美夕の徒然日記。

美夕の徒然日記。

鬼滅の刃最高!
炭治郎大好き!


 パリ・オペラ座の前にしばらく佇み、ジョーはフランソワーズへの想いを馳せていた。

荘厳で美しい、ガルニエ宮…オペラ座の佇まいを目の当たりにして、この様な素晴らしい場所の舞台に立つフランソワーズが、どれほど優れたバレリーナだと言うことを、ジョーはあらためて思い知られた。

 しばらくオペラ座の前に佇んだ後、ジョーはホテルに戻ろうと歩き出した。

そして、オペラ通りに差し掛かる交差点で信号待ちしていた時だった。

向こう側の歩道を、見覚えのある若い女性が通り過ぎろうとした瞬間、ジョーは驚きのあまり、声を失いそうになった。

そう…。その若い女性こそ、フランソワーズだった。

「 フランソワーズ…!」


思わず、ジョーは声を出してしまった。

その声は車の走る音に掻き消されてしまう。

そしてジョーは、フランソワーズの隣を歩いていた男性の姿に気づくと再び声を失いそうになった。

ジョーの目には、男性と笑い合うフランソワーズがとても幸せそうに映った。

その男性が一体何者なのか、ジョーには分からなかった。

親しげに歩いているところを見た時、多分きっと親しい間柄なのだと、ジョーは思った。

そして、次第に複雑な気持ちになるのをジョーは悟る。

彼の知らないフランソワーズがそこに居る…。

何年も会わないうちに、何もかも変わってしまったのだと、そうジョーは改めて思い知らされ、もう少し早く会いに来なかったことを悔やんだ。

しかし、その反面、フランソワーズの幸せそうな姿を見た時、自分は果たしてフランソワーズの前に姿を現していいのだろうか…と、ジョーは思い、迷った。

けれども、フランソワーズに会って話がしたいという気持ちは変わらなかった。

それほど、ジョーのフランソワーズへの想いは強かったのだ。

  結局、目の前を通り過ぎていくフランソワーズを

ただ見守ることしか出来なかったジョーは、気を取り直すと、再び歩き出した。

オペラ通りを抜け、ホテルへと向かって行った。

その胸にフランソワーズへの想いを残しながら…。








  ジョーとフランソワーズのそれぞれの想いを残し、遂にジゼルの公演初日を迎えた。

 開演前のパリ・オペラ座は大勢の観客で賑わっている。

開演は昼過ぎからだったが、早朝から当日券を買い求める客が並んでいる。

 大勢の観客達の中にジョーの姿もあった。

オペラ座の入口から中に入った時、ジョーは建物内の豪華さに圧倒されそうだった。

 大ホールを出ると、有名な大階段に出る。

照明の美しさも然る事乍ら、大理石で造られた大階段の美しさも素晴らしかった。

大階段を見上げながら、ジョーは思わずその煌びやかな美しさに息を呑んだ。

 その大階段をジョーはゆっくり上り、グランホワイエへと向かって行った。


 グランホワイエには開幕を心待ちにしている大勢の客達が思い思いに過ごしていた。

 ジョーはそこに設置されているバーに立ち寄ると、

シャンパンを注文し、ゆっくりと飲み始めた。

間もなく開幕されるジゼルの公演。

少しジョーは心が落ち着かなかった。それが何故だか、自分でも分からなかった。

昂る気持ちを落ち着かせようと、ジョーは残りのシャンパンを一気に飲み干した。

そんな時だった。


「 おい、ジョー!お前にしては珍しくシャンパンを飲んでいるのか?」


不意にそう後ろから話しかけられ、ジョーは思わず声のする方を振り向いた。


「 ジェット…!」


そこに立っていたのはジェットだった。

彼はニヤッと笑いながらジョーを見据えている。


「 ジェット、君も来ていたのか…。」


ジョーは少し驚いた様子でジェットの顔を見つめた。


「 お前には黙っいたが、なあに、俺もフランソワーズの舞台を観たかったからな。

それより、ジョー。俺の思い過ごしかも知れないが、お前…少し落ち着かない様子だな?

