あのね。
先週の金曜日、何か調子がおかしいと、ブログも更新できず、皆様の所へお伺いもできずにいて。
翌日には39度5分の熱が出て、特に日曜日から月曜日にかけてが最悪でしたが。
そこから一気に熱は下がったものの、微熱が現在まで続いてます。
仕事は休めないので、結構頑張ってるんですけど、それが治り切らない原因のようです。
とにかく、心ゆくまで眠り続けたいです。
で、更新が再び止まってしまったんですが、一応・・・・訴えたいことがあるので、文章にしてみました。
私は30代の頃、憲法集会広島のメンバーでした。
憲法集会を主催する弁護士事務所を出入りして、協賛する他の弁護士事務所の先生方との交流は、その後の私の人生における価値観の礎となりました。
その当時の弁護士さんで、後に試験を受けて裁判官になられた方もおられて、すごいなぁと尊敬したものです。
裁判官や検察官が弁護士になる方は多いのですが、弁護士から裁判官になるのは、非常に希なケースです。
そういった方々との影響で、神道的・仏教的な価値観に、司法という価値観が加わって、一種独特な考え方をしてしまうので、時には他人から"変人"に扱われることもあるんですけど(笑)
ってことからの今日の本題に入るのですが。
日本の実際の警察は、アニメやドラマのような"正義の味方"という訳では、決してありません。
それでも日本の治安の見張り役であることは変わり無く、その責任は果して欲しいといつも思います。
日本は諸外国に比べて治安が良いという評価が高いですが、それは犯罪を犯したいと思う側の理性に頼る処が大きい。
だから衝動的な行為より、計算済みの行為が増えれば、犯罪数は増えるとともに軽率で悪質化する傾向にあります。
が、日本は被害者の人権より加害者の人権の方が重要視される傾向にあるよう感じます。
被害者は弱者であるため守られなければならないのにもかかわらず、加害者という強者が大きな力を持っている。
不思議だけど、警察の対応や裁判の結果を第三者の目から見て、そう感じることが多いのが現実です。
中国の警察と司法は、私たちの感覚からすればデタラメだけど、テレビで時折小気味良く見えるのは、そういった不満が心のどこかでくすぶっているからだと思います。
加害者の人権に神経質になるのは、警察権力の暴走を抑制したり、司法による冤罪を発生させないために、非常に重要なものだからです。
あなたがもし、遠く離れた県の聞いたこともない町で起きた事件の犯人として、身に覚えが無いのに突然逮捕されたとしても、その後の検察や裁判所で犯罪者ではないと判定されるのは、加害者の人権が守られているからで、それゆえに警察は真犯人を捜し出し、裁判所はその罪を裁くのです。
まぁ、この例え話しだと、新たな被害者が生まれてしまいますが、ここで主張しなかったのは被害者の人権よりも、加害者の人権の方がウエイトが大きいと言うこと。
それによって社会秩序秩序や治安が守られているのですが、だからと言って、被害者の人権が蔑ろにされるいわれはありません。
捜査の過程や裁判の過程で、被害者の心情は配慮されますが、その結果が被害者のことを本当に思っているのか?と、疑いたくなるケースもままあります。
堺市で昨年7月、あおり運転で車をバイクに追突させ、男子大学生を死亡させたとして殺人罪に問われた警備員の中村精寛(なかむらあきひろ)被告(40歳・堺市南区・現在無職)の裁判員裁判の初公判が15日、大阪地裁堺支部でありました。
ニュースやワイドショー、新聞などで大々的に報道されているアレです。
起訴状によれば、中村被告は昨年7月2日夜、堺市南区の大阪府道で乗用車を運転中、堺市西区の大学4年高田拓海さん(当時22歳)運転のバイクに追い抜かれたことに腹を立て車で後方から接近し、高田さんが死ぬかもしれないと認識しながらも時速96~97キロで追突し転倒させ、殺害した罪に問われています。
中村被告は罪状認否で『被害者を死亡させたのは事実だが、腹を立てて追いかけ回したことはなく、故意に追突させたこともない』と述べて殺意を否認しています。
冒頭陳述で、検察側は『被告が自車の前を走る高田さんのバイクに対し、前照灯をハイビームにしてクラクションを鳴らし、時速約70キロで走行した。バイクが別車線に移ると被告も車線変更し、時速約100キロで一気に距離を詰めた後、緩く1、2秒ブレーキをかけたが追突した』と強調しました。
一方、弁護側は『被告は自車が車線を変えると、前にいたバイクも車線変更したため、危険を感じてクラクションを鳴らしたと反論。その後、ブレーキを踏んだが間に合わず衝突した』として、自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致死)にはあたるが、殺人罪は成立しないと訴えました。
この後、検察側は法廷で中村被告の車のドライブレコーダーを再生し、クラクションを約10回鳴らしてスピードを上げ、高田さんのバイクに追突した約15秒後、被告が『はい、終わり』とつぶやく様子が流れました。
