そして数日後…。
サン・ピエール・ド・モンマルトル教会にてカトリーヌとフィリップの結婚式が厳かに執り行われた。
神の御前で、永遠の愛を誓う二人の姿を、ジョーとフランソワーズはじっと見守った。
たった一人の親友の幸せを、フランソワーズは心から祈らずにはいられなかった。
そして、それと同時に幸せを掴み、愛する人と結ばれた親友を、フランソワーズは羨ましいとさえ思ってしまった。
決して自分には叶わぬ夢なのだと、そう思わずには居られなかった。
そんなことを思い巡らせ、フランソワーズはふと横に座るジョーの方を振り向き、彼の横顔をちらっと見た。
その瞬間、フランソワーズは思った。
( 私にはジョーが居る…。例え、カトリーヌとフィリップの様に結ばれなくてもいい。ただ、こうして傍に居てくれるだけで十分幸せなのだから…)
そう…。その想いは正直な気持ちだったのだ。
例え永遠に結ばれなくとも、傍に居るだけで、それでいいのだ。
そう思った時、彼女は胸の中が温まるのを感じずには居られなかった。
その時ジョーはフランソワーズの視線を感じ、彼女の方を振り向くと、優しく問いかけた。
「 フランソワーズ?どうした?」
不意にそう話しかけられ、フランソワーズは思わず頬を赤らめてしまった。
「 えっ…?何でもないわ、ジョー。
あ…。カトリーヌとフィリップ…とても幸せそうね。
カトリーヌ…とても綺麗。」
そう答えると、フランソワーズは頬を紅く染めたまま、少し恥ずかしげに俯いた。
今の自分の気持ちを、ジョーに悟られたくなかった。
そっと胸の中にしまって置きたかった。
例え、この想いがジョーに届かなくとも、それでも良かったのだ。
そんなフランソワーズをジョーは心から愛おしいと思った。
カトリーヌとフィリップの結婚式に列席した今、
あらためてフランソワーズへの想いを悟ったのだ。
いつか…フランソワーズを幸せにしたいと、ジョーは思った。
カトリーヌとフィリップとの挙式は滞りなく終えた。
共に寄り添って参列者に向かいお辞儀をする2人…。
参列者は祝福の拍手を送る。
聖堂の外に出ると、参列者は花道を作り、新郎新婦を出迎えると、一斉にフラワーシャワーを放った。
ジョーとフランソワーズも新郎新婦に向け、祝福を込めてフラワーシャワーを贈った。
友人等に祝福されたカトリーヌは広場に出ると、
後ろを向き、友人等に向かってブーケを投げた。
友人らは皆、こぞってブーケを受け取ろうと両手を挙げた。
けれども誰も受け取れず、諦めた次の瞬間…
友人らから少し離れた場所でその様子を見守っていたフランソワーズの所にブーケ飛んできたのだ。
「あっ…!」
反射的に彼女は両手を挙げ、ブーケを掴んだ。
思いも寄らない出来事に、フランソワーズは暫く、
身動きが取れず、ただ、ブーケを手にしてそれを見つめるだけだった。
…ブーケを受け取った女性は次の花嫁になれる…
そんな言い伝えをフランソワーズはふと思い起こした。
それと同時に、それは夢のまた夢なのだと言う想いが彼女の胸を過ぎった。
フランソワーズがそう物思いに耽けていた時だ。
「 フランソワーズ!この次はあなたの番よ!」
そう言いながら彼女の元に若い女性が走り寄って来た。
そうかと思うと、その若い女性はフランソワーズを抱き締めた。
「 マドレーヌ…!」
思いもよらないその出来事に、フランソワーズは言葉を失いそうになった。
「 フランソワーズ…。急に姿を見せなくなって心配したのよ。けれども、幸せそうで良かった。
優しそうで素敵な恋人が傍に居るのね。」
マドレーヌと呼ばれたその若い女性はフランソワーズから手を離すと、フランソワーズの傍で佇むジョーの方に視線を向けた。
「 マドレーヌ…恋人だなんて…そんなんじゃ…」
ジョーの横でフランソワーズは頬を赤らめ、少し恥ずかしげに俯いた。
そんな彼女に、傍らでジョーは優しい眼差しを向けた。