久しぶりにフランソワーズの姿を見ることが出来るから、気持ちが昂っているのか?」


 「 ジェット…。」


今の自分が何故落ち着かないのか、ジェットに言われるまでは自分でも分からなかったが、彼にいい宛てられ、漸くジョーは落ち着かない理由に気づいたのだ。

確かにジェットの言う通りだったが、それだけではないことも自分でわかっていたのだ。

昨夜、目の前を通り過ぎていくフランソワーズの姿を見てからというもの、ジョーの心は大きく揺れ動いていたのだ。

増してや今日、舞台の上で美しく舞うであろう、フランソワーズの姿を観る事が出来るのだと思うと、

余計に気持ちが落ち着かなかったのだ。

そして、昨夜、フランソワーズの隣を歩いて居た見知らぬ男性の存在も気になっていたのだ。

もしかしたら、あの男性はフランソワーズの相手役では…?

そんな思いがジョーの胸の中に渦巻いていた。


「 実はジェット。昨夜、オペラ座の前で、フランソワーズを見かけたんだよ。

交差点を挟んだ向こう側の歩道で、彼女は男性と一緒に歩いていた…。」


ジョーは少し戸惑いながら、昨夜の事をジェットに話した。

 それを聞いたジェットはあまり驚いた様子もなく、こう答えた。


「 もしかしたら、その男って言うのは、多分きっとフランソワーズの相手役かもな。はっきりとしたことは言えないが…。

まあ…フランソワーズは今や、パリ・オペラ座バレエのエトワール…一流のバレリーナだ。相手役の男とパートナー以上の関係になってもおかしくはない。それに器量も良いから、浮いた話の一つや二つあってもおかしくはないだろうよ。」


ジェットは少し皮肉っぽい笑みを浮かべながらジョーの顔を見つめた。


「 まあ…これはあくまでも憶測だけどな。

フランソワーズに直接会って確かめないとわからんが…。

とにかくだ。誰かにとられる前に、手を打たないと、後悔することになるぜ、ジョー。」


 ふふふ…とジェットは笑い、更に言葉を続けた。


「 て言うか…お前がさっさと動かねえと、この俺が

フランソワーズに…。」


そう言い終わらぬうちに、ジェットは口を噤む。

 ジェットのその言葉に、ジョーはハッとし、驚いた様子でジェットの顔を覗き込むように見た。


「 ジェット…。まさか、君もフランソワーズの事を…?」


詰め寄る様な眼差しで見つめるジョーに、ジェットは苦笑いを浮かべた。

そして大きく嘆息をついた。


「 ふふふ…。野暮なことを聞くんじゃねえよ、ジョー。確かに、お前の思っている通りだが、お前たちが互いに惹かれ合って、思い合ってる事に気づいた時に、俺は諦めたよ。到底、俺の入る隙間なんてなかったと思ったからな…。」

 

ジェットのフランソワーズに対する気持ちを初めて知り、ジョーは返す言葉を失った。

口でははっきりと言わなかったが、ジェットもまた、フランソワーズに惹かれていたのだと…。


「 まあ…とにかくだ。俺はフランソワーズさえ幸せになってくれればそれで良いんだよ。

だから…ジョー、何があってもフランソワーズを幸せにすることだな。」


 少し寂しげにジェットは笑った。

ジョーはそう言われたものの、昨夜の出来事がどうしても心に引っかかっており、戸惑った。

久しぶりに見かけたフランソワーズは、幸せそうな笑顔を浮かべていた。

その笑顔がどうしてもジョーの頭から離れず、暫く彼は黙り込んでしまった。

 ジェットはそんなジョーの気持ちを読み、苦笑いを浮かべながら嘆息を吐いた。


「 フランソワーズが一緒に居た男の事が気になるのは分かる。きっとフランソワーズは幸せそうに笑っていたんだろうな。

けどな、ジョー。俺はフランソワーズは今でもお前の事を忘れてないと…お前への気持ちは変わらないと思うぜ…!

とにかくだ。フランソワーズに会って彼女の気持ちを確かめるんだな。それと、お前の彼女への気持ちもちゃんと伝えろ。」


 ジェットにそう言われ、ジョーは戸惑いながらも頷いてみせた。

そして少しづつではあったが、ジョーの心の中からは迷いが消えていった。


「 もうすぐ開幕時間だな…。フランソワーズの舞う姿は、さぞかし綺麗だろう…。」


ジェットはそうぽつりと呟くように言った。


「 ああ…!そうだろうな。」


そう答えるジョーは、これから舞台の上に立とうとしているフランソワーズへ想いを馳せた…。



続く…







 

 





 


























 

  


 















