ネガティブな感情に囚われて現実を歪める
Shin:認知療法の認知の歪みのパターンについて紹介しています。
ゆう:感情的になってしまうと、認知のゆがみが起こりやすいんだよね?
Shin:冷静な判断ができなくなるからね。洗脳というのは、そこを利用するんだよ。必ず相手を感情的に煽動する。怒りや恐怖や正義感を煽る。
ゆう:じゃあ、冷静な人は洗脳されないの?
Shin:人の言うことを鵜呑みにしない人は、洗脳されない。ネットやテレビや雑誌などのメディアに対しても同じ。
ゆう:すぐに信じないということ?
Shin:メディアを見ればわかるけど、感情を煽るんだよ。そうすると、ほとんどの人は、冷静な判断力を失って、すぐに信じてしまう。オレオレ詐欺なんかも、恐怖を与えて感情を煽るでしょ? そうすると、普段は冷静な人でも焦ってしまうんだよ。
ゆう:オレオレ詐欺も、洗脳みたいなものかな?
Shin:感情に支配されやすいタイプの人は、洗脳されやすいとも言える。認知の歪みでは、「感情の理由づけ」というものがある。たとえば、恐怖に囚われていると、安全な場所でも恐怖を感じてしまう。
ゆう:高所恐怖症とか?
Shin:僕は高所恐怖症だけど、エレベーターも好きじゃないからね。安全だとわかっているけど、少し怖い。こういう認知の歪みのせいで、うつ状態になると、何を見ても悲観的な感情に支配されて、現実を歪めて受け取ってしまうんだよ。
ゆう:人生には嫌なことしか起こらない、みたいな?
Shin:そう、それが不合理な考え方でも、そう感じてしまうんだよね。生きていれば良いこともあるよと人が言っても、全くそんな風に思えなくなるんだよ。
ゆう:感情の問題なら、いくら説得しても無理だよね?
Shin:思考の問題以前に、ネガティブな感情に支配されているからね。何を言っても、その感情にとらわれて、冷静な判断ができなくなっている。これは、カルトの信者を見ても同じだよね。合理的な説明をしても、強い恐怖を植え付けられているから、説得に応じない。そういう恐怖などの感情を、専門的にはアンカーと言うんだけどね。
ゆう:アンカー?
Shin:船のいかりのこと。たとえば、カルトというのは、親子関係を断絶させようとするんだけど、あなたの親はこんなに酷いことをしていると信者に言って恐怖心を植え付けるんだよ。その恐怖心がアンカーになって、カルト教団の思想にハマってしまう。洗脳は、必ず恐怖とか怒りとかネガティブな感情を煽るからね。そうじゃないと、相手を精神的に支配できないから。
ゆう:じゃあ、恐怖心や怒りを煽ってくるような話には気をつけたほうがいいの?
Shin:自分がそういうネガティブな感情に囚われないようにすればいいと思うよ。感情に支配されないようにして、冷静な思考を維持するようにする。
すべてを特定の人や現象のせいにする
ゆう:そういう洗脳をされてしまうと、親が悪いとか、全部、人のせいにしてしまうのかな?
Shin:人間って、生きていれば嫌なことがあるよね。でも、そういうことを全て特定の対象のせいにするんだよ。親が悪いとか、ネトウヨみたいに特定の民族が悪いとか。
ゆう:でも、社会が悪かったり、政治が悪かったりするんじゃないの?
Shin:もちろん、フェアな視点から、親に問題があったり、政治に問題があったりするのを冷静に見るのはいいんだけどね。でも、洗脳の場合は、すべての責任を他人に転化するんだよ。こういう認知の歪みは「個人化」と呼ばれる。
ゆう:人のせいにするということ?
Shin:全てを人のせいにする。こういう認知の歪みは、逆に、すべてを自分のせいにすることにつながる場合がある。
ゆう:極端だね。
Shin:何事も、すべてが特定の人の責任ということは、あり得ないよ。様々な相互作用が生じて、何らかの現象が起こるわけだから。通常は、自分にも非があって、相手にも非があるという風に客観的に見るものだよ。あるいは、相手にも非があるかもしれないけど、それは置いておいて、自分の問題をきちんと改善しようと思うものだよ。すべてを相手のせいにして、怒りや憎しみを増幅させるというのは、明らかに認知の歪みがあるよね。
ゆう:どうしてそうなってしまうの?
