「ここの長はおるか! 話がある!」
その声に、村人たちは一斉に注目した。そこには数十人の団体が群れをなしている。
仕立ての良い服に甲冑。馬にまたがり、その腰には使い込まれた剣。
あきらかに旅一座の芸人、といういでたちではない。
ピリピリとした空気に、シーンと静まり返る。
「我々は、センターシティより派遣された第一騎士団である! ここの長に話がある!」
ひげを生やした、色黒の中年男が再び声を上げる。
名を聞き、村人たちは次第にざわつき始めた。次々と人が集まってくる。
「村長は、わたしだ。こんな田舎へ、都会の騎士団様が何用かな?」
人垣から、村長を名乗る一人の男性がすっと前に出た。
ひげの男はそれを見とめると、馬から降り、彼の前に立つ。ガチャガチャと甲冑の音が耳につく。
「わたくしは、センターシティ専属第一騎士団団長のブライム・ハーバーと申します。我が領主の命により、この村を第一騎士団の前線拠点にさせて頂く。これが、正式な命令書です」
矢継ぎ早に言うなり、一枚の紙を広げて見せる。
高価な飾りのついた、縁どりも鮮やかな羊皮紙だ。その刻印と文書は正式な命令書に他ならなかった。
しかし、村長はむすっとした表情で、
「前線拠点とはまた物騒ですな。ここは中立地帯ですぞ。誰の味方もせん。平和な村に戦争を持ちこまれては困りますな」
センターシティは、この国一番の都市であり領地であり、世界の中心的存在でもあった。最近、隣国の謀反計画が明らかになったらしい。
この村は、隣国から近くはないが、センターシティから比べると近い方だった。
「開戦の連絡はないから安心したまえ。ここは隣国への旅行者も多く通る。情報を集めやすい。それに、これは正式な命令だ。我々への協力を惜しむならば、反逆者扱いを受けることになる。お分かりかな?」
「なんだなんだ、俺の出番っぽいなぁ」
村人の間をぬって、村長の隣に立ったのは、ミンティの家から出てきたばかりの彼だった。
「……なんだ貴様は」
「おっと失礼。俺はこの村の警護隊の隊長をやってるもんだ、よろしく」
ぺこりっと彼なりの丁寧なお辞儀をして見せる。
「話は聞かせてもらいましたよ。こんな田舎に派遣されるなんざ、騎士団の団長さんも大変ですねぇ」
「一介の警護隊に労われるとは、見下されたものだな」
不愉快を前面に押し出し、ブライムは言う。
「いや~、そんなつもりはありません。まあ、あんな脅しを言うくらいですから、こちらがどんなに反発しようと無駄なのは承知してますよ。命令書があるんだ、逆らえません」
お手上げ、というように肩をすくめる。
「ならば、すぐに我々の宿と食事を確保してもらおうか」
「もちろんいいですとも。しかし、一つ条件があります」
これまでの茶化したしゃべりでなく、真顔でブライムを見つめる。
「この村の平和をお約束ください。一切、戦争や問題を持ち込まないで頂きたい」
彼のまっすぐな目を見据え、しばらくの沈黙のあと、
「……本来ならば、そんな条件をのむ必要はないのだが、よかろう。我々も、平和を守り平和をもたらすためにいるのだからな」
そう言うと、後ろに続く者たちに何やら合図をした。
「それでは、案内していただこうか」
「分かりました」
彼は村長に“大丈夫”という無言の頷きをした。それを見るなり、村長はあきらめた様子で、ブライム一行を案内したのだった。
繰り返されるのは、いつもの映像。
現実なのか、夢なのか。まるで判断がつかない。
考えたこともない。
声をあげて。涙を流し。震え。足がすくむ。
逃げられず。何もできず。
そうして、どうしただろうか。
目が覚めると、いつも一人だった。
最近は、必ず隣にミンティがいる。
彼女の顔を見ると、ほっとしている自分がいる。
こんな思いは、初めてだった。
何かを考えたり、何かを思ったり。
何かを話したり、何かをしたり。
全てが新鮮で、全てが初めてで。
それでも、最初は気持ちが悪かった。
ミンティが手をぎゅっと握ると、すっと消えていくのだ。
今、彼女は隣の部屋で知らない男性と話をしている。
きっと、自分のことだろう。
首に下がっているペンダントを見つめる。
自分が何者か。考えたこともない。
常に人々が恐れおののき、常に一人。
そのことに何の疑問も抱いたことはない。
ミンティと暮らすようになってから、少しずつ、考え始めた。
自分の変化に、戸惑いもある。
それすら初体験なのだ。
とにかく、今までと違いすぎる。
しかしミンティといると、その違和感が心地よくなってくるのだ。
彼女と一緒にいたい。
いつの間にか、そう思うようになっていた。
ざぁっ・・・
風が音を立てて、外の木々を揺らす。
窓の外を見ると、遠くに人影が見えた。
馬に乗った人が大勢、こちらへ向かってきている。
それに合わせるかのように、村人が一人、また一人とそこへ集まってきた。
なんだか、もやもやする……
ベティは窓から離れ、そっと部屋の扉を開けた。
ちょうど、訪ねてきた男性が帰るところだった。
彼は、自分とミンティを引き離したりしないだろうか……
「お邪魔してすまねぇな、ベティちゃん。おじさんはもう帰るよ。あ、今度来るときはお土産でももってくるからな」
彼はニカっと笑って、軽く右手を振ってきた。
「……」
「あの、ありがとうございました。すごく、助かりました」
ミンティがペコっと頭を下げる。
なんとなくミンティに近づき、その服の端をぎゅっとつかんだ。
「あぁ、またくるよ。もちろん、店にもな」
そう言い残し、彼は去って行った。
「さ、夕食の準備しようか」
明るくそう言うと、ぽんっと軽く頭をなでてくるミンティ。
「……ソ、ト」
わずかな言葉をつぶやいて、手を離す。
「ん、外? なんかあったみたいだね。でも隊長さんが見に行ったし、大丈夫だと思うよ」
いつもの笑顔でそう言うと、キッチンへ立つ彼女。
「ソ…ト…」
もう一度つぶやいて、玄関へ向かう。
「え、何? お外に行くの?」
慌てて追ってくるミンティ。
「もうそろそろ日も落ちるし、危ないよ? ご飯の支度もしなくちゃ」
「ダ、イショブ……ハヤイ、カエ…ル」
心配するミンティには悪いと思う。けど、行かなきゃいけない気がする。
ミンティは困惑しながら、
「じゃ、じゃあ、わたしも一緒に行くよ」
しかし、ベティは静かに首を振った。
「…一人がいいの? 本当にすぐ戻ってくる?」
よほど心配なのだろう。素直に表情に出るから分かりやすい。
ベティはこくん、と頷いた。
「分かったわ。じゃあ、ご飯作って待ってるからね。遠くに行っちゃ駄目だからね?」
ゆっくり、念を押して言う彼女。
再びこくん、とベティは頷くと、靴を履いて玄関の扉をそっと開き、外へ出た。
――続く――