アメリカの現状がよくわかる。出版は2020年、各国で翻訳され、2024年遂に日本でも出版された。翻訳は精神科医の岩波明氏。基礎知識として、昔は精神科の病気=「性同一性障害」と考えられていたのが、今はその人の個性=「性別違和」で、病気や障害ではなくなっている点がポイントだ。著者のアビゲイル・シュライアーは、女性ジャーナリストで、普通の女性(シスジェンダー)で既婚者。LGBTの活動家やインフルエンサーから、性的マイノリティーに対する「ヘイト」として出版や販売の差し止め運動が起こるなど、いま最も物議をかもしている書籍。しかし、冒頭からマスコミ各紙に、今年最高の本!と絶賛を浴びた事が誇らしげに記載されている。内容は、女性から男性になるFTMの人たちの思春期~成人の診断・治療のプロセス、当事者やその家族にインタビューした内容が豊富に語られている。しかし、内容は驚くほど批判的だ。スマホとSNSの普及で、思春期の少女をとりまく環境は激変しているが、ここ十年足らずの間に、1万人に1人と言われたトランスジェンダーが、40倍にも激増した事を指摘。インフルエンサーや活動家、マスコミや教育関係者、トランスジェンダーを扱う医療機関のすべてに疑いのまなざしを向けている。1990年代に性的少数者の権利擁護・人権を守る所からスタートした左翼的政治活動が、インターネットの普及と2007年のiPhoneの登場で、「トランスジェンダーブーム」に火をつけたという分析だ。不安や抑うつを抱える思春期の少女が「性別違和感」を訴えると、患者の希望・同意のみで男性ホルモン治療や性別適合手術が行われている現状を批判している。患者の訴えに同意し、肯定することが、自傷行為や自殺未遂・薬物の過量投与を防止する一方で、患者の言いなりになっていないか?治療を思いとどまらせる事は出来ないのか?・・・。「トランスジェンダー」イデオロギー=身体と心の性の不一致が存在することを認める考え方は、診断基準が曖昧で、治療したとしても「性別違和感」が完全に解決されることはなく、治療後に自殺したり、元の性に戻ろうとするケースなどを挙げ、科学的根拠はどこにあるのか?要するにブームに踊らされて、トランスジェンダーではない少女たちが多数、取り返しのつかない治療を受けているのではないか?ぐさりと心に突き刺さる内容だ。アメリカでは、オバマ大統領の時代に、性的少数者がホルモン治療を医療保険で受けることを認める決定がなされ、経済的負担が軽くなったことが、トランスジェンダーブームを促進したことが分かる。ただし、思春期の若者に、治療を禁止した州も少なくない。最後に、こうした現状を踏まえて、不要な治療・手術を受けさせないための提言がずらりと並ぶ。LBGT反対派の人たちからは、よくぞ書いてくれた!という内容だが、LGBT活動家からは、悪魔の書・ヘイトだと批判されるのもさもありなんという内容。可愛らしい少女のお腹に穴をあけた不思議なイラストが飾る表紙の本の中身は、驚くべき内容だった。ただし、当事者の少女たちは、この本を読んだからと言って、直ちに自分の「性別違和感」が解決するということはないだろう・・・。むしろ、医療関係者や学校の先生、当事者の家族がどうあるべきか?どう対応すべきか?を問いかけていると言ってよい。当院では、2003年からトランスジェンダーの治療を開始したが、昔は「うちの娘に何てことを!!」と血相を変えて、診察室に怒鳴り込んで来る父親が少なからずあったが、最近は皆無となっている。今は、「本人が希望するなら・・・」で、治療に強く反対する家族はまずない。ホルモン治療の副作用や手術の後遺症などを心配する家族はいるが、治療は本人が止めた~と言わなければ、継続される。いきなり手術から入ってしまう女子高校生や、診断書だけよこせ!治療は必要なし・・・はあ?一体どうしたいのこの人は?というケースもある。トランスジェンダーの診断・治療には、常に批判のまなざしを向ける保守的な人たちが大勢いることを忘れるべきではないだろう。