こんにちは!

 

女王マインド恋愛コーチの美月です。

 

 


私はずっと、男性に対する不信感

がどこかにありました。

 

 

 

母に暴力をふるっていたこともある自分の父親や、

偉そうに祖母に命令する祖父を見て。

子供のころ、何度も性的に嫌な目にあうたびに。

女性差別や、女性に対する暴力のニュースを見たり、

身近に聞いたりするたびに。

 

 

あるときは少しずつ蓄積する汚れのように、

またあるときは一気に泥を浴びせかけられるように、

 

男というものに対する不信感が染みつき、

漂白剤でも落とせないシミになっていました。

 

 

 

「どうせ男なんて」

「男は性欲のために女を利用する生き物」

「男は暴力的」

「信用できない」

「わかり合えない」

 

 

 

いくら良い関係の彼氏がいても、

心の片隅にどこかそんな思いがありました。

 

 

彼氏の、些細な言動で

「ほら、やっぱり男なんて」

と決めつけてしまう自分がいました。

 

 

歴代の彼氏はだいたい、

私よりよっぽど心優しかったのに…笑

 

 

さらに、私はフェミニストで女性問題に感心が高かったので、

「女性が抑圧されている問題に優先的にフォーカスしてしまう」

という傾向もあったのだと思います。



認知科学や心理学的に、

人間は自分の認知(=思い込み)をさらに強化する材料ばかり探し出してしまうんですね。

 

 

 

 

そんな私が、生まれて初めて心の底から

「男」という性を認めて、尊敬できたのは夫と結婚して、

ふたりの子供を一緒に育てる経験をしてからでした。

 

 

 

小さい子供って、

ほぼコントロール不能なモンスターが家にいるようなもの。

 

体力と精神力の限界を試される場面が、

バトルマンガなみに頻繁にやってくるんですよね。

 

そんな荒涼とした世界で、

 

男性である夫が持っていたものは…

 

 

どれだけ仕事で疲れていても、

帰宅してから子供の世話をバトンタッチして、

カオスになった部屋を片付け、

息子と全力で遊ぶことのできる体力

 

 

夜泣きがひどい娘の対応を、1日交替でやっていたのですが、

「しんどそうだから、今晩も俺が代わるよ」

と三日連続で夜勤を買って出てくれるタフさ

 

 

 

自分のしんどさは差し置いて、

まっさきに私の体調や気持ちを気遣えるジェントルネス

 

 

それまで、

「男性は自分の体や気持ちに鈍感だし、格好つけ」

だと思っていたのですが、

 

 

なるほど、男はこうやって過酷な子育において

力わざで女を助けるために

「自分に鈍感」で「かっこつけ」な特性を持っているのだな、

と深く納得しました。

 

 

男性が持っているやさしさって、

女性のやさしさよりも実は無償で深いことが多いんですよね。

それを使う機会を与えてあげることが大事だな、というのも

8年間一人の男性とじっくり一緒にいて子供を育てたからわかったこと。

 

 

 

子供を育てるという

動物としての一大プロジェクトは、

男と女の特性を合わせることでしか完成しない

 

と、魂で納得した感じがありました。

 

 

漂白剤で落ちないシミが、

夫のおかげで落ちた。

 

 

ひとりの男性と、長い人生スパンで生きていくことでしか

頑固なシミって落ちないんです。

 

 

この世には女と男しかいないんだから、

せっかくこの世界に生まれてきたなら、

お互いの性から学んで成長して、一緒に何かを成し遂げたほうがいい。

 

それが、

宇宙から見たら一瞬の

この短い人生を充実させる大きな要素

のひとつだと、思うのです。