Shin:自分の非を受け入れるというのは、精神的な成長につながるから。成長には苦しみが伴うから、それを避けようとするんだよ。
ゆう:確かに、自分も悪かったなんて、思いたくないよね。
Shin:そこが成長できるかどうかの分岐点なんだけどね。
ゆう:認知のゆがみって、それを克服したら成長しそうだね。
Shin:そう、きちんと冷静に思考するというのは、成長の一つの指標だよ。僕たちは、そこをきちんとしないといけない。そこから先に、瞑想とか、思考を超えるといった境地があるんだよね。そういう瞑想も大切だけど、思考を整えることも大切なんだよ。
ゆう:感情に左右されないようにするということ?
Shin:そう、感情と思考が一体化してしまう状態を、神秘学の用語でカーマ・マナスと言う。
ゆう:なにその横文字?
Shin:まぁ、神秘学の解説は、またどこかでしようと思うけど、いずれにせよ僕たちは、少しずつ成長していくしかない。最後に、よくある認知の歪みとして、「べき思考」を紹介するよ。
現実と理想を混同する
ゆう:〜すべきっていうこと?
Shin:そう、相手の事情を考慮せず、道徳的に「〜すべき」「〜しなければならない」と期待することだよ。
ゆう:でも、そう思うことはよくあるよ。
Shin:もちろん、そう思うのがいけないわけじゃなくて、相手の事情を考慮しないで、こちらの理想だけを押し付けるのがよくないということ。
ゆう:相手の事情は、よくわからないからね。
Shin:相手にきちんと聞いてみたら、なるほどそういう事情があったのかとわかることが多いよ。
ゆう:理想が高いのかな?
Shin:それはあるよね。でも、自分に対しても理想が高くなってしまうから、生きるのが苦しくなるんだよね。
ゆう:自分にも人にも厳しくなるのかぁ。
Shin:「べき思考」に関して、論理療法のアルバート・エリスは、「musturbation」と命名し、デビッド・D・バーンズは、「should構文(should statements)」、心理療法家Michael C. Grahamは「世界を現実と違った形に期待している」と呼んだそうだよ。
ゆう:現実と期待の違いがあるのかぁ。
Shin:そこが認知の歪みということ。現実と期待が混同されてしまうんだよ。現実は現実としてそこに存在する。自分の期待とその現実との間で、上手に折り合いをつけないといけない。でも、それができない時、自分の期待を変えようとするのではなくて、現実の方を変えようとしてしまう。
ゆう:現実を変えるのは、なかなか難しいよね。
Shin:僕の場合は、どのような現実にも適応して生きていくことが大切だと思っているから、自分の期待や欲望をコントロールする方法を探求しているんだよね。
ゆう:自分をコントロールするって難しいね。
Shin:たとえば、お金や権力を得ることで外界をコントロールすることはできる。ほとんどの人が、そういう方向で努力しているよね。でも、それは効率が悪いと僕は思っているんだよね。それよりも自分の心をコントロールした方が合理的だと思うんだよ。
ゆう:でも、努力して外界を変えようとすることも必要なんじゃない?
Shin:もちろん、それを否定しているつもりはないよ。偏っている部分をニュートラルに戻した方がいいと思っているだけで、逆に偏らせようとは思っていない。社会的に活動したり、何らかの社会運動をすることは否定していないよ。
ゆう:確かに、価値観が偏っている部分はあるよね。すごく物質的というか。
Shin:僕は、ニュートラルとか調和とか、そういう方向性が好きなので、偏りが戻ればいいと思うけどね。
ゆう:認知の歪みって、結局、極端に考えてしまうということなのかな?
Shin:そうだね、0か1か、という捉え方なんだよね。その間に、0.1から0.9まで存在しているんだけど、そこが無くなってしまう。善か悪か、成功か失敗か、敵か味方か、幸せか不幸せか。こういう風に現象を二分化してしまうんだよね。
ゆう:でも、曖昧なのは嫌だなぁ。
Shin:曖昧ということではなくて、自然界というのはアナログなんだよね。それなのに、0か1か、というのはデジタルな考え方なんだよ。デジタルはデジタルで便利な部分があるんだけど、この世の中というのは、デジタルでは割り切れない。僕たちの考え方をアナログに戻すことが大切なんだよ。
ゆう:アナログかぁ。アナログに生きるって、なんとなく精神的に楽な気分になるね。