 フランソワーズがパリでバレエの稽古に勤しんでいる頃、時同じくしてジョーはF1モナコGPの本戦に出場していた。

 モナコの市街地を、激しいレースが繰り広げられている。

 ジョーのマシンがトップを切り、その後を追うように1台のマシンが走り抜けて行く。

そのマシンにはジェットが乗っていた。

 他のマシンは、ジョーとジェットのマシンのずっと後ろを走っており、まさに2人の大接戦だった。

  そして最後の78周目を走り抜け、トップチェッカーを決め、優勝を果たしたのはジョーのマシンだった。

僅かの差でジェットのマシンは、二着だった。

 

「 相変わらず、見事な走りっぷりだな、ジョー。

優勝おめでとうよ。」


マシンを降り、表彰台に向かいながら、ジェットは

そう後ろからジョーに声を掛けた。


「 ありがとう!ジェット。君の走りも凄かったよ。」


 ジョーはジェットの方を振り返ると、健闘を称える。

レースを終えたジョーは緊張が解け、自然と笑顔が溢れた。

 ジェットは、そんなジョーの顔を見て、ふふ…と笑った。少し皮肉っぽい笑顔でもあった。


「 …ったく。お前って奴は、相変わらずお人好しだな。それで、これからどうするつもりだ?」


 そう言ってジェットは少し怪訝そうな顔をしてジョーを見つめた。

ジョーには何故ジェットがそんな事を聞いて来るのか最初は分からなかった。


「 これから…どうするつもりとは…? まさか…」


この時ジョーははっと気づき、言葉を失いかけた。

もしかしたら、ジェットはフランソワーズの事を言っているのではないだろうかと。


「 その…まさかだ。俺がちゃんと言わなくても、

お前は分かっているじゃねえか。」


ジロリとジェットはジョーを横目で睨む様に見つめる。

ジョーは黙り込み、何も言おうとはしなかった。

 ジェットはそんなジョーにお構いなしに更に言葉を続ける。


「 戦いが終わって何年経つ?その間、お前は一度も

フランソワーズに会おうとはしなかったな。

会いにパリに行こうともしなかったと、そんな話をギルモア博士から聞いた事があった。

お前はそのまま日本に残り、レースに出場する傍ら、ギルモア博士の助手をしていると聞いたぜ。その間、何年もお前はフランソワーズに会いに行こうともしなかった。

ギルモア博士は、そんなお前を案じていたそうだ。

心の何処かでは彼女に逢いたい…そう思っているんじゃないかと…。

けれどもただの一度も、そんな素振りは見せなかった…。

ジョー、どうして自分の気持ちを偽るんだ?」


「 ジェット…。」


ジェットに自分の気持ちを見透かされ、ジョーは返事に迷った。

確かに、ジェットの言う通りだ。

心の何処かでは、フランソワーズに逢いたい…

そう思っていたのだから…。

しかし、ジョーはそんな自分の気持ちを押し殺して

ここまで過ごして来たのだ。

何故なら、誰よりもフランソワーズの幸せを願っていたからだ。

もし、自分がフランソワーズの目の前に現れたことによって、辛かった戦いの事を思い出させてしまうのでは…。

そんな思いがジョーを思い留まらせていたのだった。


「 ジェット。僕は一度もフランソワーズの事を忘れた事はなかったよ。

戦いが終わって、フランソワーズがフランスに帰った後、彼女を追ってフランスに行こう…

何度そう思った事か…。

けれども、僕がフランソワーズに会いに行き、彼女の目の前に姿を現すことで、もしかしたら、辛かった戦いの日々を思い出させるのではないかと、そんな思いが脳裏をかすめた、

このまま、ずっとフランソワーズに会わない方が彼女の為だと、そう思った。

パリに戻った彼女が再び、バレリーナとしての道を歩み出した事を、風の噂で知った時、このままそっとしておく方がいいと、そう心に決めた。

何より、僕はフランソワーズの幸せを願っていたんだ。」


 そう自分の気持ちを吐露するジョーは大きなため息を吐いた。

彼の脳裡に、ふとフランソワーズの姿が浮かんでは消えていった…。


「 …ったく。お前って奴はどうしようもないな。

そうやってこの先も自分の気持ちを押し殺していくつもりか?

