オデット姫は花を摘むことに夢中だった。
しかし、彼女は背後に忍び寄る黒い影に気づく…。
オデットに忍び寄る黒い影…。それは悪魔ロットバルトだったのだ。
たちまち、オデットはロットバルトの呪いで白鳥の姿に変えられてしまう…。
舞台上の白鳥の姿のオデットに、観客達は皆固唾を呑んで見守った。そのあまりにも儚く美しい姿は観る者の心を掴んだ。
そしてジョーもまた、心を奪われていた。
舞台の上のフランソワーズは、戦場を駆け抜けていた時の面影はなかった。
舞台上のフランソワーズを見守るように見つめるジョーは心の中で思った。そしてこう自問自答した。
( 自分はフランソワーズから踊る事を奪ってしまうのかも知れない。果たして本当にそれで良いのだろうか?)
出来る事ならば、このままずっとフランソワーズにはバレリーナとして舞台の上で美しく踊って欲しいと言う思いと、ゼロゼロナンバーのリーダーとしての使命を果たさねばならないと言う思いが、ジョーの胸の中で複雑に入り交じっていた。
そんな時、ジョーはギルモアの言葉を思い起こし、ハッと我に返った。
( フランソワーズを説得しなければ…。)
そうジョーは自分に言い聞かせた。
そして一方、フランソワーズは、プロローグの出番を終え、急いで舞台裏へと戻ると、次の出番に備え
楽屋まで急いで向かって行った。
そうしながらも彼女は心臓の高鳴りを抑えられずに居たのだ。
踊る事にに集中していたものの、彼女の瞳にジョーの姿が飛び込んで来たからだ。
一瞬、フランソワーズは我が目を疑った。
もしかしたら、幻ではないだろうか?
けれども、それが幻でないことを悟った時、彼女は動揺しそうになった。
楽屋に戻るとフランソワーズは鏡の前に座り、大きく深呼吸をし、鏡に映る自分を見つめた。
それでもどうしても胸の高まりを抑える事が出来ない…。
( ジョー…どうして ここに…)
ジョーとはもう何年も逢っていない。
そう…。
最後の敵との戦いを終えて、フランソワーズもまた生まれ故郷であるパリに戻り、再びバレエに打ち込む日々を送り始めた。
その日々の中で、いつしか戦いの事を忘れ、辛い思い出も次第に忘れて行った。
忘れなければならないのだと、そう彼女は自分に言い聞かせてたのだ。
けれども時折、脳裡にジョーと過ごした日々が蘇る事があった。
戦火の中で共に戦い、時には身を呈して庇い、守ってくれた。
温かい眼差しを向けてくれたジョーに、フランソワーズはいつしか心を惹かれていく自分に気付かされ、胸を熱くしたことも…。
もし、ジョーも同じ想いであったらと、淡い想いを抱いた事もあった。
けれどもジョーの自分に対する優しさは、仲間として当然の事なのだと、フランソワーズは自分に言い聞かせて来たのだ。
あれからずっとジョーへの想いを断ち切ろうと、バレエに打ち込み、血の滲むような努力を重ね、漸く念願だったエトワールの座を手に入れ、フランソワーズは舞台に立った。
いつしかジョーの事を忘れる事が出来た矢先の出来事だった。
観客席にジョーの姿を見つけた時、フランソワーズの心は大きく揺れ動いた。
そして、忘れかけていた淡い想いが彼女の心に蘇って来た…。
( 落ち着くのよ、フランソワーズ。今は舞台に集中しなければいけないのよ。)
揺れ動く気持ちを抑える様に、フランソワーズはそう自分に言い聞かせた。
兎に角今は、舞台に集中しなければいけないのだと。
もう一度、大きく深呼吸をすると、フランソワーズは化粧をし直し始めた…。
その日の舞台は大成功を納めた。
何度かのカーテンコールに応えるフランソワーズは
客席からの拍手喝采を浴びながら、幸福と喜びを噛み締めていた。
いつまでも、この幸せな時間が続けば良いのにと、
フランソワーズは心から願わずには居られなかった。
舞台を終え、フランソワーズは急いで楽屋に向かった。
多分、きっとジョーはこのオペラ座の中か、若しくは外で待っている筈だと、フランソワーズは思った。
一体、彼は何の用でこのパリに来たのか、フランソワーズには分からなかった。
もしかしたらジョーは、この自分を呼びに来たのかも知れない…。
そう。再び、サイボーグ戦士として戦う為に…。
そんな一抹の不安が、フランソワーズの心を包んだ。
そんな思いを巡らせ、楽屋に戻ると、後ろから親友が慌ててフランソワーズを呼び止めた。
「 あっ!フランソワーズ!あなたにどうしても会いたいっていう人がいるのよ!」
親友にそう声を掛けられ、フランソワーズはその場に立ち止まると、驚いた表情で後ろを振り返った。
「 シモーヌ、その人って一体…。」
そう尋ねながら、 フランソワーズは次第に鼓動が高鳴るのを感じていた。もしかしたら…と言う思いがフランソワーズの心の中に溢れていた。
「 とにかく、フランソワーズ、急いで支度をしなさいよ!彼、大階段の下で待っているそうよ!」
親友にそう急かされる形で、フランソワーズは急いで楽屋に戻ると急いで衣装を脱ぎ、身支度を整え始めた。
化粧し直す手が、心做しか震えていた。
自分にどうしても逢いたいと言う人物は、ジョーなのだろうか。
もし、彼ならは、どんな話を持ちかけて来るのだろう。
ジョーに逢いたいと言う気持ちと、もしも自分にとって辛いことになるかも知れないという、不安と期待が、フランソワーズの心の中で広がっていった。
身支度を整え終わると、フランソワーズは逸る気持ちを抑えながら、急いで大階段の方へと向かった。
階段を降りる途中、フランソワーズは階下で待つジョーの姿を見出すと、一瞬、その場に立ち尽くしてしまった。
「 ジョー…。」
階下には、そう…
ジョーが待っていた。
ジョーもまた、フランソワーズの姿に気づくと、彼女の方に黙ったまま、視線を注いだ。
数年振りの二人の再会だった…。
続く…