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鉄道駅の由来を知るblog

鉄道駅の由来に関するブログを投稿します。

駅名の由来について投稿しています。

今回もテーマは茨城県内にあるJR東日本常磐線です。

 

常磐線は、東京都荒川区の日暮里駅から千葉県北西部、茨城県、福島県の太平洋側(浜通り)を経由して宮城県岩沼市の岩沼駅までを結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)のにまたがっているため、何回かに分けて投稿します。

茨城県内にあるJR常磐線については2回に分けて投稿する予定です。

前回→取手駅〜水戸駅間

今回→水戸駅〜大津港駅間

尚、その他の都県に関しては後ほど紹介します。いつになるかは未定です。

宜しかったらこのまま読み進めて下さい。

 

JR東日本常磐線② 水戸駅~大津港駅

水戸 みと

水戸駅の由来については下記のブログをご参照ください。

勝田 かつた

開業:1909年(明治42年)12月16日
開業当初の自治体:茨城県那珂郡勝田村
所在地:茨城県ひたちなか市勝田中央1-1
接続路線:ひたちなか海浜鉄道湊線
 

開業当初に存在していた勝田村に由来しています。村名は勝倉(かつくら)村の「勝」と三反田(みたんだ)、武田(たけだ)両村の「田」を組み合わせて名付けました。

佐和 さわ

開業:1897年(明治30年)2月25日
開業当初の自治体:茨城県那珂郡佐野村
所在地:茨城県ひたちなか市高場574

古くは沢と書かれたところで、小さな沢から水をひいて水田を作り、集落が構成されたことから名付けました。また、「佐野(さの)」という名前にする案もありましたが、すでに栃木県を通る両毛線の「佐野駅」が使われていたため、「佐和」になりました。 

※2023年(令和5年)に完成した橋上駅舎は、佐和駅の由来となっているデザインとなっています。

東海 とうかい

開業:1898年(明治31年)4月1日
開業当初の自治体:茨城県那珂郡石神村
所在地:茨城県那珂郡東海村舟石川駅西1丁目1-1
改称:1957年(昭和32年)4月1日【石神(いしがみ)】

1898年(明治31年)の開業当初は、地名から「石神(いしがみ)駅」と名付けられていました。1955年(昭和30年)に石神村と村松村が合併して「東海村」が誕生したことに伴い、2年後の1957年(昭和32年)に現在の駅名に改称されました。
「東海」の地名の由来は、水戸藩の幕末の儒学者である藤田東湖(ふじたとうこ)の漢詩『正気の歌』の一節、「卓立東海浜(たくりつしてとうかいのはまに)」に由来しています。

大甕 おおみか

開業:1897年(明治30年)2月25日
開業当初の自治体:茨城県久慈郡久慈町
所在地:茨城県日立市大みか町2丁目23-10

開業当時の所在地である久慈郡久慈町の小字である「大甕」に由来し、さらにその由来は駅から西に1kmほど離れた「大甕神社」にあります。
「ミカ」とは酒を醸造する大きくて深い鉢や壺のことで、むかしこの地で、新鮮な湧水で酒を造ったことを示している地名です。 

常陸多賀 ひたちたが

開業:1897年(明治30年)2月25日
開業当初の自治体:茨城県多賀郡国分村
所在地:茨城県日立市多賀町1丁目1-1
改称:1939年(昭和14年)10月1日【下孫(しもまご)】

開業当初は常陸国多賀郡下孫村という地名から「下孫(しもまご)駅」と名付けられました。1938年(昭和13年)、周辺の河原子町、鮎川村、国分村が合併して「多賀町」が誕生しました。その翌年である1939年(昭和14年)10月1日、多賀町の中心駅となることから、茨城県の旧国名である「常陸」と町名の「多賀」を合体させて「常陸多賀駅」に改称されました。
常陸は「直通(ひたみち)」ですなわち陸路だけで往来できるということを意味し、 多賀はもともと「高木」に由来しており、高原などの「高いところ」を意味しています。