とにかく、自分の気持ちに素直になれよ、ジョー。

お前の気持ちも分からないでもないが、フランソワーズの本当の気持ちは、他人には計り知れないものだ。こればかりは会ってみないことには分からねえ。

もしかしたら、彼女も心の何処かではお前に来て欲しいと思ってるかも知れないしな。」


 そう言って、ジェットはジョーの肩をポンと叩いた。そして再び皮肉っぽい笑みを浮かべた。

 ジョーはただ、黙ってジェットの言葉に耳を傾けていたが、次第に心が動かされていくのを感じずにはいられなかった。

 

「 あれこれ考えて見ても仕方ないってことだ、ジョー。とにかく、なるべく早くパリに行くことだな…。」


ジェットにそう言われ、ジョーは黙ったまま大きく頷きながら、決心を固める。

パリにフランソワーズに会いに行こうと…。

最早、ジョーの心には迷いはなかった。

ジェットの言葉が、ジョーの気持ちを突き動かしたのだった。



  ジョーがモナコGPに出場していたことを、フランソワーズはニュースや新聞記事で知っていた。

けれども、敢えて彼女はそのことを気に留めようとはしなかった。

ジョーは自分がパリにいることを知っている筈だ。

けれども、ジョーは多分、恐らく、会いには来てくれないだろう…。

すっかり自分のことなど、忘れてしまったに違いないのだと、フランソワーズは思った。


( バカね、フランソワーズ。今は余計なことは考えたらダメよ。ジゼルの舞台を控えているのだから、稽古に集中しないと…)


そうフランソワーズは自分に言い聞かせ、トウシューズの紐を結び直した。

  その日は早朝から稽古場でジゼルの舞台に向けての稽古が行われている。

本番を控えた稽古場は緊張感に包まれ、誰もが真剣に取り組んでいた。

 壁にもたれかかって座っていたフランソワーズは、

仲間達の踊りを見守った。

ちょうど、フロアでは第2幕の稽古が行われている。

 愛する人に裏切られ、元々体の悪かったジゼルは失意のうちに息を引き取ってしまう。

結婚前に亡くなった乙女は、ウィリー…つまり亡霊となり、夜毎、墓から出てきて、森に迷い込んだ人間の男性を囚えては、死ぬまで踊り続けさせる…。

  ジゼルはウィリー達の仲間に迎えられ、ウィリーの女王ミルタにアルブレヒトを死に至るまで踊らせるよう、命じられるが、愛するアルブレヒトを守るのだが…。

  ウィリー達の群舞が終わると、次はジゼルとアルブレヒトのパ・ド・ドゥの練習がフロア中央で始まる。

 他の団員達が見守る中、フランソワーズとアランの二人の踊りは見事なまでに息の合った物であった。

誰もがその二人の踊りに息を呑んだ。


「 さすが、フランソワーズね。一寸の狂いもない、

そして隙のないジゼル…。

今まで大勢の他の踊り手がジゼルを踊ったけれども、フランソワーズのジゼルで薄らいでしまったと言っても過言ではないわ。

技量も然る事乍ら、きめ細やかな表現力は誰にも真似出来ないわ…。」

 

 そうフランソワーズの踊りを絶賛する声がある一方…


「 アランはフランソワーズにゾッコンだって言う噂もあるわね。パートナーを組む前から、アランて

フランソワーズに気が合ったらしいわよ。」


 そんな噂話まで囁く者もあった。

もちろん、そんな囁き声は、フランソワーズの耳に入ってきていた。

けれども、彼女は気に留めることなく、踊りに集中した。

今はとにかく、ジゼルの役をやりこなし、舞台を成功させることだけに全力を注ぐことだと、そう自分に言い聞かせていた。

  一通り通し稽古を終えた後、フランソワーズが他の団員らに混じり楽屋に戻ろうとした時だった。


「 フランソワーズ、待ってくれ!」


後ろから呼び止める者があった。

それはアランだった。

  フランソワーズは少し驚いた様子で立ち止まると、後ろを振り返る。


「 アラン…?」


アランは少し強ばった表情をしてフランソワーズを見つめていた。

フランソワーズはそんなアランを不思議そうに見つめた。


「 アラン、どうしたの?」


尚もフランソワーズはそんなアランを見つめる。


「 フランソワーズ…君に大事な話が…

いや、何でもないよ…。」


 そう彼は何か言いかけたが、その言葉を飲み込んだ。

 

