《第八話 がんこなごみばこ》

(3)



昼休み。
わたしは速攻でパンとコーヒー牛乳を買って、儀式に備
えた。

いいんちょの思いつきと度胸には、ほんとにびっくりさ
せられる。
書道で使う半紙をてきとーに折って、墨と朱色の墨汁で
それっぽいものをこさえた。

それを持って、鈴木せんせのとこに三人で行った。
わたしがゴミ箱を抱えて。
西野さんが、ゴミ箱を見張るように。

昨日あった怪異現象。
それに怯える鈴木せんせに、いいんちょがお祓いをもち
かけたわけ。
お札を焼いて、悪魔を追い払いましょうって。

せんせはすぐに乗った。
わたしたちには言わなかったけど、ほんとに怖かったん
だろう。

今は、校内のゴミは業者さんが持ってく。
裏庭にあった焼却炉は使われなくなってる。
でも、大量のゴミを燃やすわけじゃないし、火を安全に
使えればそれでいい。

焼却炉の扉を開けて、ゴミ箱の中身の紙ゴミを放り込む。
そこにいいんちょが手製の呪符を置いて、なんちゃらと
唱えた。
鈴木せんせがライターで火を点ける。

ぽっ!
小さな火の手が上がって。
ゴミと呪符が燃えて、すぐに消えた。

「これでもう大丈夫でしょう」

なんか、ものすごく霊験のある巫女さんみたいな言い方
で、いいんちょが胸を張った。
ほっとした顔で職員室に帰る鈴木せんせ。

いいんちょがゴミ箱を見下ろして、ぼそっと言った。

「ざまみさらせ」


        -=*=-


わたしたちがゴミ箱を持って帰るのを待ってたように。
昼休みの間に、ゴミ箱にはいっぱいゴミが入れられた。

わたしも、いいんちょも、西野さんも。
そのゴミが捨てた子のところに戻らないかどうかを、び
くびくしながら見守った。

でも。

ゴミはゴミ箱の中でじっとしてた。

放課後。
なんとなく三人でゴミ箱のところに集まる。
さっき掃除当番がゴミを捨てに行ったから、中身は空
のはず。

こわごわのぞく。

中には何も入ってなかった。
なんとなく、ほっとする。

「やっと大人しくなったか、この野郎」

「手こずったねー」

「がんこだったにゃあ」

うん。がんこ。
絶対自分は変わらない、変えさせないぞっていう、強い
こだわり。

それを、さっきみたいにむりやり変えさせられてしまっ
たら悲しいなーって思う。

でも。
わたしは、そこまで貫けるがんこさがうらやましかった。
自分はこういうゴミ箱なんだから、余計なことすんなよ
なって、力いっぱい抵抗する。

そのがんこさが。
どっかうらやましかった。

「ねえ……西野さん」

「ん?」

「西野さんさ、コースどうすんの?」

がんこなゴミ箱と真正面からぶつかった西野さん。
西野さんもまた、すっごいがんこなんだろう。
その西野さんが、なんにこだわってるのか。

それが知りたくなった。

突然わたしがそんなネタを振ったことに驚きもしないで、
ぺろっと西野さんが答えた。

「普通コースだよ」

「えええーーーーっ!?」

びっくり仰天。

「おかしい?」

「だ、だって、西野さん、成績悪くないやん」

「ああ、わたしは大学行く気ないからね。そんだけ」

「へ?」

西野さんが、にかあっと笑う。

「わたしは早く商売したいの。体張ってなんかしたい。
だから大学行ってる時間がもったない」

うわ。

「親がさー。大学くらい出とけーって言うんだけど、そ
の時間ぐだぐだ遠回りすんのがいやなの。ほんとは商業
高校行きたかったんだけどさ」

頭をがりがり掻いて、椅子をぽんと蹴飛ばす西野さん。

「スポンサーが向こうだから、しゃあないよね。その代
わり、高校出たら好きにさせてもらう」

すごい。
ゴミ箱にだけでなくて、ちゃんと自分にもケンカ売ってる。
もう……覚悟してるってことだ。

いいんちょがわたしの肩を叩いた。

「みゆー、にしやんと自分を比べたらだめだおー。にし
やんは特別。ゴミ箱とすもー取れるんだからね」

ずべっ!
西野さんがこけた。

「いいんちょ、人を化けもの扱いしないでくれるっ?!」

「立派な化けもんじゃん」

いつもの、どこに目玉があるかわかんない顔に戻って。
いいんちょが笑った。

「けっけっけ」

ぶすくれた西野さんが、わたしに逆に聞いた。

「石田さんは?」

わたしは、思わずうつむいちゃう。

「わたし、頭悪いも。普通コースしか行けない」

「ふん?」

西野さんが、ぴっとわたしを指差す。

「ねえ、石田さん。頭はね、いい、悪いっていうのはな
いんよ。良くする。悪くなる。それは動くもんなの」

「動くもの?」

「そ」

にやっと笑う西野さん。

「わたしは商売のためになるものなら、なんでも詰め込
みたい。だから、それは頭を良くする」

「……」

「そーいうこと」

わたしはビーバーに言われたことを思い出した。

進路を考えなさい。
それで選択教科が変わる。

あれは、ビーバーが機械的に言ったことじゃない。
目標があれば、アタマは良くなるよ。
そういうアドバイス。

「ねえ」

ぼんやり考え込んでたわたしを、西野さんが小突いた。

「ん?」

「石田さんさ、もっと自分を出しなよ。もったない」

へ?

「さっき、ゴミ箱んとこでやりあってて楽しかったよ。
シラケてないで、地ぃ出しゃいいのに」

うん。
西野さんは、はっきりしてる。
遠慮した言い方はしない。
きっぱり、がんこだ。

でも、そのがんこさが。
今日はみょーにうれしい。

「ありがと。これからそうする。ねえ、にしやんて呼ん
でいい?」

「いいよん。わたしもみゆって呼ぶから」

いいんちょが、わたしたちをうれしそうに見比べてた。
きっと、いいんちょはわたしを心配してくれてたんだろう。
進級してあずさとクラスが割れたら、わたしはひとりぽっ
ちになっちゃうって。

あはは。
でも、変なの。

もうクラスがばらばらになるっていうのに。
わたしにはトモダチができた。
新しい、トモダチができた。

ありがとー。

がんこなごみばこ。





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