やっぱり俺はツイている。
雅紀と想いを通わせあってから、絶対的にツイている。
雅紀は言った。雅月と環は来月の満月に産まれるって。
その日は何と、定休日の深夜。
何で産まれる時間まで分かるのかはナゾだけど。
だから俺は雅紀と一緒に病院に行った。
産まれるのは夜中だよって、妙に落ち着いてるように見える雅紀とずっとずっと一緒に居た。
「本当に今日の夜中に産まれるの?」
「うん」
病室は個室。
ベッドがあってテレビがあって、洗面台とトイレ、クローゼットにソファ。
外観は大丈夫か?ってぐらいボロいのに、中は最新設備で超キレイな病院。病室。
雅紀は個室のベッドに長い足を投げ出して座って、もうすぐ会えるねーってお腹をなでなでしてる。
けど。
その姿はどう見ても出産を控えるようには、どうしても、見えない。
「お腹切るんじゃないよな?」
「違うよ?」
どうしたの?しょーちゃん。
落ち着いてる雅紀とは正反対に、全然落ち着かない俺。
座ったら?って言われたけど座ってさえいられない。
だってさ、ドラマとか妊婦雑誌とかじゃあれじゃん?
陣痛がきて、それが10分おきになって間隔がどんどん狭くなって、丸一日とか普通にかかって、痛みに耐えて耐えて。まさに命がけ。
出産って、そういうもんじゃないの?
って言ったら。聞いたら。
「僕も分からないけど、雅月と環に任せておけば大丈夫だよ」
雅紀はくふふふって笑って、ぽっこりお腹をそれはそれは愛しそうに見つめた。
母って強いんだなあって。
俺はそのキレイすぎる、聖母にさえ見える雅紀にうっかりうっとり見惚れた。
陣痛らしき陣痛がなくて、やることもなくて、双子が外に出られるようになったら何処行こうか、とか、お腹引っ込んだら何したい?とか、のんびりしゃべってた。
本当にこれが出産直前なのか?ってぐらいのんびりで呑気で、そうするとどうしたって俺は雅紀にハグしてキスしたくなるから、した。
してたら、検温でーすって入ってきた看護師さんにばっちり見られてラブラブですねぇって笑われた。
ちょっと寝ようよ、しょーちゃんって雅紀に言われて、夕方、雅紀はベッドで、俺は病室のソファで寝た。
眠れるわけないだろって思ったけど、雅紀とおやすみのキスをして横になったら何のことはない、瞬間爆睡だった。
双子を。雅月と環を抱っこする夢を見たような気が、した。
待つだけの1日はとても長く、時間が経てば経つほど俺は落ち着かなくて夜になって夕飯を食べ終わってからひたすら部屋をウロウロしてた。
雅紀はそんな俺に、しょーちゃんいつものやってって、お腹タッチタイムを強請った。
「本当に今日産まれる?」
「うん、そう言ってる」
「………言ってるって」
「雅月と環が今日だよって言ってる」
「そっか」
狭いベッド、雅紀の後ろに座ってぽっこりお腹をなでなでさわさわ。
お前らが言ってるならそうなんだよなって。
不思議と落ち着いた。
そうなんだよって言ってるみたいに、雅紀のお腹がむにゅって動いた。
「あ、そうだ」
「ん?」
しばらくなでなでさわさわキスちゅっちゅってした後、そうそう、産まれてくる前にって。
俺は雅紀の後ろからちょっといいかって抜け出して、ベッドをおりた。
しょーちゃん?って不思議そうに首を傾げる雅紀に、ちょっといいかって服をぺろってめくってぽっこりお腹を出した。
このお腹も今日で見納めか。貴重なかぐや姫デベソも見納め。
俺は、そのままお腹の左右にキスをした。雅月と環が居るお腹に。
心から、心を込めて。
「雅月、環。今日からよろしく頼むな」
お腹に向かってそう言えば、お腹の両側が賑やかに動いた。
「知ってると思うけど、俺はママである雅紀のことが好きで好きで大好きでたまらない。雅紀のためなら何だってやる。もちろんお前らの世話も雅紀任せにはしない」
「………しょーちゃん」
「ただな?知ってると思うけど、俺は不器用だ。不器用な上に初めての育児。しかも双子だ。どうなるか………想像つくだろ?」
何でだろう。
雅月と環が、ちゃんと理解を持って聞いてるって、思うのは。
もちろん、胎教のために話しかけるとかは知ってるし、雅紀はしょっちゅうお腹に話しかけたり、妙にキーの高い鼻歌を聞かせてたりしてた。
俺は俺で毎晩お腹に向かってパパだぞーって呼びかけてた。
けど、そういうレベルじゃなくて。
雅月と環は今、雅紀のお腹の中で俺の言葉を『理解を持って聞いてる』って。
すごい、思った。
「きっとこれから雅紀が一番忙しくなる。お前らを産んでから体調が戻るまで時間もかかる。俺は俺で精一杯雅紀を助けて、雅紀もお前らも守ってく。できることは何でもやる。できないこともできるよう努力する。頑張るよ。だから」
雅月、環。
「俺に、新米パパに、協力してくれ。な?」
そして俺はもう一度。
心から、心を込めて、雅紀のお腹の左右にキスをした。
雅紀のお腹がまた、むにゅって動いた。
「ありがとう、しょーちゃん。………大好き」
「………俺も」
俺も。
雅紀が、平成のかぐや姫が。
好きだ。
そしてその日、っていうか日付が変わった25日。
1時半頃に看護師さんが来て、分娩室に行きましょうって言われて、ソファで寝てた俺はへ?ってなりつつ、移動した。
雅紀はピンクのガウンみたいなのに着替えて分娩台に移動して、俺は水色の割烹着みたいなのを渡されてそれを着て、こっち側に居てくださいねって雅紀の頭側に立たされた。
そして、大野さんのじいさんが、入ってきて。
深夜1時46分。
「しょーちゃん、産まれるよ」
「え?」
分娩台から、俺を探すみたいに腕を伸ばす雅紀のその腕を、俺は取った。
産まれるよって、何。そんな急に。陣痛は?出産って鼻からスイカを出すぐらい痛いんだろ?
「………んっ」
何が何だか分からないうちに、雅紀が眉間にシワを寄せ始めた。
え。ちょ。
「上手上手。力抜いてね、頭出てきてるよー」
え?え?ももももももう?え、陣痛は?ひっひっふーは?
パニクりつつも、ぎゅって俺の腕を掴む雅紀の腕だけはしっかり取って、しょーちゃんって顔を寄せてくる雅紀にうんって、ここに居るって俺も顔を寄せて、何なら頬にキスもした。
「産まれる」
「雅紀」
「燕の子安貝。僕としょーちゃんの、赤ちゃんだよ」
雅紀が俺を見上げて、キレイにキレイに、キレイに笑った。
その瞬間。
分娩室が、あったかいあったかい。すっごいあったかい光に包まれたような、気が、した。