特急あじあ | 安芸もみじ / Photos, Historys, Trains - Hiroshima JAPAN

特急あじあ

SL751 パシナ

パシナです。

もう10年ほど前ですが、この機関車を見たくて、中国まで行きました。

尚この写真は、半切に引き伸ばして保存してた写真を、写メで撮ったものです。

だからちょっと画質や発色が悪いのですけど。

なぜそうしたのか?は、簡単な理由だったりします。

①フィルムが行方不明 ②スキャナーがない・・・です。

さてこのSL、満洲国があった頃、南満洲鉄道が所有していた機関車です。

日本製ですが、ゲージが新幹線と一緒なので、国内の大型機関車(C62やD51など)と較べると、一回りから二回りぐらい大きいです。

満鉄時代には、特急あじあや特急はとを牽引していました。

はとは合間運用による担当でしたが、あじあはこの列車のために設計された機関車で、当時仮想敵国だったアメリカも、大絶賛していました。

デビューは1934(昭和9)年で、大連~哈爾濱の約950kmを、連京線・京浜線経由で運行していました。

超特急あじあ,パシナ,Super_Express_Asia

最高速度は130km/hで、電車網の張り巡らされた現在の日本国内と比較しても、遜色のない駿足でした。

が、区間によっては砂漠地帯や急勾配などを走るため、全区間の平均速度にすると実際には80km/h程度だったようです。

終戦後は中国鉄道局によって使用されていましたが、やがて消息不明になり。

日中国交が再開された折、日本の関係者の要請によって問い合わせされた時には、12輛総てが廃車されていました。

中国鉄道局が廃車体を捜索した結果、2輛のパシナ(751と753)が現存しているコトが判明しましたが、753はスクラップ同然の姿だったらしいです。

751は中朝国境近くの丹東でボイラーとしてリサイクルされていましたが、外観はほとんど損傷なく、ほぼ原型を留めていました。

そして瀋陽の蘇家屯に回送され、このように一般公開されていました。

一旦は中国と日本の鉄道関係者によってピカピカに整備され、復活運転もされたパシナですが…。

その後は放置され、ご覧の姿になっていました。

現在は瀋陽市内に近代的な博物館が建設され、再びピカピカにされてそこに静態保存されています。

今度はピカピカなパシナを見に行きたいな☆

□□□□□□□□□□蒸気機関車Subd

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