退院してから | かなり昔の小細胞がん(子宮頸がん)の話

かなり昔の小細胞がん(子宮頸がん)の話

2004年に子宮頸がん小細胞がんになりました。
かなり珍しい種類のがんなので治療方法とかを書いてます。
今更かよ~役にたたないよ~と自分でも思いますが・・・
再発しても生きてる人はたくさんいます。
自分が納得した治療ができるといいなと思います。

冬季オリンピックが終わってしまった。なんか寂しい。

つぎはパラリンピックを見ようっと。


退院した翌日が大きなイベントだった。

痛む腰をかばいながら

セイリ休暇のシミズさんの分も走り回った。

なぜか体がふわふわする。息切れもする。

あれー???


自己血を返還しても少し貧血になるそうです。

血液中の何かが足りなくなるらしい。

世の中知らない事が多いよね・・・


さて、どーにも気持ちがおさまらなかったので

長文の手紙を主治医宛に出した。

私の骨髄移植手術は大学の研修用資料として録画されていた。

「研修資料用のDVDは廃棄してください。

すみませんが、これこれこのような理由です。」


外来の診察時に病棟の師長さんが謝ってくれた。

いえいえ、あなたが悪いのではありません。

私の心が狭いだけです。



そして、その手術から

がんが急激に大きくなるという3年以内に

私はがんになった。ショックだった。


骨髄は大丈夫だったのか?

渡してはいけなかったのではないか?

なぜドナーに選ばれた時にがん検診をしなかったんだろ。

もし分身さんが違うがんになったらどうしよう・・・


いろいろな医療関係者に尋ねたけど

誰にも答えはわからない。


通っていた整体の先生が言った。

「そんな事いまさら考えてもしようがないやろ!

骨髄をあげた相手は男か?女か?

男か。

なら大丈夫や!

少なくとも子宮がんにはならへんっ」


ご、ごもっとも。




私の分身の関西の美青年さん。(いつの間にか美化してる)

あなたが居てくれて私はとっても嬉しいです。

自分と同じ「血」を持つ人が存在している。

なんか恰好いいよね。

文字通り血を分けた義兄弟でしょ。

どうか、元気でいてください。

私も元気でいるように、なんやかやと、やっていきます。