スポーツにおける体罰について、メンタルの側面から、ということで、過去のブログでコメントをしていますが。
(過去のブログでは、「選手をたたいても蹴っても、選手は本番で実力は発揮しない」ということを根底に、心理的側面を書きました)
今日は、違う側面から。
現在、メンタルトレーニングのコンサルティングを、ある競技の日本代表コーチにやっています。
その競技では、今、代表コーチになりたいという人間が一人もいないとのこと。
連盟側が必死に「いろいろな人に声をかけるが」、誰もやりたがらない、ということ。
なぜか。
責任の重さ、時間的拘束の多さ、社会的立場の重さがあるだけで、コーチにとっては、何も、外発的報酬としてはないに等しいから。
ある競技では、代表コーチになると、「1日2000円の報酬」が「いただける」。
誤字ではありません。1日です。1時間ではないです。
でもそんな時、コーチは、思うわけです。
「ああ、いやいや、自分がこの競技に携わっているのは、好きだからだ。金のためではない。内発的モチベーションとしての、教える醍醐味、教え子が成功する達成感、ただそれだけのためで十分ではないか」
と必死に、思うわけです。
もちろん、この内発的モチベーションをしっかり持ち続け、素晴らしい指導を続ける方もおられます。実際、本当にいます。
しかし、同時に、こんな言葉を言うコーチがいるのも事実です。
「お金もらってないんだし、いつでもやめたいが、自分のあとがいないから、しょうがないので続ける。でも、そもそも、お金もらってないので、責任もとれない」
実際、こういった気持ちで、悩んでいるコーチの話は、本当につらいものがあります。
代表コーチというポジションは、ただただ選手のために時間を使う仕事です。
代表コーチの時間的拘束は、通常の仕事とは、くらべものにならないです。
自分は経営者ですから、24時間働いている感覚ですが、それでも、代表コーチの実際の時間的拘束は、くらべものになりません。
精神的にも自由ではありません。
選手は、そりゃーいいです。
しょせん、選手の「競技に費やしている時間」は「自分のため」です。
なぜこれを今日書くのか。
そもそも、体罰とか暴力が、いいか悪いか、なんて薄い話をするつもりはありません。(良いわけがないのですから)
10年間、日本、アメリカ、フランスの代表コーチをしていて、つくづく20代のときに思ったことは、日本のコーチに対してのシステムの問題です。
たとえば、金銭的な「外発的報酬」だけで説明してみます。
アメリカでもフランスでも、「たかがシンクロなんていう、超マイナーなスポーツ」の指導者にさえ、しっかりとした月給がありました。
なぜ給料が必要なのか。
当たり前のことですが、責任ある仕事だからです。フルタイムジョブなわけで、ほかに仕事が持てないのだから、生活のためにも、お金をもらえなければ、無理でしょう。
そのお金をいただいているからには、責任もって、職として「仕事をする」ということです。
また、そのお金で、「指導者として必要なことを学ぶため」でもあります。
自分がアメリカでトップ選手をコーチしていた時は、怒鳴ったり、威圧的な表現をしたり、感情的に叫んだりするような「感情指導」をするだけで、選手は、「このコーチ、アホか?」という表情をしました。
だから、「日本のときのように、怒鳴っても、叫んでも、選手には何も反応してもらえなかったので」、心理学を学びました。(それでも、20代の時のコーチングは、あまりに情けないものでした。自分自身、自己嫌悪の日々でした。あまりに自己嫌悪なので、勉強しました。)
フランスで代表チームを指導したときは、「言葉で理解させる論理的伝達力の大切さ」を学びました。(外国語習得とかいう薄い話ではありまへん)
日本では、「言葉で理解させ、納得させ、自立させる」といった指導などしなくても、「怒鳴るだけで」、「弱者としての選手」は「いうことを聞く」ということが常態化していることが多いです。ここから、体罰や暴力に発展していく「弱者、強者」構図があるとも思います。実際、そういうコーチに、出会ったこともあります。
指導者向けのメンタルトレーニング講義をしているときに、「そんな机上の理論のメンタルなんて学ばなくても、選手の気持ちなんて、ガツンとやれば、すぐ強くなるんだよ」と本気で、言っているコーチもいました。
(ま。自分は、そこで、「は? 私の言っている内容の、どこが机上の理論なんじゃい。そもそも、理論は、現場の経験の蓄積だろうが」と、イラついたわけですが。笑)
とにかく。
こんなコーチがいるから、だから、本番で、いざという時に、能動的対処ができない選手が表出してきたりする。(いろんな意味の対処です)
だれが悪いとか、そんな簡単なことでなく、問題は一つ一つ整理して、対処しなければなりまへん。
ああ、しまりのない結末だなー。
と。
またまた長く書きましたが。