのことをなー
んも知らない。知らないオトコノコを好きになることな
んか、ずえったいにない」

「きっつー」

「マサトは、しっぽでわたしのあれやこれやを知ってん
のかもしれないけどさ、わたしはなーんも知らないの。
マサトがそれを教えてくれない限りね」

「だから、自分のことをちゃんとその口で、コトバで、
態度で教えて。そしたらそれでキメる。わたしが、マサ
トを好きになるかどうかをね」

「……」

ふうっと溜息をついたマサトが、しょげた。

「なんか、女の子ってめんどくさいんだなー」

「ったりまえやん。マサトは気にしてないのかもしれな
いけどさ。マサトのこくり方は、わたしにとってはサイ
アクだもん」

「とってつけたように最後にちょろっと。なによあれ!
しかもメールじゃないと言えないって、どゆこと?
だめだめやん!」

「うひー」

わたしはたたみかける。

「あのさ。優しいの売りにするんだったら、もうちょっ
と相手の気持ち考えようよ。優しいふりはサイテーだよ。
サギとおんなじ」

「それと、守られるんじゃなくって、もう守るがわに回
んなきゃ。いつまでも誰かに尻叩かれながら進むって、
情けなくない?」

「うー」

「うーじゃなくって。こんなん、オンナノコにアプロー
チすんなら基本中の基本でしょが」

「……」

マサト、けしょーん。

だから、わたしは背中をぱんぱん叩く。

「まあ、がんばってね。素質はあるんだからさ」

「とほほ」


        -=*=-


好き嫌いよりも先に。
ちゃんとトモダチとして話すること。

わたしたちの一歩は。
そっから始まった。

わたしは、優しいマサトが嫌いじゃない。
ちゃんとわたしのど突きを受けて、努力しようとしてる。
マサトも、美化してたわたしのすっぴんを見て。
気持ちが動いていくでしょ。

あの『好き』の気持ちの中身。
わたしたちがそれを本心から考えられるようになれば。
そっから、本当にライクがラブになるんだと思う。

今はまだ。

どっこまでも、未満。

でも、いいでしょ?
それで。

まだまだ先は長いんだからさ。


        -=*=-


マサトはお姉さんのところを出て、下宿生活に入った。
マサトにしては、カッキテキだと思う。

んで、マサトが新しい生活になじむまで、直接会うチャ
ンスがなかった。

携帯で夜マサトと話してて。
ふと、しっぽのことに気付く。
そういや、もういたずらはずーっとないんだなーって。

中にマサトのいないしっぽは、ただのしっぽ。
でも……。

「ねえ、マサト。明日さー、ちょいお寺に付き合ってく
んない?」

「デートの誘いかと思ったら、お寺ぁ!? なにしに行
くの?」

「供養」

「水子?」

「ぼけーーーーーーっ!!」

マサトも、最近ろくでもない突っ込み入れるようになっ
てきたにゃ。
一度、がっつり焼き入れたろ。

「なんの?」

「ちょっと、ね」

「……」

マサトは気ぃついたかな。

「もしかして……あれ?」

「そう」

「そっか、捨てられないもんね」

「なんかね」

「うん。分かった」

翌日駅で待ち合わせして、二人で肩を並べてそのお寺に
行った。

護摩木が焚かれてる大きな鉢。
お坊さんにしっぽのストラップを見せて、それを供養し
たいって告げた。

「どなたかの遺品ですか?」

お坊さんに聞かれる。

「そうですね……」

あいまいに返事する。

うん。これはね、弱かった自分。
変わる前のちっぽけな自分。

わたしもマサトも。
もう、そこに逃げ込まないように。
そして、振り回されないように。
覚悟して。

お坊さんの読経が流れる中。
わたしは、それを火の中にぽんと放った。
ちりちりっと小さな炎を上げて、あっという間に燃えて
消えていくしっぽ。

わたしは、小さな声でつぶやいた。

「ばいばい、しっぽのいたずら」

そして、マサトの手を。


 ……ぎゅっと握った。





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