サクレクール寺院を後にした二人は、テルトル広場を少しそぞろ歩きした後、とあるカフェに入った。
「 懐かしいわ…。このお店にも、よく来たものよ。」
テーブル席に着くと、フランソワーズは懐かしそうに店の中をぐるりと見渡した。
脳裡にふと、過ぎ去った思い出が蘇った。
それは、フランソワーズにとって、懐かしくも切ない思い出であった…。
「 フランソワーズ…。また昔の事を思い出してしまったんだね。」
フランソワーズの心情を察し、ジョーは心配そうにそう訊ねた。
ジョーのその言葉に、フランソワーズは首を横に振り
微笑んだ。
「 大丈夫よ、ジョー。今の私には…あなたが傍に居てくれるから…。」
フランソワーズにはジョーの心遣いが嬉しかった。そしていつも寄り添ってくれる大切なジョーの存在が何より嬉しくも幸せだった。
二人がこうして談笑している時だ。
注文していた食事がテーブルに食事が運ばれて来た。
食事を運んで来た初老の男性の顔を何気に見た瞬間フランソワーズは懐かしい気持ちでいっぱいになるのを覚えた。
「 ようこそ、マドモワゼル。」
懐かしそうに黙ったまま見つめるフランソワーズに、
初老の男性は優しい微笑みを浮かべた。
「 マスター…。」
その優しい微笑みに、フランソワーズは心が温まる思いがしてならなかった。
久しぶりに姿を見せたフランソワーズに、マスターは変わらぬ優しい態度で接してくれている。
些細なことでも、フランソワーズにはそれが嬉しかった。
「 急に顔を見せなくなったと思っていたら、そう言うことかい?フランソワーズ。
いつの間に、こんな素敵な恋人が出来たんだい?」
ニヤッと笑いながらマスターはフランソワーズとジョーに視線を注いだ。
「 恋人だなんて…違うわ、マスター…。」
思わずフランソワーズは頬を赤らめ、俯いてしまった。
そんな彼女を、ジョーは心から愛おしいと感じずにはいられなかった。
優しい眼差しでフランソワーズを見つめるジョー…。
そして尚も恥ずかしげに俯くフランソワーズ…。
そんな二人をマスターは微笑ましい気持ちで見守った。
「 さあ、お二人さん!料理が冷めないうちに召し上がれ…。」
マスターに、そう声を掛けられた二人ははっと我に返り、思わず顔を見合わせると互いに微笑み合った。
微笑み合う二人は共に心から穏やかな気持ちに包まれ、互いに幸せな一時だと思った。
「 お二人さん。とてもお似合いだよ。
いつまでもお幸せに…!」
そうマスターは二人に声を掛けると、その場を立ち去った。
フランソワーズにはマスターのそんな言葉が照れ臭くもあり、心做しか嬉しかった。
お互いの気持ちさえ言葉にしたこともなかったので、恋人と呼べるかどうか分からなかった。
互いの気持ちは繋がっている…
そう信じたかった。けれども、心の何処かではもどかしく思えていただけに、傍から見て自分達は恋人同士に見えるということが、フランソワーズには嬉しかったのだ。
「 わたし達…恋人同士に見えるのかしら…。」
うつむき加減でそう、フランソワーズは呟くように言う。
頬を少し紅く染めながら…。
「 フランソワーズ…。僕は仲間以上に君を想っている。だから、君を恋人だと…。」
そうはにかみながら、ジョーはフランソワーズに言った。
その言葉を聞いた瞬間、フランソワーズは顔を上げ、
少し驚いた様子でジョーの顔を見つめた。
「 ジョー…。」
ジョーのその言葉は、フランソワーズの心に深く染み渡って行った。
そして、ジョーの自分に対する想いを知り、フランソワーズの心は幸せに満ちていた。
二人は談笑しながらテーブルを囲み、食事を楽しんだ。
食事を終え、店を出たあと、ジョーとフランソワーズは再びテルトル広場をそぞろ歩いた。
二人は腕を組み、時々顔を見合わせ、互いに微笑みながら、ゆっくりと歩いた。
それは幸せな穏やかな時間であった。
ジョーと過ごすこの一時は、フランソワーズにとって幸福な一時であった。
そしてその想いはジョーもまた同じであった…。
続く…