駅名の由来について投稿します。
今回のテーマは茨城県内にあるJR東日本常磐線です。
常磐線は、東京都荒川区の日暮里駅から千葉県北西部、茨城県、福島県の太平洋側(浜通り)を経由して宮城県岩沼市の岩沼駅までを結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)のにまたがっているため、何回かに分けて投稿します。
茨城県内にあるJR常磐線については2回に分けて投稿する予定です。
前編→取手駅〜水戸駅間
後編→水戸駅〜大津港駅間
尚、その他の都県に関しては後ほど紹介します。いつになるかは未定です。
宜しかったらこのまま読み進めて下さい。
JR東日本常磐線(茨城県、前編) 取手駅~水戸駅
取手 とりで
開業:1896年(明治29年)12月25日
開業当初の自治体:茨城県北相馬郡取手町
現在の所在地:茨城県取手市中央町
接続路線:関東鉄道常総線
駅名は旧・取手町の地名をそのまま採用しました。
取手という地名は諸説あります。
平将門に築いた砦(とりで)にちなむ地名の他に、戦国時代に大鹿太郎左衛門(おおしかたろうざえもん)の砦があったことから名付けられたという説があります。
藤代 ふじしろ
開業:1896年(明治29年)12月25日
開業当初の自治体:茨城県北相馬郡相馬町
所在地:茨城県取手市宮和田1131
旧藤代町の中心駅で、町名は水戸街道(陸前浜街道)の宿場町である藤代宿に由来しています。藤代という地名は藤原氏の支配地・名田(みょうでん)説が、歴史的に最も有力とされています。
龍ケ崎市 りゅうがさきし
開業:1900年(明治33年)8月14日
開業当初の自治体:北相馬郡馴柴村
所在地:茨城県龍ケ崎市佐貫町647
改称:2020年(令和2年)3月14日【佐貫(さぬき)】
接続路線:関東鉄道竜ヶ崎線【佐貫(さぬき)駅】
かつての駅名は佐貫駅で、馴柴村佐貫(なれしばむらさぬき)から名付けられました。
2020年(令和2年)3月14日、市の認知度を向上と分かりやすくする必要があるため、佐貫駅から龍ケ崎市駅に改称されました。
「佐貫」と「龍ケ崎」の地名の由来については関東鉄道竜ヶ崎線の佐貫駅と竜ヶ崎駅について書かれている下記のブログをご参照ください。
牛久 うしく
開業:1896年(明治29年)12月25日
開業当初の自治体:茨城県稲敷郡牛久村
所在地:茨城県牛久市牛久町282
駅名は、所在地である「牛久村(現在の牛久市)」の地名を採っています。
由来がはっきりしていない諸説紛々(しょせつふんぷん)の地名です。
怠け者の小僧が大きな牛になり、沼に飛び込んで沈んでしまいました。それ以来この沼を「牛食う沼」が「牛久沼」と呼ばれたという言い伝えがあります。他に「潮来」(うしおく)が「うしく」になったとする説、鵜宿・卯宿(うしゅく)が転じたとする説などもあります。
上記の伝説の他にアイヌ語のウス・キ(たくさん密集している葦)が学者の間では有力とされています。
ひたち野うしく ひたちのうしく
開業:1998年(平成10年)3月14日
開業当初の自治体:茨城県牛久市
所在地:茨城県牛久市ひたち野西三丁目
駅周辺は1990年に開発されたニュータウン「ひたち野地区」でした。
ひたちは茨城県の旧国名。所在地の牛久を組み合わせた新しい駅名です。1985年(昭和60年)に開催された国際科学技術博覧会(科学万博)の臨時駅・万博中央駅の跡地に、1998年(平成10年)に開業しました。
荒川沖という地名の由来は諸説あります。
地区内の乙戸川が氾濫を繰り返し、荒れ狂う川であったことから「荒川」と呼ばれたという説や阿見町荒川本郷から分かれた集落で、荒川本郷から遠くに見えるところから“荒川の沖” (沖:遠いところの意味)と言われた説があります。
土浦 つちうら
開業:1895年(明治28年)11月4日
開業当初の自治体:茨城県新治郡土浦町
所在地:茨城県土浦市有明町1-30
「土浦」という地名の由来については、主に以下の3つの有力な説が存在します。
①現在の稲敷郡美浦(みほ)村付近にあった「土浦村」という地名を借りて持ってきたという説。
