終戦記念日 2020 / 広島平和宣言2020とラマ法王メッセージ | 安芸もみじ / Photos, Historys, Trains - Hiroshima JAPAN

終戦記念日 2020 / 広島平和宣言2020とラマ法王メッセージ



今日は戦後75周年となる終戦記念日です。


1937(昭和12)年7月7日の支那事変から始まった日本の第二次世界大戦は、1945(昭和20年)8月14日に降伏する閣議決定が行われて、即日、連合国側へ伝えられました。

翌15日の昭和天皇による詔りによって、国民にも伝えられました。

降伏することを連合国へ伝えるも、指令や命令の中止は基地には届かず、岩国市の絨毯爆撃や愛知県への模擬原爆などの攻撃は続けられ、多くの一般国民が犠牲となり。




前線においては8月15日以降も、日本と連合国との戦闘は行われており、全ての戦闘行為が終了したのは8月末期でした。

14日の24時をもって日本本土への爆撃は中止されたため、15日はあくまで終戦記念日として制定された日であり、終戦の日とは異なります。

実際の終戦の日は、降伏文書に調印した日付けで、9月2日となります。

この後、数年間は連合軍の占領を受け、国家の主権を剥奪されます。


終戦記念日
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日本人が日本人としてのアイデンティティーを失った日でもあります。

戦後復興の中、学校では30年以上に渡り自分達、日本人と日本国を否定する教育が行われました。

21世紀の現代"愛国心"と言うことばに、必用以上にそして過激に反応する人たちは、この誤った教育時代に、学校の成績が良かった人たちで、いまなお世代が移っても抵抗感を持つ人々が多いのは、昭和50年代まで続いた自虐授業による罪だと言わざるを得ません。

ドイツ・イタリアと同盟結んでいたとは言え、連合軍と違って日本は単独戦だった訳で。




日本1国で、アメリカやイギリスを初めとした5ヶ国と戦争してたのですから、多勢に無勢で本当に無謀な戦争だったと思います。

ただ、戦争と言う行為は未来において否定され続けなければなりませんが、当時の国際情勢と価値観の中で、日本を豊かにし先進国の一角を担える国にしたいという、その姿勢は見習うべきだなと思います。

日本はなぜ戦争をしなければならなかったのか、軍部はなぜ暴走しなければならなかったのか、通説だけではなく消された事実についてちょっと思いを巡らせてみる・・・・今日はそんな日にしてみても良いのではないでしょうか。

ては、昨年に続き今年も終戦記念日に広島の平和宣言の全文を載せてみます。




広島平和宣言 2020

1945年8月6日、広島は一発の原子爆弾により破壊し尽くされ、「75年間は草木も生えぬ」と言われました。

しかし広島は今、復興を遂げて、世界中から多くの人々が訪れる"平和を象徴する都市"になっています。

今、私たちは、新型コロナウイルスという人類に対する新たな驚異に立ち向かい、もがいていますが、この驚異は、悲惨な過去の経験を反面教師にすることで乗り越えられるのではないでしょうか。




およそ100年前に流行したスペイン風邪は、第一次世界大戦中で敵対する国家間での"連帯"が叶わなかったため、数千万人の犠牲を出し、世界中を恐怖に陥れました。

その後、国家主義の台頭もあって、第二次世界大戦へと突入し、原爆投下へと繋がりました。

こうした過去の苦い経験を、決して繰り返してはなりません。

そのために、私たち市民社会は、自国第一主義に拠ることなく、"連帯"して驚異に立ち向かわなくてはなりません。




原爆投下の翌日、「橋の上にはズラリと負傷した人や息の絶えている多くの被災者が横たわっていた。大半がヤケドで皮膚が垂れ下がっていた。

水をくれ、水をくれ、と多くの人が水を求めていた」という惨状を体験し、「自分のこと、あるいは自国のことばかり考えるから、争いになるのです」という、当時13歳であった男性の訴え。

昨年11月、被爆地を訪れ、「思い出し、ともに歩み、守る。この三つは倫理的命令です」と発信されたローマ教皇の力強いメッセージ。

そして、国連難民高等弁務官として、難民対策に情熱を注がれた緒方貞子(おがたさだこ)氏の「大切なのは苦しむ人々の命を救うこと。自分の国だけの平和はありえない。世界はつながっているのだから」という、実体験からのことば。




