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旅行記シリーズをご覧頂いて有難うございます。
3日目のイタリアツアーは、終日フリータイム。
幾つかあるオプショナルツアーから『一般非公開のメディチ家別荘 クイエテ荘特別貸切り見学』を選びました。
こちらはお昼までの約3時間でランチは付いていないのですが、他のオプションツアーより割高でした。
でも最終的に選んだ理由は、一般非公開とボッティチェッリの絵です。
この日は朝から小雨交じりで寒かった。
メディチ家の紋章。
一般非公開なのですが写真はOKでした。
イタリア在住の画家、横山明子さんとクイエテ荘のガイドさん。
ここは調剤室。 棚にびっしり飾られていました。
修道女が調剤活動をしていて、SMNの修道士も教えにきていたとか。
1500年代になって、メディチ家の財産、私有物になり、避暑地としてバカンスで使用していたそうですが、メディチ家最後の宮殿になったそうです。
コジモもロレンツォもこの別荘で最期を迎えたという。
その後、モルタルヴェ女学校として貴族の淑女教育に使われていたそうです。
学校内でも調剤方法を学んでいたということです。
1階のパブリックスペースは写真の通り四方に絵が飾られ、新古典主義やシノアズリを感じる東洋趣味もありました。
2階のプライベートスペースはシンプルな作りだそうです。
メディチ家最後の女性は、アンナ・マリア・ルイ―ザ・デ・メディチ(1667~1743)
メディチ家の莫大な財産を相続しますが、彼女は実に宗高なことを遺言として残したのです。
その内容は、『メディチ家の所有する美術品、書物などのコレクションを国外に持ち出してはいけない。それらを国民、外国人もいつでも見れるような状態にしておくこと』というものです。
(ガイドさんの説明をメモったので多少文章が違うかもしれませんが大筋はこのような内容です。)
メディチ家の財産をトスカーナ大公に譲渡することで、《屋根のない美術館》といわれるフィレンツェの芸術品が守られている。
私たちが自由に観ることが出来るのは彼女のお陰なのです。
これは、イタリア人、トスカーナに住む人々にとって、もちろん私たちにとっても最大の功績といえるでしょう。
メディチ家のことは少し本で予習しましたが、なかなか実感として頭に入りませんでした。
この旅で、メディチ家という名前が出る度、興味が湧いてくるのでした。
メディチ家の歴史、人物を知るとフィレンツェの旅はもっともっと奥深いものになったことでしょう。
途中で挫折している塩野七生さんの本も読みたいと思いました。
でも私の場合、何冊本を読んでも、その場に行くというのが一番の体験と学びになると思います。
その土地を歩いて、自分の肌で感じること。
今まで無縁だった国と繋がったことで興味が湧き出る。
心の針がどう動いたか、どちらに向かったかで、次の行動が生まれます。
全ては自分の感覚に素直になることから始まる。
別荘の隣りにある建物内に、クイエテ荘に飾られていて長年行方不明になっていたボッティチェッリの『聖母載冠』が展示されています。
他にギルランダイオの絵も。
こちらは写真撮影NGなので、下の写真をご覧ください。
この絵を観た日本人は確か初めてとか・・・
やはりこのオプションを選んでよかった。
私はボッティチェッリの絵に会いに来たのでした。