一度、夜中にひどく腰が痛みだしたことがありました。
先生は何かあればいつでも電話しなさいと言ってくださっていましたが、さすがに申し訳なくしばらく我慢していました。
それでも、どんどん痛みがひどくなるものですから、3時ごろになってついにこらえきれずに電話をかけました。
そうして、先生は電話口で私にこうおっしゃったのです。
「世の中の人が全員寝てしまっても、痛くて困った人がいる限り、私だけは起きていますよ。我慢なんかしないで、何時になっても電話をかけてきなさい」。
これは私にとってとても大きな言葉でした。
天谷保子(あまややすこ)
話を聞くことが救いとなる
野口晴哉(はるちか)先生のことはご存知の方もたくさんいらっしゃると思います。
多くの方を健康へと導いた野口整体の創始者であり、「整体」という言葉をおつくりになった方としても知られています。
野口先生はその当時でもとても評判の高い方で、私もずいぶん順番を待ってからやっとみていただくことができました。
はじめてお会いしたときは、とても緊張しました。
先生が怖い方というのではなく、道場があまりにも静かで、空気がピンと張りつめた感じがしたからです。
けれども、実際に操法していただくと、包み込むようなまなざしをしたやさしい方でした。
野口先生は、私のからだをみて、「長いことつらかったでしょう。あなたの首の故障は、本当は腰からきているんですよ」とおっしゃいました。
そして、「あなたには治す力があるのだから、がんばって治して働いてください」と言ってくださいました。
そのとき私は、「ああ、この方はわかってくださった」と心の底から安堵しました。
子どものころから、あちこちの病院に行っても悪いところはないと言われ、わかってもらえないつらさをずっと抱えていました。
痛みで緊張が続いていたことから、寝ている間ずっと歯をかみしめて、歯もボロボロになりました。
歯医者へも行きましたが、虫歯じゃないから治療の方法がないと断られ、またもやもやする。
しかたがないから、「回効散」という当時の痛み止めをのんでやり過ごしていましたが、始終のんでいるので胃に負担がきて食べられない。
栄養がいかないから背が小さくてやせっぽちでしたが、今度はそのことで、「これじゃあ嫁にいけない」と祖母に嘆かれる。
思えば、痛みによってずいぶんつらい日々を過ごしていました。
野口先生の言葉は、私がしかたないとあきらめていた数々のつらさを一度に解放してくださいました。
それからは保育園が終わった後にたびたび道場に通い、からだを整え、やがて痛みのない暮らしができるようになりました。
孤独は痛みを大きくする
一度、夜中にひどく腰が痛みだしたことがありました。
先生は何かあればいつでも電話しなさいと言ってくださっていましたが、さすがに申し訳なくしばらく我慢していました。
それでも、どんどん痛みがひどくなるものですから、3時ごろになってついにこらえきれずに電話をかけました。
そうして、先生は電話口で私にこうおっしゃったのです。
「世の中の人が全員寝てしまっても、痛くて困った人がいる限り、私だけは起きていますよ。我慢なんかしないで、何時になっても電話をかけてきなさい」。
これは私にとってとても大きな言葉でした。
だれもが起きている昼間と、夜中では痛みの感じ方が違います。
夜中は何倍も痛いように感じるのです。
世の中の人はみんな寝ているのに、自分だけが痛くて寝られない。
だれも見ていない、だれも助けてくれない。
この孤独感が痛みを大きくするのでしょう。
野口先生は、病む人の心理を見抜いて、最初に言葉で救ってくださったのでした。
こころの問題も同じですが、まず話を聞いてもらうことが大きな救いとなるのです。
野口先生の最後の直弟子に
私は野口先生にからだについてたくさんのことを教えていただきました。
そして、からだがもつ知恵のすばらしさに驚き、その知恵を活かして生きることの大切さを学びました。
私たちのからだには大きな力が潜んでいるのです。
保育園を閉園した後、野口先生は私に「あなたはこれまで子どものからだをみてきたのだから、これからは私のところで大人のからだを勉強しなさい」と言われました。
そのとき私は、夫の了解さえもらえれば、道場で働けると思い、「夫に相談してみます」とお答えすると、「ご主人の了解はもう取ってありますよ」とおっしゃった。
先生はことがスムーズにいくように、先回りして夫に話しておいたとのことでした。
こうしたスマートな根回しも先生らしいところです。
あとで夫に聞いたら、野口先生があまりにも当然のように話されたので、わけもわからず了解したといって笑っていました。
こうして私は先生の最後の直弟子として迎えていただき、整体協会で働くことになりました。
天谷保子『ありのままがいちばん。』より一部引用
貫井投稿