これらのことばは、人類の驚異に対しては、悲惨な過去を繰り返さないように、"連帯"して立ち向かうべきであることを示唆しています。

今の広島があるのは、私たちの先人が互いを思いやり、"連帯"して苦難に立ち向かった成果です。

実際、平和記念資料館を訪れた海外の方々から「自分たちのこととして悲劇を学んだ」「人類の未来のための教訓だ」という声も寄せられる中、これからの広島は、世界中の人々が核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて"連帯"することを市民社会の総意にしていく責務があると考えます。

ところで国連に目を向けてみますと、50年前に制定されたNTP(核兵器不拡散条約)と、3年前に成立した核兵器禁止条約は、ともに核兵器廃絶に不可欠な条約であり、次世代に確実に"継続"すべき枠組みであるにもかかわらず、その動向が不透明となっています。




世界の指導者は、今こそ、この枠組みを有効に機能させるための決意を固めるべきではないでしょうか。

そのために広島を訪れ、被爆の実相を深く理解されることを、強く求めます。

その上で、NTP再検討会議において、NTPで定められた核軍縮を誠実に交渉する義務を踏まえつつ、建設的対話を"継続"し、核兵器に頼らない安全保証体制の構築に向け、全力を尽くして頂きたい。

日本政府には、核保有国と非核保有国の橋渡し役を、しっかりと果たすためにも"核兵器禁止条約"への署名・批准を求める、被爆者の思いを誠実に受け止めて同条約の締約国となり、唯一の戦争被爆国として、世界中の人々が被爆地ヒロシマの心に共感し"連帯"するよう訴えて頂きたい。



また、平均年齢が83歳を越えた被爆者を始め、心身に悪影響を及ぼす放射線による生活面で様々な苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策を充実するとともに、"黒い雨降雨地域"の拡大に向けた政治判断を、改めて強く求めます。

本日、被爆75周年の平和記念式典にあたり、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、核兵器廃絶とその先にある世界恒久平和の実現に向け、被爆地ナガサキそして思いを同じくする世界の人々とともに、力を尽くすことを誓います。

令和2(2020)年8月6日
広島市長・松井一実



75回目の原爆の日に寄せた、ダライ・ラマ法王のメッセージを併載しました。


チベット法王のメッセージ


広島と長崎に原爆が投下されてから75年の節目にあたり、私はこの場を借りて、政府、組織、個人の皆様に対し、私たちの人生における最も重要な目的である平和を実現するために、さらなる尽力を強くお願いしたいと思います。 


多くの偉大な発展もあったとはいえ、20世紀は暴力の世紀となってしまいました。


恐ろしい核兵器をはじめとする軍事兵器の使用によって、およそ2億人が命を奪われたのです。



こんにち、私たちは相互依存の関係がより高められた社会に生きています。


つまり私たちは、21世紀をより平和な世紀とする機会を手にしているのです。


争いが生じたときには、武力行使ではなく、対話によって解決すべきです。


私たちは、非武装社会を究極の目標として、核兵器の脅威を取り除いていく必要があります。



戦争とは、殺し合いを意味します。


暴力は、暴力による報復を招きます。


私たちは、戦闘および武器の製造に終止符を打ち、より平和な社会を築いていく必要があるのです。


こんにちの世界において、多くの問題を作り出してきたのは私たち人間です。



私たちの心に悪しき感情が強く存在するかぎり、同じ人間でありながら「私たち」「彼ら」という分け隔てをするかぎり、敵を打ち砕こうとする傾向はなくならないでしょう。


私たちは、人類がひとつの人間家族であるということを認識し、祈りだけでは平和を実現できないことを理解しなければなりません。


必要なのは、実際に行動を起こすことなのです。


2020(令和2)年8月6日 祈りを込めて

チベット法王 ダライ ラマ14世



-留意点-

8月15日は天皇陛下が詔を発した日として、引揚者給付金の起点日に終戦日と定義されていることから、戦争放棄をした日本国憲法に基づいて「終戦記念日」と呼ばれます。


正式名称は「戦没者を追悼し平和を祈願する日」と言います。


停戦命令者は8月15日に出されていますが、実際に連合軍との戦闘が終了したのは8月下旬となっており、法律上の「終戦の日」は降伏文書調印が行われた9月2日です。