【アドラー心理学】その人の在り方が最終的に反映され テクニックは効かなくなる | 心のコンシェルジュかずみんのブログ '

心のコンシェルジュかずみんのブログ '

自分自身の心との付き合い方、パートナーシップ、その他の対人関係全般をより良くする為のヒントや、楽しくなることなどをお伝えしていきます。

今年は朝起きるのが辛いくらいの

寒さが殆どなく、


反対に暑くて寝汗をかく日が多いような、、

そろそろ寝具を春用にした方がいいのか

悩ましいところ。


皆さん寝る時どのように対応して

いらっしゃるのでしょうか


さて、週末は「嫌われる勇気」共著者、

アドラー心理学研究者でもある

哲学者の岸見一郎先生の講演会でした。


今回のテーマは課題の分離について。


何度も聞いているテーマなのですが

自分が日々経験していることで

気づきもあるのでご一緒に!




岸見先生の言葉は黒太字

私は普通黒字



対人関係

→人と人が仲間としていること(Mitmenschen)


あらゆる悩みは対人関係の悩みである

     


・他の人は隙あらば自分を陥れようとしている?


又は


・他の人は何かあれば助けようとしてくれる仲間だ

→こちらが本来


戦場でMitmenschenが本来の生き方だと

気がついたアドラー


「仲間だ」と思っているだけではだめ




他者は自分を陥れようとしている

みるか、仲間だと見るか、


この二つのどちらを選ぶかで、

その人の人生は大きく変わっていく

のは分かる気がします


他者を仲間だと思えたら自分自身が

仲間との共同体の中にいて、

そこに居ていい、と思う安心感や

自分は人の役に立てると思えるし、


他者は自分を陥れようとしていると思うと

外の世界は怖いものだ。と考え

人と関わりを持たないような生き方になって

しまう。


幸せの源泉は対人関係にあると

考えたら幸せから遠のいてしまってますね。



「ついカッとしてしまう」が本来ではない。

→対等ではない


上司を褒める?(叱る?)

子どもは褒める?(叱る?)


普通は自分より下だと思っているから

褒めたり叱ったりする。

それは対等の関係ではない


関係を良くする意識的努力が必要


人と人は対等である

男女、大人と子どもも対等




仲間とは、どのような関係か。というと

対等であること。


相手を自分より下だと思うから

「偉いね」と褒めたり、叱ったりして

いることに気がつくと見方が変わってきます。


上司や先生など目上の人に

「偉いねー」と言ってるのか?


もし言わないなら子どもや、

部下、年下などに言っていいと

思っている時点で

その人を対等に見ていない



対等の手法などが、対等でなければ無法になる

→ ありがとうはテクニック。技術

 とても効果的


 「アドラーは使える」と思って使っていく人は

 対等であると分かっていないと操作になる。


 その人の在り方が最終的に反映され

 テクニックは効かなくなる



ここの部分を先生がお話になった時に

対等の手法!?テクニック?と驚いて

頭から飛んでしまい、後から質問して

確認した部分(後半)です。


先生がテクニックと仰るのが意外に

思えたのですが

「技術は技術だけれど、ただ技術と

して使っていると使えなくなる」


という意味も入っているのだと聞いて

納得しました。


「ありがとう」と言えば相手を操作できる。

と考えて使っていると、

そう長くないうちに相手に

「技術を使って操作しようとしてる下心」が

バレてしまう


心から目の前の相手を「対等」に

思った上で伝える「ありがとう」は

その人の心に届き勇気づけになる。


それがその人が変わる援助になる。

なるほどです!


いつも講演会で岸見先生が

見せてくださる姿で納得します。


次はどのような関係でいることが

対等なのか、について書いていきたいと

思います。



今日も応援しています♪