広島原爆記念日 2007 | 安芸もみじ / Photos, Historys, Trains - Hiroshima JAPAN

広島原爆記念日 2007


8月6日…広島原爆記念日です。

毎年のように、今朝の式典でも秋葉広島市長が平和宣言をされていました。

しかし、子供の頃から、この平和記念式典に疑問を私メは持っています。

そして国際平和都市広島と謳っている広島市にも、疑問を持っています。

いったい何が、国際平和都市で、何が平和記念式典なのでしょう。

冷静に考えると意味が解らなくなります。



私の父は被爆者です。

祖母も母も被爆者です。

叔母(父の妹)は、被爆死したのだそうです。

核兵器廃絶は、広島市民として悲願です。

私メも、それは同じです。


私メが疑問に思っているのは、国際"平和"都市ということばと、"平和"記念式典ということばです。

世界ではまだ紛争や戦争が行われているとか、日本が軍事力増強をしているとか、そんな話をしているのではありません。

平和記念資料館へ入ると解るのですが、核兵器被害の実態を示す資料しか並んでいません。

それはそうです。

人類史上、初めて核兵器で攻撃された都市ですし、核兵器の廃絶において世界をリードして行く責務が広島にはあるからです。


しかし、核兵器廃絶が世界平和なのか?という疑問が、どうしてもぬぐえません。

海軍の街・呉市に大和ミュージアムが開館したのは、そうしたバランスを保つために、とても有意義なコトに感じました。

どんなに優れた科学技術も、どんなにすばらしい重工業製品も、使い方1つで国民を…否、人類を幸福にも破滅にも導いてしまいます。

戦艦大和とは、そういう戒めの存在です。

原爆ドームと戦艦大和は、世界平和の聖地として広島の重要なシンボルです。

しかし、それだけでは未だ、足りないと考えています。

国際平和都市だと名乗るのなら、被害者としてだけの訴えでは、全く道理にあっていません。


広島に来れば、明治維新から無条件降伏まで、その繁栄と衰退の全てが学べる。

広島に来れば、日本はなぜ戦争しなければならなかったのか、連合国はアジア各国にどんな卑劣なコトをしていたのかが学べる。

広島に来れば、日本がアジア各国に何をしたのか、日本は世界から欧米露列強から何をされたのかが学べる。

広島に来れば、戦後の日本はどうやって国際社会復帰を果たしたのかが学べる。

広島に来れば、現在、世界でどういった紛争や戦争が、どんな理由で行われているのかが学べる。

私メは広島人として″国際平和都市″を冠させるなら、最低でもこれらは満たしていなければ、その肩書きは名乗るべきではないと感じます。



こうした過去から未来へ向けての施設が整って、本来は初めて平和宣言が世界へ向けて、発信できる資格が持てるのではないでしょうか。

よく、県外の方で「広島は平和の押し売りをしてるよね」と言われます。

外国では広島の平和宣言を「敗戦国の遠吠えだ」と認識している国もあります。

それは名前だけで、中身が伴っていない"国際平和都市"だからであり"平和記念式典"であるからかも知れません。

被爆者そして戦没者の慰霊は大切な儀式です。が、しかし加害者であるアメリカは別にしても、欧米やロシア・中国などの大国は、どんなに呼びかけても平和記念式典への参加は見送られてしまうのは何故でしょう。


また、参列された国もありますが、あくまでも国際社会における外交の貸し借りや政治的駆け引きでの参列になってしまっています。

私メは、いつの日か、この平和記念式典が、真の世界平和の祭典になるコトを願ってやみませんし、本当の意味での国際平和都市になれるよう祈りたいのです。

そして、平和記念公園と大和ミュージアムに続く、3つ目の平和学習の施設…悪い意見では無いと思うのですけどね。


それと追記なんですが、広島に″平和の〇〇″と言う施設が多いのは、占領下における言論統制の名残です。


今年の平和記念日の記事は、未来を見据えてちょっと苦言を記してみました。



May the world be filled with peace and happiness.
(世界が平和と幸福で満たされますように)


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