田中徳子
花空お話館 【梨】 花空著
僕が小学校3年生の夏休みのときのこと・・・。
家の近くの道の端に座って、ただ何となくぼーっとしていた。
こういうの・・・ただぼーっとしているの・・・
空や雲をながめたり・・・道端の草花が風にゆれるのを見ていたり・・・
アリがえさを運ぶのや、カエルが葉っぱの影でじーっと
身をひそめているのを観察したり・・・
そんなことをただぼーっとしているのが好きだった。
あるとき・・・向こうからおじいさんが歩いてくるのが見えた。
あんましきれいじゃなかった。
着ているものは汚れているようにも見えた。
僕の目の前に来たとき、僕は【こんにちは】と挨拶した。
いつも校長先生が【挨拶はきちんとしましょう】って言っているからね、
みんな挨拶はちゃんとしてる。
【おぅ~?ぼーはおじちゃんが見えるんかい。
そうかそうか・・・ぼーは何をしてるんじゃ?】
変なことを言うおじいさんだなあって思ったけど・・・
おじいさんが汚いかっこしてるから、だあれも声を掛けないだけ
なんだなってその時は思ったんだ。
【おじいさんはどうしてそんなに汚いかっこしてるの?
もっときれいにしていたほうが良いと思うけど】
僕は今なら決して言わないようなことを言っていた。
まだまだガキだったんだと思うよ。
おじいさんは 涙を流しながら大笑いをして言った。
【そうかそうか・・・そうじゃのう・・・
わかったよ。もっときれいなかっこしてみるよ】
そうしてポケットから1つ梨を出して、
【ぼーは良い子じゃのう。この梨をあげよう。 この梨を食べるとな・・・
<嫌なことは1つもナーシ>っつってな】むふふふ・・・・・
と、誰も笑わないような親父ギャグを言ってすたすたと歩いていってしまった。
僕は・・・あの汚い洋服のポケットに入っていたって思っただけで
食べる気はしなかったけど・・・
でも何となくあのおじいさんのことばが気になって・・・
僕のシャツに強くこすり付けてから、一口かぶりついた。
甘くて・・・すごくおいしかった。
次の日も・・・僕は道端に座り込んでただぼーっとしていた。
すると、あのおじいさんはやってきた。
【おぅ~。ぼー・・・梨はおいしかったかい?】
そう言ったおじいさんを見上げると、おじいさんはとんでもない格好をしていた。
なつかしの一曲みたいな歌番組で見たことがある・・・
西条何とかって人がヤングマンって歌を歌ったときの・・・
あんな感じの洋服だった。
僕は目が点になった。
【おじいさん、その洋服どうしたの?変だよ・・・すっごく変。
やめたほうが良いよ。もうちょっと歳を考えなよ。】って思わず言った。
【そうかい?変かい?かっこ良いと思ったんじゃが。・・・・・だめかい・・・」
まったく変なおじいさんだ。
【ぼー、今日も梨を1つあげよう。<この梨を食べると悲しいことは1つもナーシ>
ってな】むふふふ・・・・・
今日はポケットがきれいに見えたから、
ちょこっとシャツで拭いてがぶりとかぶりついた。
甘くておいしかった。
何となくおじいさんに会うのが楽しみで、
僕は毎日道端に座っておじいさんを待った。
それからおじいさんはいろんな格好をして現れた。
インディアンの酋長みたいなかっこう・・・
サラリーマンみたいにスーツだったり・・・
TシャツにGパンなんてときもあったなあ。
そして、やっぱり梨を1つづつくれた。
<この梨を食べるとつらいことは1つもナーシ>
<この梨を食べると苦しいことは1つもナーシ>
<この梨を食べるとだめなことは1つもナーシ>
相変わらずな親父ギャグだった。
夏休み最後の日がやってきた。
きちんとおじいさんに挨拶しとかなくちゃって思ってた。
僕は道端に座っておじいさんを待った。
しっかりとおじいさんが歩いてくるほうを見て、今か今かと待っていた。
すると・・・おじいさんはながあい杖をつきながらゆっくりと歩いてきた。
おじいさんのかっこうは・・・まるで絵本に出てくる【仙人】のようだった。
僕は言った。
【おじいさん、すごいよ。おじいさんにぴったりのかっこうしてるよ。
今までで1番似合ってるよ。すげえ・・・かっこ良い!!!】って。
本当にすごく似合っていて、今まで出1番かっこよく見えた。
【ぼー、そうかそうか・・・1番似合っているか・・・。】
すごく嬉しそうに笑って・・・
【ぼー、今日が最後じゃな。ぼーに出会ってすごく楽しかったよ。
嬉しかった。ありがとう。】そう言った。
僕はまた会いたいって言った。
おじいさんは・・・【いつもわしはぼーっと一緒じゃよ】と言った。
今日も梨をあげよう・・・と1つ梨をくれた。
今日の梨は・・・<全部がナーシ>だって。
その時の僕には難しくてわからなかったけど・・・
(今の僕にもまだよくわからないけど)
【空】って言う言葉を教えてくれた。
僕がどんな格好をしているときのおじいさんにも、
変わらないでおしゃべりしたりしてくれたのが嬉しかったって・・・
おじいさんは言った。
大人になった僕は、時々空を見上げてはおじいさんに話しかける。
だけど知ってるんだ。
おじいさんは本当は僕のハートにいつもいてくれてるって。
梨を見ると思い出す。
おじいさんが親父ギャグを言ってあと、下をぺろっと出して
すっごくお茶目な顔でおどけて見せてくれたこと。
最高の笑顔だったな!!!!!