②江戸時代にこの地を治めた土屋藩の「土」と、霞ヶ浦沿岸にあった11の港(浦)を意味する「十一の浦」を組み合わせたという説。
③あちこちの港を意味する「津々浦々(つづうらうら)」という言葉の響きが、長い年月をかけて変化し「つちうら」になったという説。
開業:1895年(明治28年)11月4日
開業当初の自治体:茨城県新治郡上大津村
所在地:茨城県土浦市神立中央
カンダツとは、雷、雷神のことで、付近にそういう神様を祀ったところからつけられた地名であると考えられます。
高浜 たかはま
開業:1895年(明治28年)11月4日
開業当初の自治体:茨城県新治郡高浜町
所在地:茨城県石岡市北榎本245
恋瀬川の北縁の高台地を控える浜に由来しています。
石岡 いしおか
開業:1895年(明治28年)11月4日
開業当初の自治体:茨城県新治郡石岡町
所在地:茨城県石岡市1-1-17
由来は定かでないが複数の説があります。
小高い丘を意味する「イワオカ(岩・岡)」が石岡に転じた説が有力とされています。
他に石岡城や「潮岡(うしおか)」が変化した説、アイヌ語由来説(石・丘などの意味)があります。
羽鳥 はとり
開業:1895年(明治28年)12月1日
開業当初の自治体:茨城県東茨城郡竹原村
所在地:茨城県小美玉市羽鳥2665
開業当時は「竹原村」となっていましたが、本来の竹原の中心集落から大きく離れているため、明治22年の合併前の自治体であった旧「羽鳥村」に由来しています。
羽鳥は服部(はとり、はとりべ)の当て字で、古代の織布(しょくふ)を作った部民、機織部(はたおりべ)がいたことを示す地名です。
岩間 いわま
開業:1895年(明治28年)11月4日
開業当初の自治体:茨城県西茨城郡岩間村
所在地:茨城県笠間市下郷4439
開業当時の自治体名である「岩間村」(のちの岩間町)に由来しています。
愛宕山(306メートル)や難台山(553メートル)などの岩のある山に挟まれた平地に開けた集落であることを示す地名。
友部 ともべ
開業:1895年(明治28年)7月1日
開業当初の自治体:茨城県西茨城郡宍戸町
所在地:茨城県笠間市友部駅前1-24
接続路線:JR東日本水戸線
駅名は、大字名「南友部(みなみともべ)」の地名に因みます。
友部は伴部を書く地名を同じで、古代の豪族大伴氏の部民がこの地に住んでいたことに由来しています。
内原 うちはら
開業:1889年(明治22年)1月16日
開業当初の自治体:茨城県東茨城郡内原村
所在地:茨城県水戸市内原町69
周辺の台地(高台)に囲まれた集落が、那珂川の支流である小川に沿ってできた「平らな原野」であった地形的特徴(内側の原)に由来するとされています。
赤塚 あかつか
開業:1894年(明治27年)1月4日
開業当初の自治体:茨城県東茨城郡河和田村
所在地:茨城県水戸市赤塚1-1866
江戸時代に開拓された「赤塚新田(あかつかしんでん)」という地名が由来しています。
「赤塚」の明確な文字の由来は記録されていませんが、一般的に「塚(古墳や高まり)」と「赤(赤土などの地形)」に由来すると考えられています。
偕楽園(臨時駅) かいらくえん
開業:1925年(大正14年)2月2日
開業当初の自治体:茨城県水戸市
所在地:茨城県水戸市常磐町字神崎下6090
改称:1967年(昭和42年)2月1日【公園下(こうえんした)仮降車場】、1969年(昭和44年)10月1日【偕楽園(かいらくえん)仮降車場】、1987年(昭和62年)4月1日【偕楽園(かいらくえん)臨時乗降場】
偕楽園は日本3大庭園の一つで、水戸の9代藩主徳川斉昭が、〝領民と偕(とも)に楽しむ"という趣旨で造られた庭園です。昭和42年(1967年)、公園下駅を改名しました。
水戸 みと
開業:1889年(明治22年)1月16日
開業当初の自治体:茨城県水戸城下上市連合村
所在地:茨城県水戸市宮町1-1-1
接続路線:JR東日本水郡線、鹿島臨海鉄道大洗鹿島線
昔から海や川の水の出入口を「みと」または「みなと」といい、那珂川と桜川・千波湖の間につき出た台地から「みと」と呼ばれました。






