「うわあああああっ………‼︎」
って俺の声と、バサバサってケンキポーターが入った検体輸送バッグが落ちた音、そしてタイヤがキキッ………て音を立てたのがほぼ同時だった。
そして体感の同時はガッ………てタイヤがロックされた感じと、ぐるんって半分ぐらい車体がまわった感じ。
ドッドッドッドッドッ………
ドッドッドッドッドッ………
最悪の事態を想像しておそるおそる反射的にぎゅっと瞑った目を開ける。
一瞬の空白。
え?ってなったのは、俺が今の今まで見ていた景色と違ったのを、脳が認識できなかったから。
ザアアアアアアアッ………
横から強く風が吹いて、車体が揺れる。
咄嗟に強くブレーキを踏んで、踏ん張った。
いや、もう止まっているのだが。
薄暗いを通り越して暗い細い山道に、黒い影が見えた気がした。
その影が車の前に飛び出した気がした。
だから思いっきりブレーキを踏んで、ハンドルを切った。
結果検体輸送バッグが助手席の足元にひっくり返り、車体は反転した。
何がどうなってこうなったのか。
ドリフトとはこんな感じだろうか。
ゴロゴロゴロゴロ………
ゴロゴロゴロゴロ………
さっきより大きくなった雷の音に、ビクッと飛び上がる俺の身体。
落ち着け。
いいから落ち着け。俺。
黒い影が見えた気はしたけど、ぶつかった衝撃はなかったはずだ。
何にもぶつかっていない。
………多分。
坂を登っていたはずなのに、俺の前に広がるのは下り坂。
視線を移して、ちらりとバックミラーを見る。
暗くてあまり見えないが、転がっているようなものは何も見えない。
大丈夫。
大丈夫。
俺は何ともぶつかっていない。
俺は何も轢いていない。
今度はミラー越しではなく、身体を捻って目視。
ミラーより広い範囲を直で見ても、そこには何もなかった。
道と木が続くだけだった。
ひとまずの安堵。
っていうか何だったのか。
カラスが飛んでいった?それともタヌキとかの小動物?
クマや宇宙人くんのように大きくはなかったと思うけど………。
ゴロゴロゴロゴロ………
ゴロゴロゴロゴロ………
そこにまた響く雷の音。
ずぅううううん………と腹に響く重低音。
早く行かないと、この暗さだ。
着く頃に土砂降りになるかもしれない。
助手席の足元にキレイにひっくり返った検体輸送バッグを手を伸ばして拾った。
蓋が開いていたため、中身が全部出ているが、見た感じケンキポーターは割れていなくて、ケンキポーターの蓋もちゃんとしまっていた。
良かった。
一旦シフトをパーキングにしてパーキングブレーキをして車内灯をつけ、ささっと拾ってバッグに入れた。
そしてついでにさっき運転席の足元に落としたケンキポーターを探した。
その間にも車は風に揺れ、雷鳴が俺の腹をビリビリと揺らす。
ダメだ。
どこかに入り込んでる。見つからない。
バッグ内も、仕切りの大部分が埋まっていたはずなのに埋まっていないところがいくつかあるから、助手席側のどこかにもまだ落ちているだろう。
車を降りて探した方が多分いい。
けど、今ここでそれをやるのは危険だ。
天気然り、俺のメンタル状態然り、何が起こるか分からないこの山の事情然り。
とりあえず、行こう。帰ろう。
リーフシードに。ソイ御殿に。
シフトをドライブに入れてパーキングブレーキを解除して車の向きを変えようとしたとき。
「うわあああああああああっ………‼︎」
思わず叫んだ。
だってそこに、窓に。
葉っぱが。
まるで、外から俺を覗き見るようにピタリと張り付いていて。
ドッドッドッドッドッ………
ドッドッドッドッドッ………
違う。
オレンジくんの葉っぱじゃない。棘棘していない。
おどかすなよ、まじで。
はあああああって大きく息をひとつ吐いてから、今度こそ行こうとアクセルを踏んだ。