「 アラン…?」


そんなアランを、フランソワーズは少し怪訝そうに見つめた。

アランが自分に好意を抱いていることを、フランソワーズは薄々気づいていた。

一度も口にはしたことはなかったが、アランの自分に注ぐ眼差しが、パートナー以上の物を、フランソワーズは気づいていた。

その彼の気持ちは嬉しかった。フランソワーズもまた、アランに対して好意を抱いていたからだ。

けれども、今のフランソワーズの頭の中には今度の舞台の事しか頭になかった。

アランの気持ちに気づきつつも、その事に対しては今は気に留める気にはならなかった。

舞台を成功させたい…。

今のフランソワーズにはその事でいっぱいだったのだ。


「 あ…フランソワーズ。良かったら、シャンゼリゼ通りのレストランで夕食をしないか?」


アランは少し気まずい空気を取り繕うと、そうフランソワーズに言う。


「 ええ…良いわ、アラン。」


特に断る理由もなかったのでフランソワーズはアランのその誘いを快諾した。


  そして…


身支度を終え、フランソワーズはアランと共に楽屋口からオペラ座の外に出た。

夜の帳に包まれたパリの街はいつもの様に美しく輝いている。

フランソワーズはこの光景がとても好きだった。

見慣れているはずの光景ではあったが、心が落ち着く様な気がしてならなかった。


( いつまでも、そう。この平和な時に浸って居たい…)


ふと、フランソワーズは心の中で呟く。

それは彼女の素直な気持ちだったのだ。


「 マドモワゼル、お手をどうぞ…。」


アランはそう言いなが右手を差し出した。


「 アラン…。」


フランソワーズは微笑みながら、彼の手を取ろうとした。

その瞬間、彼女の脳裡に一瞬、ジョーの笑顔が浮かんだ。


( ジョー…)


何時だったか、ジョーはこうして優しく微笑みながら手を差し伸べてくれた。

それは戦火の中の一時の優しい出来事だった。


( そう…。ジョーは何時でもこうして優しくしてくれた。そして、戦火の中、身を挺してわたしを守ってくれた…)


 フランソワーズはふとジョーの事を思い浮かべた。

過ぎ去って行った思い出の中でのジョーは何処までも優しく、温かく自分を包んでくれた。

戦いの日々は辛く、思い出したくはなかった。

思い出すと、胸が苦しくなり、どうしようもなく、悲しくなったからだ。

けれども、ジョーの事を思い浮かべた時、辛い事ばかりでなかったと、あらためてフランソワーズは

思い知らされた。

そう…。

ジョーが傍に居てくれたから、辛い戦いも乗り越えられたのだ。

 心の中でジョーへの想いが広がっていくのを、フランソワーズは悟った。

 

「 フランソワーズ…?どうしたんだい?ボーッとして…。」


 その場に立ち尽くしていたフランソワーズに、アランは心配そうに尋ねた。


「 あ…ごめんなさい!アラン…。

わたしったらボーッとして…。」


 そう声を掛けられ、ハッとフランソワーズは我に返ると差し伸べられていたままのアランの手を取り、そっと握りしめる。


「 大丈夫かい?フランソワーズ。」


アランは少し心配そうにフランソワーズを見つめた。

そんな彼を、フランソワーズは笑みを浮かべながら見つめた。


「 大丈夫よ、アラン。それより行きましょう。」


フランソワーズは敢えて平静を装って笑みを浮かべる。

胸の中に広がる、ジョーへの想い…。

それは彼女がずっと忘れかけていた想いだった。

今にも溢れそうになったが、フランソワーズはそれを抑えようとした。

そうでもしなければきっと胸が締め付けられ、そして切なくなってしまう…。

多分、きっと、ジョーに会うことはないのだから…

だから、この気持ちは忘れてしまおう…

そう、フランソワーズは自分に言い聞かせた。

 アランに微笑みながら歩き出すフランソワーズ。

その手はしっかりとアランの手を握りしめていた。

  そして、時同じくして…。

フランソワーズとアランがシャンゼリゼ通りに向かって歩き出した一方で、ジョーはパリ・オペラ座の前で佇んでいた。


( フランソワーズ…)


パリ・オペラ座をじっと見上げながらジョーはそっと心の中で彼女の名前を呼んだ。

 ジョーとフランソワーズの二人はこんなにも近くに居たことなど、互いに知る由もなかった…。


続く…










 
















  

 

 






  



  



















 



 

 