日立 ひたち

開業:1897年(明治30年)2月25日
開業当初の自治体:茨城県多賀郡高鈴村
所在地:茨城県日立市幸町1丁目1-1
改称:1939年(昭和14年)10月20日

日立の地名の由来は、1923年(大正12年)に出された『常陸多賀郡史』によると、徳川光圀公(とくがわみつくにこう)が1695年(元禄(げんろく)8年)9月、神峰山奥殿(かみねやまおくでん)に登拝した時、「旭日の立ち昇る光景の偉大なるは、領内無二と仰せられたり」と書かれ、そこから「日立」の村名が生まれました。
1939年(昭和14年)に日立町と助川町が合併して日立市となった同年に、助川駅から現駅名に改称されました。
助川の「スケ」は、当時の地元の言葉で、大きな鮭や、鮭の親のことを「すけ(須介)」と呼んでいました。つまり「助川」とは「サケが獲れる川」という意味です。

※地元出身の建築家、妹島和世(せじまかずよ)氏がデザイン監修を手掛けたガラス張りの駅舎で、駅から太平洋を見渡せます。

小木津 おぎつ

開業:1910年(明治43年)3月18日
開業当初の自治体:茨城県多賀郡日高村
所在地:茨城県日立市日高町1-2

小木津という地名は以下の2つの説があります。 
①小木は荻(おぎ)が転じたもので、荻が自生していた湿地帯で、農耕に適した水の豊かな土地を開拓したことを示す集落名です。津は早くから船着場(港)として開けたことを示し、「荻津」が「小木津」になったという説。
②歴史地理学の古典『大日本地名辞書』によると、この地は古代に陸奥国との境界近くに設けられた関所(関塞)の「城処(きど・木戸)」があった場所とされています。「木戸(きど)のある港(つ)」という意味から「オキツ」という名が生まれたという説。 

十王 じゅうおう

開業:1897年(明治30年)2月25日
開業当初の自治体:茨城県多賀郡櫛形村
所在地:茨城県十王町友部177
改称:2004年(平成16年)3月13日【川尻(かわじり)】

1897年(明治30年)の開業時から長年、駅の南東側に広がる地名から「川尻駅」と呼ばれていました。その後、2004年(平成16年)11月、駅が所在していた多賀郡「十王町」が日立市へ編入合併されました。
歴史ある「十王」の地名を広く後世に残したいという住民の願いやアンケートをもとにJRへ要請が行われ、現在の駅名に改称されました。
「十王」という地名はかつて十王町内にある「十王堂」に由来しています。死者の罪を裁くという閻魔(えんま)王ら10人の王を祭った、十王信仰の仏堂があったことを示します。
旧駅名の川尻は隣の日立市内の字名で、十王川が海に出るところ(川の尻)に開けたことを示す地名です。 

高萩 たかはぎ

開業:1897年(明治30年)2月25日
開業当初の自治体:茨城県多賀郡松原町
所在地:茨城県高萩市大字高萩1928

高萩の地名の由来は、竪破(たつわれ)山、土岳など600メートルを越す高台地をもち、萩が群生していた土地を開拓したときにつけられたときに名付けられた自然地名です。

南中郷 みなみなかごう

開業:1910年(明治43年)2月1日
開業当初の自治体:茨城県多賀郡南中郷村
所在地:茨城県北茨城市中郷町小野矢指( やさし)238

駅開業当時の地名である多賀郡南中郷村より命名されました。中郷は本郷と同じで、付近の集落に発展においてその中心の集落であったことを示す地名です。

磯原 いそはら

開業:1897年(明治30年)2月25日
開業当初の自治体:茨城県多賀郡北中郷村
所在地:茨城県北茨城市磯原町磯原759

この地域は、太平洋に面した「岩磯(いそ)」の海岸線と、そのすぐ内側に広がる「平原(はら)」が特徴的な地形でした。この「磯」と「原」が合わさって「磯原」と呼ばれるようになったとされています。

大津港 おおつこう

開業:1897年(明治30年)2月25日
開業当初の自治体:茨城県多賀郡関本村
所在地:茨城県北茨城市大津町北町(きたちょう)250
改称:1950年(昭和25年)5月10日【関本(せきもと)】

1897年(明治30年)の開業当初は、「関本駅」という名前でした。当時の多賀郡関本村と大津町のちょうど境界付近に設置されたため、村の名前が採用されました。その後、駅の南東側に広がる「大津町」の市街地や港が発展し、地域の中心として知名度が高かったことから、1950年(昭和25年)5月10日に現在の駅名に改称されました。

※当駅の駅舎の出入り口は五浦海岸のシンボルである「六角堂」をモチーフにデザインされています。

いかがでしたか?
内容とタイトルを少し変えました。
好評でしたら以前投稿したブログ を変えるつもりでいます。
最後まで読んで頂きありがとうございます🙇