「なぜボランティアをするのですか?」 | みぞっちふぁーむとみぞ塾と日本語教師と学生と海外旅行と…

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2009年から2013年までやっていたこのブログを
2019年再開しました



一週間前から

災害ボランティアに参加してきましたが、

そのとき、よくテレビ局や新聞社がいらしていて、

たまにインタビューを受けることがありました。




今思えば、本当に申し訳ないと思うのですが、

自分も精神的にあまり安定していなかったこともあり、

震災直後は、そのときの気分で、

インタビューに応えたり応えなかったりしていました。



辛らつな対応まではしていないつもりですが、

避けるようにはしていたような気がします。




それでも

インタビューをといわれたときに必ずといっていいほど

聞かれたのが、


「ご自分も被災者なのになぜボランティアを?」


という内容。





いつも答えに困っていました。


なんでかと言われても…




僕は神戸大学にいた際は、

ボランティア活動をしていました。


阪神大震災がきっかけで設立された

大学生の団体に所属していました。


でもそのときのボランティアの動機と

今のボランティアの動機は

明らかに違います。




学生時代は、


「何か人の役に立ちたい」


というのが理由のメイン。




でも、実際ボランティアをやってみて、


「これって自己満足なんじゃないか」

「逆に迷惑なんじゃないか」

「偽善じゃないか」


と思うようにもなってきていました。



ボランティアが嫌いになっていました。



なので、

大学生を卒業してからは、

ボランティア活動は一切やめてきました。




しかし今回、こんな大震災の被災地となってしまい、

ボランティアをする機会というのが出てきてしまい、

自分にもボランティアできる時間ができてしまいました。





ボランティアをはじめて一週間が経過して

自分の中で整理ました。





神戸のときは、

自分の生まれ育った街でもなければ

行ったことなかった街でもあるので、

知っている人はいないし、知っている街もない、

距離は近かったけど、なんか遠い存在。


ボランティアにもどこか

変な使命感とか達成感とかいったものを求めていました。




今回は、

被災された方には僕の友人や仲間、その家族がいる、

家を失くした友人がいる

仕事ができなくなった仲間がいる

財産を失った仲間がいる

自分の行ったことある景色がなくなっている

好きな街がなくなっている

一方で自分は家も財産が無事である




そんな中で、自分は

「人の役に立ちたい」という気持ちよりも



自分が無事で申し訳ない気持ちを何かで埋めたい



という思いで、ボランティアをしている気がします。





そしてさらに、


自分がこの仙台で農業、商売をしていくことを決めた以上、

こんな震災で仙台や宮城、東北がなくなってしまっては困る

早く復興してくれないと自分の野菜の売り先がなくなる


だから少しでも早く復興してほしいから、

ボランティアをしている


といった、自分勝手な理由もあるような気がします。






変な理由ですよね。



正義感とか使命感とかは、まったくないです。



結局は自分のため。



ボランティア魂の強い方々におこられそうです。





でも理由はどうであれ、

宮城が復興するための手助けが

ほんの少しですができているはずですし、

感謝していただいている方もいるわけですから、

それはそれでありかなとも思っています。




学生のころより、

自分のやってることが自分の中で消化できている感じです。