 その日も、フランソワーズは早朝から自宅のアパルトマンを出て、息を切らしながら、彼女はパリ・オペラ座に向かっていた。

 やがてオペラ座に着くと、フランソワーズは楽屋口のドアを開け、急いで階段を上って行く。

 そんな彼女に、劇場の年配の男性スタッフは慌てて声を掛けた。


「 おはよう!フランソワーズさん。今朝も早いんだね!」


その声に驚いて、フランソワーズは足を止めると、思わず振り返った。


「 ええ!できるだけ練習をしたいのよ!今度のジゼルの舞台を、成功させたいから。」


 そう笑顔で答えると、フランソワーズは再び階段を上っていく。

 長い通路をそのまま進むと、やがて楽屋に辿り着いた。

 エトワールであるフランソワーズの楽屋は個室になっており、豪華そのものだ。

 フランソワーズは、楽屋のドアを開け、中に入ると、レッスン着に着替え、稽古場へ向かって行った。



  5日後に控えているジゼルの公演に向けて、フランソワーズはほぼ毎日こうして誰よりも早く稽古場に来ては練習に励んでいた。

エトワールに昇進してもなお、彼女は努力を惜しまず、毎日の様に8時間近く練習を重ねていた。

今回のジゼルの公演は主役のジゼル役に抜擢されている。

 ジゼルという役柄は、踊りの技量も然る事乍ら、表現力も求められている。

愛するアルブレヒトの裏切りからジゼルは正気を失ってしまい、元々体の弱かったジゼルは、遂には息絶えてしまう。

 踊り手はその演技力を求められ、技量を試される。

  しかし、フランソワーズのジゼルは周囲の期待を裏切らなかった。

ジゼルの稽古が始まった当初は、中々ジゼルの役柄を掴めないでいたが、稽古を重ねる毎に、フランソワーズは本領を発揮した。

誰もが彼女の踊りに息を呑むほどであった。

だが、それでもフランソワーズは決して気を抜かなかった。

今回初めて組む相手役の、同じくエトワールでもあるアランとの息もピッタリだった。

パートナーを組んだ事をきっかけに、フランソワーズとアランの距離は少しずつ縮まっていった。

アランはフランソワーズをパートナー以上の気持ちを抱くようになって行く…。

そしてまた、フランソワーズも彼に惹かれていった。

アランに想いを寄せることで、フランソワーズは辛かった過去を忘れる事が出来たのだ。

実際、稽古に打ち込んでいる時は、彼女は本当に戦いの日々を忘れる事が出来た。

けれども時々ふと我に返ると、脳裡に封印していた思い出が蘇る事があった。

そして、そう…

ジョーの事も…。

彼の事を思い出す度に、フランソワーズは胸が締め付けられる思いがしてならなかった。

忘れようとしても、どうしても忘れる事が出来ないのだと、思い出す度に否応なしに思い知らされた。


( 馬鹿ね、フランソワーズ…。ジョーの事は忘れなきゃいけないのよ。ジョーはきっと、わたしの事なんて忘れてしまったわ。)


そう、フランソワーズは自分に言い聞かせた。

多分、きっと、ジョーは自分の事など忘れてしまったに違いない…。

そう思う事でジョーへの想いを吹っ切ろうとしていた。

心の何処かで、ジョーに逢いたい…。そんな想いがあることはフランソワーズには否定出来なかった。

けれども、ジョーに逢ってしまったら、きっとあの辛かった戦いの日々を思い出してしまう…。

出来ることならば、辛かった事は思い出したくはなかった。

だから、ジョーに逢う事を避けたい…

そんな複雑な想いもフランソワーズにはあったのだ。

 戦いが終わって、ゼロゼロナンバーサイボーグ達は

それぞれの生まれ故郷に戻って行き、それぞれの人生を歩き出している。

フランソワーズもまた、他の仲間達と同じ様に、生まれ故郷であるパリに戻り、バレリーナとして歩み始め、稽古に明け暮れる日々を送り始めた。

それ以降、エトワールに昇進し、パリ・オペラ座バレエの花形として活躍していた。

 そんな日々の中で、彼女は時々、自分の気持ちに向き合う事があった。

 自分は一体、何を求めているのだろうか?

戦いが終わった後、何年も経つにも関わらず、一度もパリを訪れない、そんなジョーに対する辛い思い。

そして、ジョーに再会することによって過去を思い出したくないと言う思い…。

 そんな複雑な想いを払拭するかのように、フランソワーズは稽古に没頭するのだった。


続く…