花 290 | 舞う葉と桜〜櫻葉・嵐綴り〜

舞う葉と桜〜櫻葉・嵐綴り〜

腐女子向けのお話ブログです。

「にいちゃん、ここはあっついで、事務所行かへん?」





って横山さんが白い半袖のTシャツの袖で汗を拭きながら言った。


いつもの黒いつなぎをズボンだけ履き、上はTシャツで、つなぎの長袖部分を腰に縛っている。


もちろん頭にははちまき風にタオル。





立っているだけで汗が滲む、出てくる暑さだ。セミがミンミンうるさい。夏。真夏。


俺でさえ暑いんだから、おそらく外で作業をしていただろう横山さんはもっとだろう。





でも。





「そうしましょう、櫻井さん」
「櫻井さんも暑いでしょ?首それだし」





横山さんだけじゃなく、雅紀の電話後5分程度で来てくれた風間さん松本さんにも言われた。





でも。





動かないよ。足が。


土しかないハウスを前に。地面にくっついたみたいに。





「ねぇ、まーくん。バレるのってもう少し後の予定じゃなかった?」
「その予定だったよ」
「だから早めに言っておいた方がいいって言っただろ」
「だって入院中は入院中じゃん」
「まあまあ、しゃあないやん。バレてもうたんやから」
「そうだよ。仕方ない仕方ない」





え。





俺、オレンジくんだけじゃなく、ハウス内オレンジ全滅を前にめちゃくちゃショックを受けてめちゃくちゃ絶望的な気持ちになってるんだけど、今。


何なら泣きそうなんだけど。俺どうしたらって。





なのに何だろう。この普通感。日常感。


びっくりするぐらい俺以外の4人が普通で、すごくびっくりしてるんだけど、俺。





「あんなあ?にいちゃん。黙っとったことはごめんな?にいちゃんが退院するまで黙っとこってなって………な?」
「それはその………多数決で決めたんです」
「俺は反対した」
「3対1」
「あんなあ、にいちゃん」





ぽんぽんって、言いながら横山さんが俺の背中を叩いた。





そこから伝わるのは。





横山さんらしかぬ、なのか、らしいのか、の、優しさ。超絶不器用な。





「言うてオレンジやん?」
「………え?」
「オレンジやで?ただの」
「………オレンジ、です。………けど」
「言うてオレンジやけど、俺も防犯カメラのやつ見たけど、にいちゃん本気でコロされてるやん」
「いや、生きてるだろ」
「生きてるよ、きみちゃん」
「勝手にしょーちゃんコロさないで」
「ええか?これ見てショックなんは分かるんやけど、言うてオレンジやん?にいちゃんとオレンジやで?ちゅうか、にいちゃんとにいちゃんをコロそうとしとったオレンジやで?どっちが大事やねんって、簡単な話ちゃう?」
「………っ」
「これ意味分かるか?分かるやろ?確かにここのオレンジは全部あかんくなったけど、言うてオレンジやで?オレンジやねん」
「………でも」
「にいちゃん、でもやない」
「でも、ですよ」
「でもやないて」
「………でも、です」
「でもやないて言うとるやろ‼︎」





ビィン………ッて、空気が振動した。横山さんの一喝で。





うん。これを、こういうのを、一喝って言うんだと思う。


切り裂くみたいな。ドスのきいた。





「ええか⁉︎あんだけ本気でやられとったんやで⁉︎シんどったかもしれへんのやで⁉︎にいちゃんが何とかっちゅう瓶落とさんかったらどうなっとったと思うねん‼︎それでオレンジがダメになったからってそれが何や⁉︎そんなんまた育てたらええだけのことやろ‼︎」
「………でも‼︎でも、雅紀が‼︎雅紀だけじゃなくて風間さんも横山さんも‼︎松本さんだって一生懸命世話して育ててきたオレンジですよ⁉︎それがハウス一棟分まるまる全滅ですよ⁉︎俺の不注意で‼︎それがどれだけの損失だと思ってるんですか‼︎」





一喝の勢いそのままの大きい声で怒られたこともあり、俺もつい大きい声で反論した。


やばいまずい、相手は横山さんだぞ?と思いつつも、止まらなくて。





そしたらシンってなってからの。





「………は?」
「………え?」
「………損失」
「ねぇ、しょーちゃん。さっきも言ってたけど、損失って何?」
「………え?」





一斉に、四方向から飛ばされた、クエスチョンマーク。


に、俺にも飛ぶ、クエスチョンマーク。





「え………だって、さすがにこれだけの量のオレンジが出荷できなくなったら………色々損失が………出る、よね?」





俺を含めて全員が全員クエスチョンマークを飛ばしているため、誰に聞いていいのか分からない。


だから身体をひとりひとりに向けつつ聞いた。





の、だが。





ヒョオオオオオオオオオオ………





冷気。





「………しょーちゃん、オレのこと舐めてる?」





そして、いつもの雅紀からは想像できないぐらいとてつもなく冷たい声が、とてつもない冷気と共に発せられ、横山さんがすかさず言った。さぶ‼︎って。





「まっ………ままっ………まままままさきくん………?」
「しょーちゃんは、たかだかここのオレンジが出荷できない程度でうちの会社が打撃を受けるような会社だとでも思ってるの………?」
「………え?」
「そんなわけないんだけど。微塵も痛くない。たったこれっぽっち。本当しょーちゃん、オレのこと舐めてんの?」
「いっ………いえ、そんなっ………」
「確かに手間暇それなりのお金はかかってるから、まったく損失がないとは言いませんけどね」
「けど、収穫が減った分、残ったオレンジが高く売れるやろ。そうまでしてでも欲しいオレンジやで、ここのオレンジは」
「………え、でも」
「櫻井さんの性格なら俺らが何言っても気にするんだろうけど、農業やってる以上、作物がダメになることって、絶対なくならないから」
「そうだよ。オレンジくんだって、あの子が最初の子なんだからダメになるのなんて最初から前提だし」
「………えと………あの………」
「にいちゃんとオレンジやで?言うてオレンジやで?命と作物やで?比べるまでもないやろ。ほんまに。そんくらい言われんでも分かりや」
「………」





俺。





どうしようって。


とんでもないことをしたって。





何もなくなったハウス内を見て、思ったのに。





「もしどうしてもオレたちに悪いって思うなら、オレと一緒にどんどん色々開発しちゃえばいいんだよ」





ね?しょーちゃんって雅紀の言葉にトドメをさされて。





俺の目から、堪えきれなかった涙がぽとんと落ちた。










ついに290………((((;゚Д゚)))))))