今日の京都2月27日(火) | 都のかほり日記

都のかほり日記

京都、奈良、滋賀、神戸、東京。私のテリトリーです。
そこでのさまざまな出会いを綴っています。
仏像が大好きで、美味しいもの、スィーツ、美しいものが大好き。あちこちと出没しています。

おはようございます。
早いもので、2月もあとわずかとなりました。今年は閏年なので、29日まであるので、少しお得感はありますが。

毎年この時期になると聴きたくなる曲があります。さだまさしさんの「春告鳥」です。そんな風に思うせいか、先日、ラジオを聴いていると「春告鳥」が流れてきました。この曲は1979年にリリースされたとか。今から40年前の曲です。ご存知ない方も多いかもしれませんね。

https://youtu.be/wH-DrpNFY0k

「春告鳥」

歌:さだまさし
作詞:さだまさし
作曲:さだまさし
衣笠の古寺の侘助椿の
たおやかに散りぬるも陽に映えて
そのひとの前髪僅かにかすめながら
水面へと身を投げる

鏡のまどろみのくだかれて
錦の帯の魚のふためいて
同心円に拡がる紅のまわりで
さんざめくわたしの心

春の夢 朧気に咲き
春の夢 密やかに逝く
古都の庭先野辺の送り
ふりむけばただ閑かさ

化野の古宮の嵯峨竹の
ふりしきる葉洩れ陽にきらめいて
そのひとのこぼした言葉にならない言葉が
音も無く谺する

足元に蟠る薄氷に
靄めいた白い風立ちこめて
春告鳥の問いかける別離に
たじろぐわたしの心

春の夢 朧気に咲き
春の夢 密やかに逝く
古都の庭先野辺の送り
ふりむけばただ閑かさ


春告鳥の入ったアルバム「夢供養」


歌詞出典
http://j-lyric.net/artist/a0004ab/l022017.html

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さだまさしさんの京都を舞台にした曲はいくつかあります。
「春告鳥」では、歌の出だし「衣笠の古寺」これは、京都龍安寺のことかと思っていました。「侘助椿(わびすけ)」が出てくるからでした。龍安寺には日本最古といわれる侘助椿があります。秀吉が朝鮮半島から持ち帰らせたという胡蝶侘助です。





龍安寺胡蝶侘助

でも、実は「龍安寺」ではなく、「等持院」だそうです。 「等持院」には、「有楽椿」という「侘助」があります。「胡蝶侘助」という名前が通称だそうです。植物園の「紅侘助」と書いてあったものと同じようです。この等持院の有楽椿は樹高15m、根元の幹周1m、地上85cmで三つに分かれていて、現存する有楽椿最大樹だそうです。別名を太郎冠者と呼ばれる侘助椿です。
薄紅の高貴な色で、緑の苔の上に落ちた姿が美しく風情があります。





等持院有楽椿

江戸時代から茶席で重宝されてきて、織田信長の弟で茶人の織田有楽斉が好んだ事から「有楽」椿の名で親しまれるようになったそうです。織田有楽の時代秀吉が秀頼に寺を再興させたときに庭園の修復とともに植えたものと伝えられるもので四百有余年の歴史を誇る椿とか。 

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【侘助椿とは】
ツバキ科の常緑高木。葉は普通のツバキより細く、晩秋から寒中にかけて、一重の白・赤、また赤地に白斑の小さい花をつける。茶花として愛好される。
○侘助の定義
【侘助の定義】
①「有楽椿」(太郎冠者)の子孫であること。
②「葯」という、おしべの先端の花粉を作る器官が退化して花粉を作らないこと。

○侘助の特徴
・侘助の花は、椿に比べて小さい
・一重咲きか、猪口咲きのものが多い
・椿よりも開花が早い
・椿の花は香りがないが、侘助は香りが有るものもある
・花の色がピンク系のものが多い

○侘助の名前の由来
いくつか説があります。
●「侘数奇(わびすき)」が転じたとする説
●文禄・慶長の役の際、侘助という人物が朝鮮半島から持ち帰ったからという説(『広辞苑』などはこの説を採用している)
●薄田泣菫が随筆『侘助椿』の中で以下のように書いている。
「この椿が侘助といふ名で呼ばれるやうになつたのについては、一草亭氏の言ふところが最も当を得てゐる。利休と同じ時代に泉州堺に笠原七郎兵衛、法名吸松斎宗全といふ茶人があつて、後に還俗侘助といつたが、この茶人がひどくこの花を愛玩したところから、いつとなく侘助といふ名で呼ばれるやうになつたといふのだ」
●その他、「千利休の下働きをしていた侘助という人物に由来する」などの俗説もある

花が開ききらないで咲くのが侘助と思っていましたが、それだけでは判断しづらいですね。

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有楽椿のある等持院、京福電鉄北野線の駅名にもあります。駅名に立命館大学という名前が加わり、読み仮名が26文字で日本最長の駅名となりました。今は、周りに立命館大学の建物に囲まれて、大学の中の寺院のようです。

【等持院とは】



等持院(とうじいん)は、京都府京都市北区にある臨済宗天龍寺派の寺院。山号は萬年山。
暦応四年(西暦1341年)、足利尊氏が天龍寺の夢窓国師を開山に迎えて、衣笠山の南麓に創建されたのが、この等持院です。
後に、尊氏・義詮将軍当時の幕府の地にあった等持寺もこちらに移されて、足利将軍家歴代の菩提所となりました。
応仁の乱などの戦乱や火災に見舞われましたが、豊臣秀吉も秀頼に建て直させたほど、この寺を重んじられていました。

等持院は足利氏の菩提寺で、足利尊氏の墓所としても知られています。
霊光殿には足利歴代の将軍像(5代義量と14代義栄の像を除く)が、徳川家康の像と共に両側に安置されています。

庭園は本来は衣笠山を借景としていましたが、立命館大学衣笠キャンパスの拡充により、校舎に眺めを遮られたため、現在では樹木を高く伸ばして校舎を隠しています。
村田珠光や相阿弥らと茶道を興じた義政の好みと伝える茶室清漣亭は、上段一畳を貴人床とする二畳台目の席で、この上段一畳に坐して望む芙蓉池苑は格別です。



茶室清漣亭

アクセス
京都市バス10,26系統「等持院南町」下車、徒歩約8分
京都市バス12,15,50,51,55,59系統,JRバス「立命館大学前」下車、徒歩約10分
京福電鉄北野線「等持院・立命館大学衣笠キャンパス前駅」下車、徒歩約10分

ホームページ
https://toujiin.jp/

等持院有楽椿の開花状況

2月23日現在
京都市観光協会調べ
まだ

https://toujiin.jp/blooming.html

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どうぞ、今日もお元気で笑顔の1日でありますように!
行ってらっしゃい!

【今日の京都令和6年2月27日(火)】(No.3389)

※掲載の情報等が変更になる場合があります。お出かけ前にご確認ください。

中止になっている行事もあります。
お出かけの際にはご確認の上、お出かけください。

https://ja.kyoto.travel/news/format.php?id=143

○ 北野天満宮 梅苑公開(〜3月下旬)

○ 梅苑ライトアップ(~3/19毎週末(金・土・日))

○ 第58回 京の冬の旅 非公開文化財特別公開(〜3/19)

○ しだれ梅と椿まつり(〜3/22)/城南宮

○ 令和6年春の特別公開(〜3/24)「永々棟のひなまつり」

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