駅名の由来について投稿します。
今回もテーマは真岡鐵道真岡線です。
真岡線(もおかせん、かつては「もうかせん」)は、茨城県筑西市の下館駅から栃木県芳賀郡茂木町の茂木駅に至る真岡鐵道の鉄道路線です。
真岡鐵道はかつて日本国有鉄道(国鉄)、JR東日本が運営していました。現在は第三セクター鉄道として引き継いでいます。
【沿革】
1912年(明治45年)4月1日 真岡軽便線
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1922年(大正11年)9月2日 真岡線
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1988年 (昭和63年)4月11日 真岡鐵道
宜しかったらこのまま読み進めて下さい。
真岡鐵道真岡線 下館駅~茂木駅
下館 しもだて
接続:1912年(明治45年)4月1日
開業当初の自治体:茨城県真壁郡下館町
所在地:茨城県筑西市乙86
接続路線:JR東日本水戸線、関東鉄道常総線
駅名の由来についてはJR東日本水戸線の同駅をご参照下さい。
下館二高前 しもだてにこうまえ
開業:1988年(昭和63年)4月11日
開業当初の自治体:茨城県下館市
所在地:茨城県筑西市岡芹848-3
茨城県立下館第二高等学校のアクセス向上を目的に、1988年(昭和63年)4月11日、JR真岡線から第三セクターの「真岡鐡道」に転換された際に開業しました。
折本 おりもと
開業:1912年(明治45年)4月1日
開業当初の自治体:茨城県真壁郡中村
所在地:茨城県筑西市折本322-4
「折本(おりもと)」とは「降りた下」の意味で、傾斜地を降りたところの開けた土地にある集落に由来する地名です。
ひぐち
開業:1992年(平成4年)3月14日
開業当初の自治体:茨城県下館市
所在地:茨城県筑西市折本747-3
所在地は下館市(現・筑西市)折本ですが、近隣の地名「樋口(ひぐち)」から取られています。地域住民の生活圏として「樋口地区」に近いことが理由です。
「樋口(ひぐち)」は、東側を流れる五行川(勤行川)から水田へ水を引くための「取水口(水門)」があったことに由来します。
秩父鉄道にある「樋口駅」との混同を避けるため、あえて漢字を使わずひらがなにしています。
久下田 くげた
開業:1912年(明治45年)4月1日
開業当初の自治体:栃木県芳賀郡久下田町
「久下田」の「くげ」は、かつて白鳥(ハクチョウ)の古名であった「鵠(くぐい、くげ)」を指しています。
この地域にあった水田に、たくさんの白鳥が住み着いたことを、地域の人々が「縁起が良いこと(嘉祥、かしょう)」として喜び、そこから「白鳥(鵠)が住む田んぼ」という意味で「久下田(くげた)」と名付けられたとされています。
寺内 てらうち
開業:1912年(明治45年)4月1日
開業当初の自治体:栃木県芳賀郡中村
所在地:栃木県真岡市寺内830-4
「寺内(てらうち)」の由来は、この地にある平安時代創建の古刹(こさつ)「荘厳寺(しょうごんじ)」の境内や領地の内部(寺内)であったことに由来します。
鎌倉時代、源頼朝が奥州合戦の戦勝祈願に訪れた際、このお寺に30町(広大な土地)を寄進し、神聖な寺領としました。この「荘厳寺の特別な領地の中」という意味から、一帯が「寺内」と呼ばれるようになりました。
真岡 もおか
開業:1912年(明治45年)4月1日
開業当初の自治体:栃木県芳賀郡真岡町
所在地:栃木県真岡市台町2474-1
改称(読み変更):1988年(昭和63年)4月11日【真岡(もうか)】
真岡市のホームページなどでは、以下の説が紹介されています。
①舞丘(まいおか)説(有力説)
かつて現在の市街地中心部(台町一帯)は沼や沢に囲まれ、多くの水鳥が暮らしていました。その台地にそびえる松の木に鶴(ツル)が飛来し、舞い飛ぶ姿があまりにも美しかったことから、人々が「ツルの舞う丘=舞丘(まいおか)」と呼ぶようになり、それが「もうか」に変化して「真岡」の漢字が当てられたという説です。
②アイヌ語説
アイヌ語の「マオカ(風の強く当たる所、または風の通る道)」に由来し、言葉が変化して「モオカ」になったという説です。
③美祢説
台町一帯の「丘(岡)」が非常に整っていて美しかったため、「真の岡」から「真岡」になったという説もあります。
巨大SLの形をした駅舎で、関東の駅百選に選出されています。

