素敵な出会い | みゆーしゃのロシア日記

みゆーしゃのロシア日記

ロシア人の旦那さんと結婚して、ロシアに移住。
ロシアでの生活についてや、ロシアの気になるニュース、ロシアでの子育て奮闘記などいろいろ書いてます。100%自己満足なブログです( ´,_ゝ`)

ロシアでの生活は、生活環境はもとより文化や風習の違い、人々の性質の違いなどで大変な思いをしますが、そんな中でもこうやって暮らしていけるのは、やはり多くの人に助けられているからだと日々痛感します。

ロシアに来てから、本当にたくさんのロシア人に助けられました。外国人にとって決して住みやすいとはいえない国、ロシア。でもいつも困り果てる私にすかさず手を差し伸べてくれる人がいて、私は本当に人に恵まれているな・・・
(TωT)と感謝感謝の日々です。

これから、そういった人たちへの感謝の気持ちを込めて、あと『ロシア人って冷たそうに見えるけど、こういう人もいるんだよ!』と日本人の皆さんにも知っていただきたいので、ブログでもぼちぼち書いていこうかな、と思います。

今日は義母(医者)の担当看護婦のベーラ・イワーノヴナについて。ロシアの病院は診察室に入ると、医者と看護婦の机が向かい合う形で並んでいて、そこで医者が診察、看護婦が補助&事務という形をとっていることが多いです。国立病院を見る限りでは、一人の医者につく担当看護婦が決まっていて、いわば仕事上のパートナーのようになっています。

義母はもう10年以上今の総合病院に勤めていますが、その当初からベーラ・イワーノヴナが担当看護婦だったようです。ベーラ・イワーノヴナに初めて会ったのは、ぷっぷちゃんを妊娠中に健康診断を受けて証明書を取得する必要があったため、義母のコネで義母のいる総合病院に行ったときでした。
めちゃめちゃ笑顔が素敵で、まさに表情から彼女の優しさや人格が滲みでているようでした。

当初、私はぷっぷちゃんを日本で出産する予定だったので、日本に帰国していたのですが、そんな中東日本大震災が発生。当時、はっきりした情報も展望なく、とかく心配した旦那の親戚に半強制的にロシアに戻され、急きょロシアで出産することになりました。その時、すでに9か月でした。

ロシアに戻ってきたといっても、外国人である私が国立病院で検診や出産するためには、諸々の手続きをする必要があり、それも煩雑&上記のように時間がかかるものだったため、私は途方に暮れていました。恥ずかしながら、うちの旦那は決して高給取りではないため、私立病院での出産は不可能だったんです。(救急車で駆け込み出産は可能ですが、そうなると病院側の対応がめちゃくちゃ悪くなるので、私も家族もそれだけは避けたかったです。)

そんな折、ベーラ・イワーノヴナが事情を知って、妹さんにお願いをしてくれました。妹さんは
モスクワ中央区の保険庁に勤めているようで、様々な手続きをそれこそ迅速にやってくれました。本当は何か月もかかる手続きを、2-3日でやっていただいたんです。これからいつお産が始まるかもわからない(しかも私は切迫早産気味でした)という状況のなかで、いつでも安心してお産に臨める体制を作っていただいて、本当に感謝の念にたえませんでした。

その後も、お産をするための産院を紹介してくれたり、そこでも私が外国人ということで、不当な扱いを受けないようにと義母とともに尽力してくれました。私は前置胎盤という問題がついて回っていたので、結局産院に出産まで管理入院をすることになったのですが、もしベーラ・イワーノヴナの助力がなかったたらどうなっていただろうかと考えると、本当にありがたすぎます。

この前、義母の総合病院に行く機会があったので、そこでベーラ・イワーノヴナとお会いする機会があったのですが、その時も変わらず笑顔の素敵な人でした。診療時間が終わっていたので、そこでお茶をごちそうになりました。

最近のぷっぷちゃんの様子や子育てのことを聞かれたので、「私にはここには実母も実姉もいないし、一人で大変だけど、子供と一緒にいられる時間が楽しいです。」と答えました。

するとベーラ・イワーノヴナは「そうよ。子供との時間はかけがえのないものよ。大切に過ごしてね。」と言ってくださいましたが、そのあと、ベーラ・イワーノヴナは少し考え込んでしまいました。

少しして、「実はね・・・、私には子供が3人いるんだけど、一番上の長女が、彼女が16歳の時に交通事故で亡くなったの・・・。突然のことで、目の前が真っ暗になったわ。下の子たちが双子だったこともあって、子育てしていた当時は、仕事に子育て、家事と本当に忙しくて、私はしょっちゅう時間がないことを嘆いていたの。ストレスも溜まっていて、つい長女をきつく叱ることも多かったわ。でも今思うと、本当に愚かだったと思う。長女が亡くなって、あの時子供たちと過ごした時間は、二度と戻ることのない大切な時間だったんだって改めてきづいたの・・・。だから、あなたもきっと今毎日大変だと思うけど、私のように後悔をしてほしくないから、今を大切にしてほしいの。」と涙を流しながら語ってくれました。

私は長女さんを亡くされていたことを知らなかったし、いつも笑顔で明るいベーラ・イワーノヴナからは想像もつかない話でした。でも優しい人は、人生の辛酸を舐めた人が多いとはいいますが、まさにそうなのかもしれません。

海外で暮らす時に、心配事の一つになるのが健康管理と病院関係ですが、私はこういった義母やベーラ・イワーノヴナをはじめとして、私や家族のピンチの時に協力体制を惜しまないでいてくれるお医者さんたちがいるおかげで、異国にいながらもある程度安心して暮らすことができます。本当にありがたいです
(TωT)



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