船の名前は「洗礼者・聖ヨハネ」を意味します。
雄姿は、間もなく消えていきます!
今から約400年前、政宗は外国との貿易を進めるため、または野望の実現のため?スペイン・ローマに船を向かわせました。
7年後に帰ってきたとき、江戸幕府は禁教令を実施しており、成果は消されてしまいます。
使節団長の支倉常長の偉業は評価されず、不運な人生を送り2年後に亡くなります。
詳しいところは、石巻市にある「宮城県慶長使節船ミュージアム」をぜひ訪問して下さい。
宮城県は、この政宗の偉大なる事業に敬意を表し、1993年復元船を建造します(約17億円 内募金5.6億円)。
しかし、その後老朽化が進み並びに東日本大震災の被害にあい、船の復旧は困難になりました。やむなく断念し、今年から来年にかけて解体へと進むようです。
東日本大震災でマストなどズタズタ (産経写真)
「解体か保存か」賛否が分かれ、よくよく議論した末の結論かと思いますが、複雑な気持ちの人は多いようです。
現場視察 折れたマスト
以前、宮城県議会で調査検討した時のことがよみがえります。
ここまでならない時期に対応する方策が欠けていたと思います。木造船は、手を加えなければいたみは進み、当然腐敗していきます。そこに大震災ですから最悪でした。
船底の腐敗はひどい! 外観はかろうじて維持?
今後は、FRPでつくった4分の1サイズの復元船で当時の様子をうかがい知ることになります。
うまく活用してくれることを祈ります。
「サンファン館」は、面白いですので、近くに来ましたら立ち寄ってください!