このような言葉があります。
自分と同じようなトラブルを経験したことがない人から助言を受けてはならない。
Never take the advice of someone who has not had your kind of trouble.
Sidney J. Harris
私は冤罪事件でメディアやネット上ですさまじいバッシングを受けた経験があります。そのトラウマでPTSD(トラウマ後のストレス障害)になり、その後意識消失で3回倒れ、頸椎損傷により手足が動かない身体障害者になりました。
立憲民主党、共産党支持者ではありませんが、蓮舫氏の今後を心配しています。なぜなら上記の言葉を意識して生きていくしかないからです。
以下に引用文を2つ紹介しますが、最後に強調した部分だけは頭に入れSNS社会を生きていっていただきたいと願うばかりです。
蓮舫氏「サンキャッチャー」意味深投稿に永田町で「精神面が心配」の声…テレビで「コメンテーター」想定する人も (msn.com)
9日には《お気に入り》というガラス細工の『サンキャッチャー』とともに、《私はどれだけ批判されてもいいと思われてるんでしょうね。男性になら言わない表現、知らないコメンテーターがさもありなんと話す。さすがに酷いと思えます。まだ、これらと闘えというのかしら》と “泣き言” ともとれるようなポストしています」(政治担当記者)
サンキャッチャーとは、日光が当たる場所につるすと、ガラス玉で乱反射した光が虹色になる飾り物。その名のとおり「光をつかむ」という意味を持つ。
「サンキャッチャーには『気分をあげる効果』があるとされていて、『幸運を呼ぶインテリア』などと紹介されることも多い。蓮舫さんの投稿に対しては『彼女自身が気分をあげたいのだろう』と推測する声も聞かれます。
選挙戦では猛烈な批判にさらされ、今もXには無慈悲なまでの言葉が並んでいます。彼女の精神面を心配する声が永田町では強い」(同)
<引用終了>
「水に落ちた犬を打つな」(四方田犬彦、P.112) (amazon.co.jp)
誰もが水に落ちた犬を目ざとく見つけると、ただちに恐ろしい情熱を発揮して、溺れ苦しむ犬に石を投げることをしてきた。彼らはもし犬が普通に地上を徘徊していたとしたら、怖くてしかたがないものだから、けっして石を投げなかったことだろう。ところが、いかに罵倒の言葉を投げかけ石を投げたところで、わが身の安全は確保されたひとたびわかってしまうと、態度を豹変してきた。ここには純粋の憎悪がある。だが魯迅の場合とは違い、その憎悪には必然的な動機がない。それは集団ヒステリーと呼ばれる。