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くっくまん*カレーパン*ばいちんまん

自閉症の長男とやんちゃ坊主な次男とおもろいパパとの毎日。不思議でステキな自閉ちゃんの魅力を伝えていきたいな☆



去年奇跡的に教員採用試験に受かり、4月から正規の教諭になりました。

今でも信じられませんが…実技が試験に入るため年齢が上がるほど厳しくなるやろなぁと思ってました。
ふうたのおかげでこの歳になって
普通学校に通う発達に遅れがある子を助けたい!という夢まで持ち、とりあえずスタート地点に立てたかなと思います。



受かったのは嬉しかったけど、今の学校から変わりたくないとしばらくは泣いて通勤してました。贅沢な話やと怒られますが…

それくらい、充実した3年間を過ごさせてもらいました。
たくさんの先生に支えてもらい…中でも一緒に担任していた先生からの餞別の手紙に感動して、職場で泣いてしまいそうでした。

わたしは思いつきで行動して、継続力もなくたくさん迷惑かけたと思いますが、淡々とフォローしてくれやりたいようにさせてもらいました。その先生がいたから安心してやりたい放題できたなと思います。

その先生に「このブログ見てあなたの教育理念というか根本が分かりました。」と言われて、はじめはふうたの面白日記がいつの間にやら私のトリセツになっていたなと思った。




我が子にも思うけど、子どもってすごくよく見てるし、空気を感じてる。

だから何気ない言い回しや仕草で一瞬で本音なんてバレてるし、愛情なんて伝わるに決まってる。

だからこそ、高い道徳観が必要なんやって思う。それは親も一緒で、挨拶しなさいなんて教えなくても、親がすることは当たり前のようにできるようになる。



この仕事していて天職だと思う理由のひとつに、自分が学ぶことが意外と好きだということがあるなと思います。
研修とかも行くまでは嫌だと思ってても聴きだすと楽しくて…だから、他の先生方から教えてもらうことが純粋に楽しい。

学生の時はほんまに授業が暇で暇でしゃーなかったのが嘘みたい🤥


話は戻りますが…
特支の先生として実際やってみて考えがガラリと変わったことがあります。

元々「特支の先生は理解がないひともいる。やりたくないのにやってる。」という噂を聞いて、じゃあ自分がやろうと思って教師になろうと思ったのです。

でも、いざやっていくと先生達はすごく子どものこと考えてやっていると思います。

やっぱり中学校になると段々と社会に出ていく準備をするために、できる限りは自分でできるように。ってスタイルになる。
だから保育園〜小学校のような指導よりは厳しくされることが多くなる。

私はそれが理解できてなくて「ふうたは自分がずっと面倒みるからいいよ!」と思って投薬もしなかったし、危険予知ができるように教えることもしなかった。
危険なとこは手を離さないし、家から出さないし…とそういう考えがふうたの死に繋がったと思ってる。
誰もそんなこと言わないけど、これからも
ふうたがいなくなったのは自分のこの偏った考えのせいだと思っていくと思う。

でも、結果的にふうたを亡くしてしまって自分の一生私が面倒見るから生きる力つけなくてもいいよ。ってゆう考えが危ないって気づいたし、障がい児の親には知ってほしい。


世の中にはたくさんのマイノリティー(少数派)の人がいるけど、障がい者(発達障がい、性同一障がい、身体障がいなど)が生きやすい世界にはまだ全然なってない。健常者主体の世界。

それを嘆いて、自分たち家族だけが外に出ないようにしても限界が来る。障がいがあってもなくても自分が少しでも自立できる
ように成長していかないといけない。
それを妨げると私みたいになる。

親は我が子のプロやけど、先生も子どもの社会のプロやと思う。子どもらは自分たちで社会を作り、将来の自立に向けてコミュニケーションの練習を日々学校でしてる。

だから、その姿を見て指導する先生を信じてほしいし、我が子を信じてたくさんの社会勉強をさせてほしいと思う。

自分がこれから、出会える子ども達や親にはこういう体験をした私にしか伝えられない事も伝えていける教師になりたい。

それがふうたが生きていた証になっていくし、私の生きがいになっていくと思うな。


やっとスタートラインに立てただけです。今からが大変。
こうたや家族にはほんと迷惑かけると思うけど…ふうた亡くして3年間やってこれたのは家族や友達の支と、さっき言った仕事の生きがいがあってこそやと思います。


道は長いのでゆっくり自分らしくやっていこうと思います。

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ふうた1歳半くらい?テキトー(T-T)

この前、保体の教材のビデオを見ていて「飲酒」についての内容で分かりやすく説明してくれてるのですが…

その中に司会の人が女の子に「将来、結婚したら子供ほしいわよね?」と聞いて「まぁ、はい…」と言った女の子に「妊娠中の飲酒は生まれてくる赤ちゃんに障害が出る確率が高くなるの。」と言いました。
そしたら女の子は「赤ちゃんかわいそー!」と言いました。


見ていて

可哀想?障害が出るのは可哀想なんや?

