『Echo』

タルボット・ヒューズ

(1900)

 

 

 

***2020年1月7日の日記***

 

 

ダンカン・ダンスのお稽古場は、

都内の小さなビルの中にありました。

 

エレベーターで上階にあがり、

その部屋のドアのインターホンを押すと、

メアリー先生が明るくて優しい笑顔で、

出迎えてくれました。

 

 

書いているうちに

思い出したのですが。

 

ドアを開けて、

私を認識したあと。

 

メアリー先生は開口一番。

 

「メリー・クリスマスクリスマスベル

 

・・・と言って。

 

それがあの時。

 

なんだか。

とても素敵に感じましたにっこり

 

 

出会って初めての

初対面の挨拶が。

 

「メリー・クリスマス」

 

・・・だったことがおやすみ

 

 

「中に入っててね」

 

・・・と言うと、

そのままメアリー先生は

どこかに行ってしまいました。

 

 

奥に入ると、

そこは広いダンススタジオに

なっていて。

 

壁には、

バーも設置されていて。

 

 

バーって。

 

バレエの基礎レッスンの時に使う

バーのことです。

 

バー・カウンターではなくニコニコ

 

 

そしてそこでは一人の若い女性が、

床でストレッチをしていました。

 

「こんにちは」

 

・・・と声をかけると彼女は振り返り、

 

すごく明るい笑顔で、

挨拶を返してくれましたにっこり

 

 

本当に。

 

エネルギーに溢れた、

とても元気な感じの人でした。

 

 

着替える場所を訊くと、

彼女は気さくに教えてくれて、

 

そのカーテンの向こう側に入ると、

そこにはもうひとり女性がいたので。

 

ちょっと、びっくりしました。

 

それまでまるで、

気配を感じなかったからです。

 

 

更衣室にいたその彼女は、

さっきの彼女とはまた、

雰囲気が違う感じの人でした。

 

 

ストレッチをしていた彼女が

 

「火」

 

・・・だとすると、

 

更衣室にいた彼女は

 

「風」

 

・・・みたいな印象でした。

 

とても知的な感じ。

 

・・・とでもいうか。

 

 

着替えながら

風の彼女と少し話しているうちに、

 

彼女はバレエ経験者で

あることが解りました。

 

おそらく、

20代半ばか、後半か。

 

そのくらいの年の人だったと

思いますが。

 

彼女は今も、

バレエをやっている。と。

 

そんな風に話していました。

 

たしか、セミ・プロ。

みたいな感じだったと思いますにっこり

 

 

彼女の話を聞いていたら、

少し、羨ましく感じたりも

したものです。

 

「あぁ、今もバレエ、現役なんだね」

 

・・・とおやすみ

 

 

*******

 

 

私は。

 

あの頃はまだ、

バレエが大好きで大好きで。

 

踊りたくて

しかたありませんでした。

 

 

けれども。

 

ブランクが長すぎたせいで、

もう、昔のように踊ることは

出来ませんでした。

 

 

頭では昔の自分を覚えているから、

最初はすごくジタバタしました。

 

頑張れば、戻れる。

 

・・・と、そう信じて。

 

 

けれどもバレエの世界は、

そんなに甘くはありません。

 

完全に昔のように戻ることなんて、

絶対に無理だ。と。

 

ある時、

悟りました。

 

 

だからそのあとは、

その現実を受け入れることにして、

「今は今だ」と。

 

今、出来ることを

すればいいんだ。と。

 

今度は、

今の自分を受け入れようと、

もがいていました。

 

 

でも。

 

バレエに関しては。

 

頭では解っていても、

どうしても割り切れませんでした。

 

 

昔のように踊りたい。

 

・・・という気持ちを、

 

自分の中から、

完全に消し去ってしまうことは。

 

当時の私にはまだ、

出来なかったのです。

 

 

そうやって。

 

バレエを踊ると、

自分の中に「葛藤」が

生まれてしまい。

 

それがとても辛くて。

 

 