あおり運転では通常"過失運転致死"が問われるのですが、追突すれば被害者が死傷する危険性があることがわかりながらあえて追突したことから、殺人罪を問う異例の裁判となっています。
争点は殺意があったのか無かったのかなんですが、明確な殺意が無かったにしろ、未必の故意はあるように思えます。
ムカついたから、罰を与えよう・・・・で、死んでしまったのは結果論。
なら、これは殺人罪ですよ。
追突する直前に一旦ブレーキを踏んだのは、その直後の加速から鑑みて、狙いを定めた以外の何物でもないと感じます。
これが殺人罪にならないのなら、偶然を装って人を殺したい放題ですね。
償う罪の重さが違いますから。
審理は本日17日に結審し、判決は25日に言い渡されます。
で、もう1つはNGT48メンバーの山口真帆さん暴行事件なんですけど。
関与を疑う声が上がっていたメンバーは事件とは無関係だったとか、あるメンバーと犯行グルーブは面識があったとか、いろいろ報道されていますけど。
許せないのは、運営会社の対応と新潟県警・新潟地検の対応です。
山口さんへの暴行容疑で逮捕されたものの、不起訴となった実行犯2名。
この他に20代前半のC氏も事情聴取を受けたようですが、加害者グループは昨年の6月に報じられた、NGT48メンバー・中井りかと交際していた男性が率いる“アイドルハンター軍団”のメンバーだと言われています。
このグループは、1年以上前から、事件現場となったマンション内に部屋を借りており、その目的はNGT48メンバーとの「接触活動」だという。
あのさ。
こう書かれると、ファンとアイドルとのトラブルのように錯覚するけど、1人の女性が見知らぬ男性から襲われたのよ?
声をかけたとかのレベルじゃなくて、逃げられないように2人がかりで押さえつけた訳じゃないですか。
これはれっきとした暴行ですよね。
夜に、男一人で歩いていても、怖いと感じることがある今の時代に、自宅の前でいきなり女性が押さえつけられたのよ。
なぜ不起訴で釈放なのか、理解できません。
タレントは確かに商品かもしれませんが、一人一人が個別の人格を持った人間です。
こんなね、"女性は襲った者勝ち"みたいな警察と検察の対応は、絶対に許すことはできません。
今回の新潟地検の判断は、起訴猶予と思われます。
裁判で有罪の判決を得ることが可能な場合でも、被疑者(罪を犯した人)の境遇や犯罪の軽重、犯罪後の状況(示談など)を鑑みて、検察官の裁量によって裁判を行わないとするのが、起訴猶予と言います。
今回の加害者が不起訴処分を得るために、新潟県警が保有している証拠の精査や、加害者に有利な証拠の収集の他、被害者との示談などを行ったはずです。
運営の対応や本人の訴えを視聴する限り、示談は行われていないと思われます。
するとキーポイントとなるのは、県警からの調書で、それがどのように書かれていたのかが気になります。
裁判にするか不起訴とするかは、冤罪を防ぐためとは言え、先述の通り被害者は一切関係ありません。
不起訴処分となると被疑者(罪を犯した人・加害者)には前科が付きません。
当然ですが、前科調書への記録や前科が付くことに起因する"特定の資格や職業への制約"などの不利益が無くなり、事実上の無罪放免です。
被疑者にとってのみメリットは非常に大きく、身体拘束からも解放されるので、これまで通りの日常生活に復帰でき、みつからなければまた、彼女の回りを徘徊したり、他の女性をターゲットにすることができます。
ただ、1度猶予を与えられているので、次に訴えられると、大変なことにはなりますけど。
ただ、これって被害者はそれまで通りの日常生活には、戻れませんよね。
本来は彼女の精神面などをフォローするべき立場の運営が、被害者である本人にステージで謝らせるとは何事でしょう。
胸が締め付けられらほど、腹立たしいことこの上ありません。
私は別に山口真帆さんのファンではありませんが、もし自分の大切な人が襲われたらと考えると、今回の事件の結末は受け入れられることはできません。
とにかく、許せない!と怒りが湧いたので、長い文章となりましたが、この2つの事件を記事にしました。
2019年となって初めての、厳島神社では月次祭です。
厳島神社の主祭神"市杵嶋姫(いちきしまひめ)命"は、弁財天と同一神とされているので、毎月17日が月次祭となっています。
17日は弁天さまの縁日なので、厳島弁財天こと大願寺も、厳島神社別当寺だった大聖院も、今日は月次祭です。
平安時代から続く伝統です。
さて、他にも今日は重要な慰霊の日でもあります。
あれから24年。
阪神淡路大震災の日。
平成は災害が本当に多かった時代でした。
昭和は戦争の時代と言われます。
そして今朝の9時20分頃、口永良部島で火砕流を伴った噴火が確認され、今もまだ噴いているそうです。
次の時代には、安心して暮らせる時代になりますよう、心から祈るばかりです。
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