大量の荷物を持って来てくれた風間さんが、俺を見て櫻井さん‼︎って珍しく動揺していた。
まあ、酸素マスクだし、雅紀に写真を撮ってもらって見たけど、首にいかつい固定するやつつけられてるし、点滴されてるし、もし風間さんが白目よだれで倒れていた俺の姿を見ていたのなら、それが普通の反応なのだろう。
っていうか白目でよだれって。
想像するだけで死体だわ。こわいし恥ずかしいわ。
お騒がせしてすみませんでしたって謝ると、何言ってるんですかって。
ああ、俺ってもしかして風間さんにちゃんと同僚扱いしてもらてる⁉︎って、ちょっぴり感動ものであった。
で、結論から言うと、今回のオレンジくんによる櫻井翔殺人未遂事件は、どうやら事故扱いになるらしい。
俺が訴えれば話は別だそうだが、俺がリーフシードを、雅紀を訴えるはずがない。
風間さんに『訴えませんよね?』って、バキバキの目で確認されるまでもなく、だ。
あとは警察に聞かれたことに普通に正直に答えてくれればいいですよ。とのことであった。
良かった。
まじ良かった。
ちなみにオレンジくんについては、開発途中の作物ということになっているとか。
え、それで済むの?済んじゃうの?という疑問はあったが、風間さんがうまく丸め込んだのかなと納得することにした。
で、そんな大事件が起こったドタバタな日の翌日から、俺は地獄を見ることになった。
見るというか、味わうというか。
痛い。
とにかく痛いのだ。
出てくる言葉は『痛い』オンリー。
っていうか痛くて喋ることもできなかった。
痛くない瞬間がない。
身体はもちろん、頭も心も痛い一色。痛いの一言。痛いしか存在しない。痛いまみれ。
痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い………エンドレス痛い。
ぎっくり腰のあのずんどこが、めちゃくちゃかわいく思えた。
あんなの痛いに入らない。痛いの表層。
そう思うぐらい、あっちもこっちも、どこって分からないぐらいとにかく痛い。
なのに、だ。
それなのにだよ。
「櫻井さん、おはようございます。リハビリ担当の松本です。今日からリハビリを開始しますので、よろしくお願いします。さあ、今からリハビリ室に行きますよ。車椅子に乗って下さい」
は?
である。
何言ってんだこの人。頭大丈夫か?である。
自分で言うのも何だが、俺はわりと普段温厚な方だと思っている。
怒りの沸点は横山さんより倍以上高いと思っている。
そう自負する俺が。
は?
何言ってんだこの人。頭大丈夫か?である。
そうだね。
痛みは人から正常な判断というものをさくっと奪っていくようです。だね。
俺はこの時、本気で、心の底から『何言ってんだ?お前』という気持ちを込めて『は?』と一言言った。言ってしまった。初対面の人に向かって。
そして言ったことを即座に後悔した。
だって痛い。
喋るだけで痛い。たった一言だけで猛烈に痛かった。
いやそもそも呼吸をするだけで痛いのだ。悶絶するほど猛烈に痛いのだ。
なのにリハビリ?
この人ふざけてるのかな?寝てる?寝言?寝言なの?アナタの。
痛みに耐えながら、出てくるのはひたすら悪態の思考。
「痛いとは思いますが少しずつでも身体を動かしましょう。寝てばかりだとあっという間に筋肉が落ちてしまいますからね。じゃあベッド起こしますよ」
「ちょっと、いきなり勝手に入って来て何してるんですか?」
ヒョオオオオオオオオオオ………
冷たい冷たい声と共に、病室の気温が一気に下がり、そこに救世主雪女雅紀が現れたことを俺に教えてくれた。
俺はその瞬間、雅紀いいいいい‼︎ってもう何度目か分からないぐらい、またしても雅紀に恋をしたのであった。