昨夜はいつものように20時過ぎから洗い物をしようとしていたら,急速に気持ちが悪くなってきてパソコンの前に座ってられません。
急いで,洗い物を台所に運び自室のベッドに倒れ込みました。
食事後に気持ちが悪くなるのは食後1~2時間後です。
かなり気持ち悪く戻すかも知れないとビニール袋を用意して布団を被っていました。
このような症状は食べたものに関係なく年に数回起こっていたのですが,今年はこれが多いです。
ガンなどのような進行性の物ではなく,胃腸が弱いからと診断されるでしょう。
この症状は妻の死とは無関係ですが,妻が居てくれたら洗い物をする必要が無く心強いのですが。
1人自宅で苦しんでいるのは心細いです。
昨夜は午前1時半頃に就寝して7時前に目覚めました。
当然寝不足なので,再び眠り9時前に起きました。
今日も食欲がなく,朝食にリンゴを剥いてデザートとして,あんパン(バターやジャムを塗った食パンは体が受け付けない。気持ちが悪いのです。),ヨーグルトを食べました。
今日も無気力ですが,気になっていることを行って行かねばなりません。
まず,11時過ぎに理髪店に予約の電話を入れると15時からしか空いていないと言われたので,15時に予約をしました。
散髪まで時間があるので守口の京阪百貨店に買い物に行くことにしました。
来週の日曜日は妻の月命日であり,私の誕生日でもあるのです。
妻がいれば,腎不全の私が食べられるごちそうを作ってくれ,ビールで乾杯したのですが4年前からそれが無くなりました。
妻以外からプレゼントを貰ったり,祝って欲しいとは思いません。
もうこの年齢となると,年齢を重ねる毎に冥土への旅が始まるのです。
妻の看護疲れで15kg以上痩せた私は,妻が買ってくれた衣類が全て合わなくなりました。
今まで,肌着や靴に至るまで衣類は全て妻が用意してくれたので,どこで買うのかいくらするのか判らず友達に付いていって貰ったり,老人向けの衣類を売っている場所を聞きました。
相冬兼用のポロシャツは妻の真似をしてDAKSを買いましたが高価すぎました。
大型スーパーやイオンモールで2~3000円でそれなりの品物が買えたので遊び用はそれを買いました。
色々衣類を購入している内にイオンモールなどは若者向きが多いことに気づき百貨店に行くことにしました。
百貨店では価格は少し高いですが愛想の良い店員が付いてくれて説明してくれました。
私は百貨店でブルゾン,ズボン,セーター,ポロシャツ,Tシャツ,カジュアルシャツなどを狂ったように買いまくりました。
買い物をすることにより,妻を失った寂しさから逃れようとしていたのでしょう。
一応,普通?に生活できる程度の衣類は揃えた時に気が付きました。
後何年1人で生活するのだろう?歩けなくなったら介護施設に入らないと生活できないのですが,多量の衣類は持ち込めないので廃棄せざるを得ないと思うようになると買い物症候群が治りました。
高価な衣類の購入さえなければ私の年金だけで生活できるようになりました。
今日は妻が亡くなって4年が経過し,家事が全く出来なかった私が妻の物真似でも何とか生活できているご褒美と来週の誕生祝いをかねて買い物をすることにしました。
先ずは,2年ほど間に購入した黒のショルダーバック(PORTER)が少し小さいので,DAKS製がないか探しましたが置いておらずIKETEIのベージュ色を購入しました。価格は21,000でしたが高いのでしょうか。
次は夏に着られる長袖のポロシャツを探しました。
置いているポロシャツは半袖が多いのは当たり前でしょうか。
私は寒がりの暑がりなので,夏でも長袖のシャツを着るようになりました。
ポロ・ラルフローレンの感じの良いシャツがあったのですが,私には派手すぎるのでグレーのおとなしいシャツを選びました。
価格を見ると17,000円とポロシャツにしては高価です。
右側が高価なポロシャツです。
私は1万円以下のポロシャツを2枚買う予定にしていましたが予想外でした。
もう1着1万円以下のポロシャツを探しているとEXクラブで9,800円のポロシャツがあったので購入しました。
これで,当初私が考えていた5万円の予算には入りました。
最後は地下街に降りて日持ちのする焼き菓子を妻へのお供え用と母へのお土産用に購入しました。
そして,自宅への帰路で腎不全には駄目なたこ焼きを,ソースを少なく塗って貰い購入しました。
自宅に到着すると,早速妻にお供えです。妻に叱られたことを絶対に忘れませんから。
15時前に理髪店に行き,長く伸びた髪を少し短くして貰いました。
これで一心寺の妻に会いに行けます。
ただ気になっているのはG20イベントと日が重なるので交通状態です。命日よりは早い目に行く予定です。
理髪店から戻り風呂を沸かして入浴しました。
25日は貯水槽の清掃のため断水なので風呂の残り湯は抜けません。
これで今日の予定は終わり,残すは不味い夕食だけです。味覚障害は辛いです。
2015年3月31日に亡くなった亡き妻を偲んでの短歌(挽歌)です。散文が多いのですが,興味のある方はどうぞ。