鳥羽伏見の戦いで、味方を置き去りにして江戸に逃げ帰った最後の将軍の徳川慶喜は、味方からも世間からも総非難を浴びます。そんな中で、火消しの親方新門辰五郎は、あくまで慶喜に忠誠をつくします。
 なぜそなたは上様に忠誠を尽くすのかと聞く慶喜の妻美賀子に、辰五郎が言いました。
「あっしは、上様が好きになりました。男が男を好きになったら一生ついていかなければなりません。男と女は切れることができますが、男と男はできません。あっしは上様に男惚れでさあ。」
 そしてずっと慶喜の愛妾であった辰五郎の娘お芳は、慶喜のもとを去って行きます。
 男と男ってそんなものでしょうかねえ。僕は、男より女の方に忠誠を尽くすと思います。それが証拠に、未だに女房と一緒にいるのですから・・・
     林真理子「正妻ー慶喜と美賀子ー」より