北真岡 きたもおか
開業:1955年(昭和30年)4月1日
開業当初の自治体:栃木県真岡市
所在地:栃木県真岡市熊倉町908-10
改称(読み変更):1988年(昭和63年)4月11日【北真岡(きたもうか)】
駅名は、中心となる「真岡駅」の北側に位置していることに由来します。地名や駅名にある「真岡(もおか)」の由来については前駅の真岡駅をご参照下さい。
西田井 にしたい
開業:1913年(大正2年)7月11日
開業当初の自治体:栃木県芳賀郡山前村
所在地:栃木県真岡市西田井2136-6
室町時代から見られる古い地名で、元々は「田井(たい)」という1つの大きな地域でした。それが後に「東田井」と「西田井」に分かれたとされています。「田井」の地名は、「田んぼの周り」や「湿地帯の井戸(湧水)」といった、豊かな水や農業に深く関わる地形から名付けられました。
北山 きたやま
開業:1989年(平成元年)3月11日
開業当初の自治体:栃木県真岡市
駅名は、開業当時の周辺の小字(こあざ)である「北山」という地名に由来します。
駅が位置する「西田井(にしたい)」地区の北側にある山、または丘陵地(現在の根本山周辺など)のふもとに位置する集落や土地であったことから、方位を基に「北山」と名付けられました。
益子 ましこ
開業:1913年(大正2年)7月11日
開業当初の自治体:栃木県芳賀郡益子町
所在地:栃木県芳賀郡益子町益子1591-2
「益子(ましこ)」の地名の由来は、確定した単一の説はなく、主な有力説や歴史的背景がいくつか紹介されています。
①古語「サルの子」に由来する説
古語でサルを「ましら」と呼んでいたことから、「ましら(猿)の子(集まる場所、または小さな山などの地形)」が転じて「ましこ」になったという説です。
②地形や集落の形成に由来する説
「土地や家、人口が増える(益する・増す)場所」という縁起の良い意味を込めて、集落の発展とともに「増子」や「益子」の漢字が当てられたとする説です。
③平安時代末期〜鎌倉時代頃から、紀氏(きし)の末裔である益子氏がこの地(益子郷)を治め、高館城などを築きました。
益子駅も真岡駅と同様、関東の駅百選に選出されています。

七井 なない
開業:1913年(大正2年)7月11日
開業当初の自治体:栃木県芳賀郡七井村
所在地:栃木県芳賀郡市貝町益子町大沢1415-2
「七井」とは、文字通り「七つの井戸(湧水)」があったこと、あるいは「たくさんの井戸があった」という意味から名付けられました。この地域は緩やかな起伏のある地形で、段丘の崖下などに豊富な湧水地(井戸)が数多く点在していました。水資源が非常に豊富で、古くから農耕(米作りなど)に大変適した肥沃な土地であったことに由来しています。
多田羅 たたら
開業:1955年(昭和30年)4月1日
開業当初の自治体:栃木県芳賀郡市貝村
所在地:栃木県芳賀郡市貝町多田羅770-4
「多田羅」という地名は、日本で近代にかけて発達した古式製鉄法である「たたら製鉄」に由来しています。
市塙 いちはな
開業:1920年(大正9年)12月15日
開業当初の自治体:栃木県芳賀郡市羽村
所在地:栃木県芳賀郡市貝町市塙2068-2
「市塙(いちはな)」の地名の由来には、歴史的な変遷と地形に関する2つの側面があります。
①歴史的変換
伝承によると、この地は古くは「市場縄(いちばなわ)」と呼ばれていました。平安時代の承平7年(937年)、この地域を治める益子氏の一族である「市花十郎直政(いちはなじゅうろうなおまさ)」がこの地に館(市花館・市花輪館)を築いた際、自らの名にちなんで地名を「市花(いちはな)」へと改め、のちに現在の「市塙」という漢字に変化したとされています。
②地形由来
この地域にある「市塙台地」の南端、つまり台地の鼻先(突き出た先端部分)を意味する言葉が語源となっており、そこに高い土地を意味する「塙」の字が当てられたという説です。
笹原田 ささはらだ
開業:1992年(平成4年)3月14日
開業当初の自治体:栃木県芳賀郡市貝町
所在地:栃木県芳賀郡市貝町笹原田59-1
文字通り、かつて笹が一面に生い茂っていた原野(笹原)を切り拓き、新しく田(水田・畑)を作った場所であることに由来しています。
天矢場 てんやば
開業:1992年(平成4年)3月14日
開業当初の自治体:栃木県芳賀郡茂木町
所在地:栃木県芳賀郡茂木町北高岡1225-4
「天矢場(てんやば)」の地名の語源は、歴史・地形の観点から主に2つの説が存在します。
①「矢場(やば)」という地名は、江戸時代などに弓矢の射撃訓練場(武芸の練習場)があった場所に名付けられました。「天領(幕府直轄地)」に属する御用達の矢場であった、あるいは単に「高台(天に近い場所)にある矢場」という意味から「天矢場」と呼ばれるようになったと考えられています。
②「天(てん・高い場所)」+「谷の端(やつば・やば)」、あるいは山の斜面や崖を意味する古語が合わさり、のちに「天矢場」という漢字が当てられたとする説です。
茂木 もてぎ
開業:1920年(大正9年)12月15日
開業当初の自治体:栃木県芳賀郡茂木町
所在地:栃木県芳賀郡茂木町大字茂木1499-2
茂木という地名の由来にはいくつかの説があります。
①知家の子である知基(とももと)が建久年間(1190〜1199年)に今の城山へ「桔梗城(茂木城)」を築城した際、城の東南(巽の方角)に植えた槻(つき)の木が吉兆を告げるように見事に繁茂したことから、姓を「茂木」と改め、定着した説です。
②地域一帯の目印となるような「大きな大元の木」があったことから「もとき」と呼ばれ、それがのちに「もてぎ」へと音が変化し、「茂木」の漢字が当てられたという説です。
③「オモテキ」という言葉の頭文字が落ちて「モテキ(ギ)」になり、そこに「茂る」という訓読み(もち・もて)ができる「茂」の字を組み合わせたとする説です。
駅舎は瓦葺き屋根の建物で、SL及び真岡鐵道の終着駅となっています。

いかがだったでしょうか。
真岡鐵道についてはこの回で終了です。
初めて栃木県の駅名の由来を紹介しました。次回は、古河駅と栃木県の宇都宮駅間の宇都宮線(JR東日本東北本線)の駅名地名の由来を紹介する予定です。