駅名(地名)の由来について投稿します。
今回もテーマはJR東日本水郡線②です。
水郡線(すいぐんせん)は、茨城県水戸市の水戸駅から福島県郡山市の安積永盛駅(あさかながもりえき)までと、茨城県那珂市の上菅谷駅で分岐して同県常陸太田市の常陸太田駅までを結ぶJR東日本が所有する鉄道路線です。
水郡線については茨城県内にある本線と支線、福島県内にある各駅を3回に分けて紹介します。
前回:水戸駅〜下野宮駅
今回:上菅谷駅〜常陸太田駅(常陸太田支線)
後日:矢祭山駅〜安積永盛駅
宜しかったらこのまま読み進めて下さい。
JR東日本水郡線② 上菅谷駅~常陸太田駅
上菅谷 かみすがや
開業:1897年(明治30年)11月16日
開業当初の自治体:茨城県那珂郡菅谷村
所在地:茨城県那珂市菅谷4496
接続路線:JR東日本水郡線(本線)
南酒出 みなみさかいで
開業:1935年(昭和10年)9月1日
開業当初の自治体:茨城県那珂郡木崎村
所在地:茨城県那珂市南酒出字船岡久保903-1
改称:1953年(昭和28年)2月1日【常陸酒出(ひたちさかいで)】
当駅は設置場所である大字(旧村名)の「南酒出」に由来しています。開業当初の駅名は「常陸酒出(ひたちさかいで)」でした。一度営業休止を挟んだ後、1953年(昭和28年)の営業再開時に現在の駅へと改称されました。
「酒出」という言葉自体は、この地域を古くから治めていた常陸源氏・佐竹氏(さたけし)の一族に深く関係しています。鎌倉時代、佐竹氏の血を引く者がこの「酒出」の地を分け与えられ、地名にちなんで「南酒出氏(みなみさかいでし)」や「北酒出氏(きたさかいでし)」を名乗るようになりました。
額田 ぬかだ
開業:1897年(明治30年)11月16日
開業当初の自治体:茨城県那珂郡額田村
所在地:茨城県那珂市額田南郷(みなみごう)
古代氏族の「額田部」にちなむ説のほか、地形的に「ぬかるみのある場所(湿地帯)」を意味する言葉から変化したという地名由来の説があります。
河合 かわい
開業:1899年(明治32年)9月7日
開業当初の自治体:茨城県久慈郡幸久村
所在地:茨城県常陸太田市上河合町
久慈川と山田川が落ち合うところに集落が開けたことが由来となっています。
谷河原 やがわら
開業:1935年(昭和10年)9月1日
開業当初の自治体:茨城県久慈郡佐竹村
所在地:茨城県常陸太田市磯部町七反田
改称:1954年(昭和29年)10月21日【佐竹(さたけ)】
この地域を治めていた常陸源氏(ひたちげんじ)の武将・佐竹氏(さたけうじ)にちなみ、開業当初の駅名は「佐竹駅」でした。
その後、1954年(昭和29年)に現在の地名をとって谷河原駅に改称されました。
「谷河原」という地名は、谷のように入り組んだ、川沿いの低い湿地帯(または水田に適した平地)という意味から名付けました。
常陸太田 ひたちおおた
開業:1899年(明治32年)4月1日
開業当初の自治体:茨城県久慈郡太田町
所在地:茨城県常陸太田市山下町1043
改称:1927年(昭和2年)12月1日【太田(おおた)】
周辺を流れる久慈川やその支流(里川、山田川)の豊かな水源に恵まれた広大な土地であり、「大きな田(豊かな田んぼ)」という意味を込めて「太田」と名付けられたのが有力とされています。
開業当初は「太田駅」でした。1927年(昭和2年)12月1日に水戸鉄道の国有化と同時に、全国にある他の「太田」と区別するため、旧国名の「常陸(ひたち)」を冠しました。
いかがでしたか。
常陸太田市中心に駅名地名の由来を紹介しました。
私がブログで述べた由来は諸説あり正しいとは限りません。資料の一助となれば幸いです。
次回は茨城県と栃木県にある真岡鐵道の各駅の由来を紹介します。
最後まで読んで頂きありがとうございます🙇


