ヒプノセラピー・インナーチャイルドレスキューのお話 | 八ヶ岳原村のヒプノセラピスト

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八ヶ岳の麓標高1400m自然の中でヒプノセラピー&知的障害の娘と農業をしながら暮らしています。移住4年目

八ヶ岳原村のヒプノセラピスト水月です。

 

 

 

 

 

今日はヒプノセラピーのお話です

 

自分で自分を救うと言うのがヒプノセラピー。

 

それってどう言うことなの?

そんな事できるの?と思うかもしれませんが

 

出来るのです。

 

 

 

 

私たちに起きたお話をしますね。

 

知的障害の娘は支援学校当時担任からの暴力を受けていました。

私がヒプノを学ぶきっかけとなった出来事です。

 

 

気付いてあげられなかった助けられなかった事に対する後悔、罪の意識は本当に手強くて相手を憎む事以上に自分を許せず許さない事を誓ってさえもいました。

 

その出来事から数年たちヒプノセラピーを学び始めてからの事

 

高校の卒業生の運動会があり

娘が行きたいと言い始めました。

 

まだまだリアルにその光景が見えてきてしまう状態です。流石に足を運ぶのはきびしい。

 

彼女は珍しく行きたいと何度も言うのでヘルパーさんにお願いしましたがみつからず、次は幼馴染のお友達にたのんでみましたがたまたまその日だけ無理、旦那さんに頼むと彼も行かせなくても良いだろうといいます。

それでも娘は行きたいと言うので彼が連れていく事に、ところが運動会は午前中、彼は起きられません。やっぱり私が連れて行くしかない。

ヒプノセラピーで癒しているとはいえあの場に行くのはとてもハードルが高いこと。

 

覚悟を決め運動会の日をむかえました。

 

娘が三年間通ったルートを辿りながらどんな思いで毎日休む事なく通ったのだろう。切なくて涙が出ていました。

学校まで来ると卒業生がたくさん集まり賑やかな雰囲気でしたが、あちこちに娘の残像があります。

 

校庭の隅で一人佇んでいる姿、給食を食べさせてもらえずに給食室の前で締め出されている姿、教室の窓から虚な目で外を眺めている姿、泣き叫んでいる声、やっぱり来なければよかった。

そうおもったのです。

 

人が多いところが苦手な娘は

サッカーゴールの横から眺めているだけです。

全競技自由参加。かけっこいってくれば?と促してもそこから動きません。

なんのためにきたのよ。。もう早く帰りたいよ。

と私は思っていました。

 

競技も後半になったとき、小学校からのお友達が

声をかけにきてくれました。

 

「次パン食い競争だって行こうぜ。」と誘ってくれたのです。

娘は「お母さん行ってくるね」と元気に走り出して列に並びに行きました。

そして一等賞とったよとニコニコの笑顔で戻ってきました。

 

今度は「綱引きだぞ行くぞー」とまた誘いにきてくれて張り切ってでていきます。綱を引くわけではなく大きな声で声援を送ってます、とても楽しそうに。

その勢いで最後の体操まで参加する事ができた娘。

 

運動会を終えて校門まできたときに本当に楽しそうに飛び跳ねながら「あー楽しかった。お母さん連れてきてくれてありがとう」と言った瞬間。

 

昇降口から「先生さようなら」と元気よく走ってくる娘の姿、給食室の入り口からすくっと立ち上がった娘の姿、あちこちから娘の残像が駆け寄ってきて彼女の中に一つになって行くのがわかりました。

 

娘は当時の置き去りにされていた自分を助けに来ていたのです。辛かった記憶を楽しかった記憶に変えにきたのです。

 

誰に教わるでもなく無意識で。

 

学校からバス停まで歩いて20分、行きの様子とは全然違って何度も何度も楽しかったねありがとうと彼女は言っていました。

 

 

 

直前まで行くのをためらっていましたが

娘と私が一緒にいく事に意味があり大きな救いがあったのです。

あの出来事を終わらせることができたと思えた日でした。

 

 

 

 

ヒプノセラピーはこのようなことを

 

催眠状態でイメージを駆使して行っていくのです。

そしてその場にフリーズしている自分を助けに行くのです

 

辛かった出来事を書き換えていく事ができるのです

 

 

6月セラピスト養成講座の基礎講座

年齢退行療法講座を原村の聖なるサロンで開催いたします。

年齢退行療法講座は娘が無意識でしたインナーチャイルドレスキューを学ぶ講座です。

 

師匠宮崎ますみの講座アシスタントを長年務めてきた中で教わったこと、自分自身の経験を踏まえてお伝えしています。

 

 

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ヒプノセラピーは

 

何のためにするの?

 

 

終わらせるためです。

 

 

前を向くためです。

 

 

次に行くためです。

 

 

あなたが来てくれるのをまっている

助けにいこう