と思いました。

ふうたが生きてる時一番言われたくない言葉は「可哀想」でした。

誰目線の言葉なんやろう?

障害がある子は健常者の子よりできない事は多いかもしれへんけど、それは勝手なこちら基準の判断で、本人はそれが普通なんやから可哀想て同情のような言葉かけてほしくなかった。


わたしらには見えない世界の見え方で楽しく生きてるんやから。



人権教育で子ども達には
「可哀想」ってゆう感想は、他人事やんな?と声かけします。

自分に置き換えられると可哀想とは言わないものです。ツライとかしんどいとかね…



そんな学習してる一方で、教材の端々に障害が出ないように…と伝える矛盾した現場


未成年の飲酒喫煙はもちろんあかんことで、そういうこともあるよって伝えなあかんけど…自分でも言っていてなんか障害がある子生まれないようにって言ってる気がしてモヤっとした。


まぁそこで障害について語るのも脱線するので、やめたけど…



難しいなぁと思った。



今年のクリスマスははじめてサンタさんに手紙を書いた、こうた。

 
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文字を読んだり書いたり、反抗したり…あっという間にふうたと同い年です。
「ふうたは友だち」と言ったり、「ふうたはこれ欲しいかな?」とちゃっかり自分が第二希望に欲しいオモチャをせがんでくるズル賢いこうたでした。


今日、三回忌でした。
二年経つのに三回忌なんやな。

四十九日とか今日とかふうたのお参りの時は風すごい。てか、台風並み台風

派手な帰省です


この一年は長かったというか、濃かった。

きっと仕事仕事で3倍くらい自分の中で忙しかったのか…
あんまり友達と遊んでなかったな。

ふうたの同級生も小学生なって、あんまり会えなくなって寂しいけど、たまに会うと懐かしくて嬉しくなる。

今年はプライベートもガンガン遊んでいこうチュー

ほんと7割を仕事が占めていて、特別支援のコト本気でずっとやっていきたいなぁと思ってきた。


たまにふうたタイプの子に会うと切なくてたまらんけど、大きくなったらこんな感じかな?と思える。


こうたも春から年中さん。
よく喋り、お調子者で(パパ似)プライドが高く、あまのじゃく(わ、わたし…)に育ち我が家の太陽です。


ふうたがいなくなった時はまだ2歳半で記憶もあんまりないと思うけど、盆や今日みたいな法事の席になると念仏中に寄ってきてわたしの顔を覗く。そして必ずキスをしてくる。


二年前、お葬式で泣くわたしと共鳴するかのように泣き叫んで「ふうたー」って初めてふうたの名前呼んだ。泣くわたしの顔見て何回も涙を拭いてくれて


目があうと安心した顔をする。


こうたがいたから、今も生きていける。


あのふうたがいたから、後ろばかり見ずに生きていけている。


納得がいかん事や腹の立つ事たくさんある。文句を言いたい、我慢しているのはわたしだけ。そう思う日があるけど、


自分は?
自分は相手に求めるだけのことをしたんかな?


この一年で、自分がしてほしいと思った事をしたら相手もしてくれるって実感して学んだ。

子は親を映す鏡

っていうけど、こうたの口癖がわたしの口癖で「こんな風に聞こえるのか」と恥ずかしくなった。

世の中には、いろんな親といろんな子がいて…こうたには生きる力のある子になってほしいと思ってるから、今更やけど自分が変わって見本になる人間になりたいな。


たまにイライラするけど。

それは物欲ではらすニヤニヤ笑⇦それが一番あかんとこ



去年は一周忌の次の日からインフルエンザになって命日は意識朦朧としてたけど、今年はインフルエンザならずにしっかり仕事しよ!

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正月に京都の蹴上行った時の写真。

やっぱり兄弟、よく似てるなぁ。


たまに垣間見えるふうたの面影がふうたからのプレゼントに感じる今日この頃