それでも、

「踊ること」は手放せなくて。

 

・・・と。

 

 

その葛藤の苦しさから

逃れたくて。

 

私は「バレエ以外のダンス」を

探していました。

 

そしてこの、

ダンカン・ダンスに

辿り着いたのでした。

 

 

自分のこういう経緯を、

更衣室で風の彼女に話すと。

 

彼女はたしか、

こういう風に言ったのだったと

思います。

 

 

「あなたの言いたいこと。

なんとなく解るような気がします。

 

私もバレエには

限界を感じていて。

 

バレエを超えるようなもの。

 

バレエでは出来ないようなものを

求めていたら、

 

このダンスに辿り着きました」

 

・・・と。

 

 

初対面の風の彼女と、

いきなり核心に触れるような

深い話で盛り上がり。

 

ふと見ると、

いつの間にか更衣室には、

人が増えていて。

 

でも私は、

彼女との話に熱中していたせいか、

 

その人達が部屋に

入ってきていたことに、

 

まったく気づいていませんでした。

 

 

それほど彼女との話に、

集中していたのだろうと思いますおやすみ

 

 

*******

 

 

レッスンは、

メアリー先生が定期的に

日本に来日して。

 

その都度、

ワークショップのような形で

行っていました。

 

なのでそこは、

「お教室」として固定されて

いたわけではなく、

 

そこに集う人も、

その会ごとに様々で。

 

もう長年メアリー先生のもとに

通っていた人もいれば、

 

一度きりで

来なくなってしまう人もいたりと。

 

様々でした。

 

 

さきほどの火の彼女は、

もうだいぶ通っているようでしたが。

 

風の彼女は、

まだ、3、4回目くらいだ。と。

 

そんな風に言っていました。

 

 

まったくの初心者は、

その日は私だけでした。

 

そんな私にメアリー先生は。

 

 

「最初はみんなベイビーなのだから、

安心して。

 

あの子(火の彼女のこと)だって、

ベイビーの頃は何も解らなかったのよ」

 

 

・・・と、そう言うと、

「ね?ウインク」とメアリー先生は

火の彼女のほうを見ました。

 

「ええ。。。まぁ。」

 

・・・と、火の彼女はちょっと、

気恥ずかしそうに頷いていました。

 

 

メアリー先生は、

新しい生徒が来るたびにいつも、

自己紹介タイムを設けているようで。

 

その日も、

そこに集う人たちがそれぞれ、

自己紹介をしてくれたのですが。

 

今、私の記憶に残っているのは、

その火の彼女とあの風の彼女しか

いなかったりします。

 

 

*******

 

 

火の彼女は、

ある劇団に所属している人でした。

 

それを聞いた時、

 

「劇団員」

 

・・・って、今、

すごく身近にもいたっけ。

 

・・・と、そう思っていましたおやすみ

 

 

実際には、

「元劇団員」でしたが。

 

コーヒーショップの店長もまた、

劇団の人だったことを

思い出していました。

 

 

たしかに。

 

火の彼女とあの店長からは。

 

なんとなく、

どこかに共通する匂いを

感じた気がします。

 

 

そういうものを

言葉で説明することは、

とても難しいのですが。

 

それを「劇団員の匂い」。

 

・・・と、あえてそう言うとしたら。

 

その匂いは、

その数年後に娘が高校に入った時に、

 

その学校の演劇部の先生からも

感じたのを覚えています。

 

あの先生もまた、

現役の劇団員でした。

 

 

そしてその匂いは、

 

バレエ界の匂いと

多少似ていながらも。

 

でも、

やっぱりどこか違っていて。

 

 

その場の独特の匂い。

 

・・・というか、エネルギーって、

やっぱりあるのだろうな。と。

 

そんな風に思いました。

 

 

そしてその場に

ずっと浸っていると。

 

知らず知らずのうちに

そういうエネルギーを、

 

自身の身に纏って

いたりするのだろうな。

 

・・・と。

 

そんな風におやすみ

 

 

つづく

 

 

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