「 隠す事なんてないのよ、フランソワーズ…。
あなた達を見ていたら、心から愛し合っているって分かるわ。」
そう言いながら、マドレーヌは暖かい眼差しでジョーとフランソワーズを微笑ましく見つめた。
ジョーとフランソワーズ、そしてマドレーヌの三人がそんなやり取りをしていた時だった。
「 フランソワーズ!ブーケを受け取ったのね!次はあなたの番よ!」
そう言いながらフランソワーズの方へ数人の若い女性達が走り寄って来た。
それに気づいたフランソワーズは、あまりにも突然の出来事に驚きを隠せなかった。
そして同時に熱いものが込み上げて来るのを禁じ得なかった。
懐かしい友人達だった。皆、パリ・オペラ座バレエ学校時代の友人達だったのだ。
「 みんな…。」
フランソワーズの胸には過ぎ去った懐かしい思い出が蘇っていた。
それは懐かしくも、切ない思い出でもあったのだ。
ブラックゴーストに囚われなければ、恐らくきっと、パリ・オペラ座の舞台でバレリーナとして…もしかしたらエトワールとして踊っていたかも知れなかったのだ。
その夢を失って以来、フランソワーズは出来るだけ
昔の事を思い出すまい…そう自分に言い聞かせて来た。思い出してしまうと、辛くなってしまうと…。
けれども、カトリーヌの結婚式の日に、もしかしたら昔の友人達と再会するのでは…と懸念していたのだ。
出来ることならそれは避けたいと、フランソワーズは思っていたのだ。
過去を思い出したくはないと…。
「 フランソワーズ!もう、水臭いわ。
こんなに素敵な恋人が居たなんて!」
友人らはフランソワーズの傍に駆け寄ると、一斉にフランソワーズを取り囲んだ。
思いもよらぬ、友人達との再会は、戸惑いと同時に
喜びをフランソワーズにもたらした。
「 本当に心配したのよ、フランソワーズ。
あなたが何も告げずに急に姿を消してしまうんですもの。けれども、こうして再会出来たのだから。
何よりも、元気そうで良かった。」
そう暖かい言葉を掛けられ、フランソワーズは返す言葉もなかった。
そしてどうしても本当の理由を、友人達に告げることが出来なかった。
けれども、いつか本当の事を話さねばと、彼女は心の中で思った。
「 それよりも、フランソワーズ!紹介してよ、あなたの彼を…!」
「 そうよ、フランソワーズ!こんなに素敵な恋人が居るなんて、本当に羨ましいわ!」
次から次へとそう話しかける友人達に戸惑いながらも、フランソワーズは幸せな気持ちに包まれていた。
それと同時に、彼女の心から今まで抱いていた不安は消えていた。
友人達は昔と変わらぬ態度で接してくれている。
フランソワーズが突然、姿を消した理由は一切問い詰めず、寧ろ、彼女が無事で居た事を喜んでくれているのだ。
もし、再会してしまった時、きっと行方を晦ました事を問い詰められたら、どう答えていいのだろうと、フランソワーズはそれを懸念し、不安に駆られていたのだ。
もう、その懸念も不安も何もかも消えていたのだ。
再会を喜び、そして暖かく迎えてくれた友人達の気持ちがフランソワーズには何より嬉しく思え、胸がいっぱいになりそうだった。
「 ジョー。皆、バレエ学校時代の大切な友人達よ。
こんな形で再会出来るなんて、夢にも思わなかったわ…。」
フランソワーズは目頭が熱くなるのを覚えた。
「 君はたくさんの友人が居て羨ましいよ、フランソワーズ。
こんなにも君との再会を喜んでくれている…。」
そう言いながら、ジョーは優しくフランソワーズを見つめ、微笑んだ。
「 ええ…ジョー。」
フランソワーズもまたジョーを見つめると、微笑んだ。
互いに微笑み合うそんな二人を、友人達、そして少し離れた場所から、カトリーヌとフィリップは暖かく見守った。
友人達に暖かく囲まれ、フランソワーズは思った。
この幸せな一時を胸に刻み、いつまでも忘れまいと…。
続く…