新型コロナウィルスの感染拡大のための外出自粛で、テレビやビデオを見る機会が増えました。
偶数日は外食記事でなく、備忘録であることをご了承ください。
▼ジョンFケネディ空港の写真
( Jminvさんによる写真ACからの写真 )
1963年11月22日、ジョン・F・ケネディ大統領が何者かに暗殺された。
その2日後、凶弾に倒れたもう1人の男がいた。
リー・ハーヴェイ・オズワルド。
ケネディ暗殺の犯人とされた人物だ。
警察署内を移送中、犯行を否認したまま射殺された。
真犯人は、本当に彼だったのか?
殺される前、オズワルドは謎めいた言葉を残していた。
「ハメられた・ I just a pasty」
アメリカ政府が長年非公開として来た機密文書「ケネディファイル」。
公開を明言していたトランプ大統領は、なぜか突然の撤回。
何を恐れたのか?
今回NHKは、専門家たちと共同で事件の構図を覆す、数々の秘密資料を発掘した。
単独犯とされたオズワルドの背後に、ある組織の影が浮かび上がって来た。
取材を基に知られざるオズワルドの足跡を映像化。
さらに、自然の鍵を握る人物たちが次々と証言。
60年の時を経て、いま世紀の事件が動き出す。
エピソード1・ハメられた男
アメリカ政府の調査委員会は、事件直後から目撃証言を集めて来た。
ある社員が教科書倉庫ビル6階にジャケットとタバコを探しに行ったら、オズワルドが休憩していた。
「エレベーターのドアを閉めておいてくれ」
教科書倉庫ビルでベイカー巡査は、オズワルドを事件後に目撃していた。
彼を犯人だと断定できる証言は一つもなかった。
暗殺から80分後、教科書倉庫ビルから姿を消したオズワルドが逮捕された。
犯行を否認していたオズワルド。
マフィアとらつながりの強い男に射殺された。
ところが、政府の調査に基づくウォーレン報告書は、こう断定した。
「ケネディ大統領の命を奪った弾丸は、教科書倉庫ビル6階の東南に面した窓から発射された。
その銃弾は、リー・ハーヴェイ・オズワルドが発射したものである。
本委員会は、オズワルドが単独で行動したものと結論する」
元ワシントンポスト記者ジェファーソン・モーリーが追いかける。
オズワルドの幼い頃に父は死んで、母親は何度か再婚し、その度に引っ越しをしていて、孤立していた。
オズワルドは海兵隊員だった時、神奈川県の厚木基地に赴任していたこともある。
同僚の証言によると、厚木基地では共産国に関心を寄せて、ソ連やマルクス主義などの本を読んで、友人がいなかった。
日本で赤の集まりに参加し、ロバートノーラン・本名、リチャード・ナゲルという工作員が接近してきた。
オズワルドとナゲルは、基地の外で接触した。
銀座のキャバレー・クイーンビー。
ソ連の息がかかった女性に、アメリカの軍事機密を
教えるようにナゲルから勧められた。
日本人のミドリというホステスと知り合った。
オズワルドはこうしたホステスに嘘の情報を流すことがミッション。
ナゲルの手によるものなのか、ミドリの手によるものなのか不明だが、海兵隊を除隊後にソビエト亡命を試みた。
亡命を申請しに訪れたオズワルドを見て大使館員は、
「リハーサルをしていたかのようだった」と感想を述べた。
この情報は国務省を通じてCIAへ送られた。
内部資料によると、CIA内部の潜入スパイのあぶり出し(通称 モグラがり)に使われたとされる。
ソ連に来たものの、彼の理想とは程遠かったことが、彼の手記に書かれてある。
ソビエトに渡ってから1年3ヶ月、アメリカではケネディ第35代大統領就任のニュース。
自由を掲げる若きヒーローに人々は喝采した。
2019年、66人の専門家が新たな見解を発表した。
大統領暗殺は国家の安全保障期間のメンバーが実行したことを強く示唆している。
CIAなどの国家組織の強い関与を明言した。
66人の専門家の中には、ケネディ一族の人物も加わっていた。
JFKの甥ロバート・ケネディJr。
父ロバートはJFKの弟で、司法長官を務めていた。
彼もまた、JFKの4年後に暗殺されている。
CIAは叔父が殺されてから真実を隠して、50年間嘘をつき続けている。
叔父は就任した直後から、自らが権力闘争の渦中にいると気づいた、と語った。
融和よりも、国の安全を重要視する(軍や)諜報機関と敵対していた。
今回CIAの「裏切り」を示す資料を入手した。
IGレポート(CIAの内部監査報告書資料)
水面下のCIAのカストロの暗殺について、JFKが承認していたと説明していた。
カストロ暗殺について、国の上層部に報告せずに計画していたこと。
しかも大統領からの指示のように見せかけていたことがレポートされていた。
1962年6月、オズワルドは、ソ連に絶望してダラスに帰って来た。
ロシア人の妻マリーナを伴っていた。
2人の生活を支援したのは、モーレンシュルト。
事件の後、政府の調査直前に謎の自殺をした男。
妻の証言「彼はアメリカに着くなり、変わってしまった。些細なことで怒るようになった。暗殺の半年前に、ライフルを持ち出し外出した」
オズワルドが狙っていたのは、エドウィン・ウォーカー将軍。
過激なファシストと言われていた。
オズワルドはウォーカーの自宅の庭に潜入し、ライフルを発射した。
エピソード2
浮かび上がる「黒幕」
オズワルドは本当に真犯人なのか?
JFK暗殺の半年前のウォーカー将軍暗殺事件。
当時犯人は捕まらず、未解決事件となっていた。
マリーナの証言では、外出して戻ってこなかった。
「ウォーカー将軍を撃ってきた。命中してかどうかはわからない。これ以上は何も聞かないでくれ」
オズワルドの本当の動機は、結局明らかになっていない。
モーレンシュルトは、CIAダラス支局長ウォルトン・ムーアの友人だった。
「CIAに代わって、オズワルドの面倒を見てやってくれ。彼の動向を監視し、ダラスでつながるよう手伝って欲しい」と頼まれていた。
66人の専門家の会議で、元CIA元高官ロルフ・ラーセンが語ったこと。
一部の人にとって暗殺がたやすかった。
ウォーカー事件をきっかけに一部の人間が暴発した。
スパイをあぶり出す方法で、関与したとされる人物を
導き出した。
注目したのは、自らも長年勤めたケースオフィサー。
極秘の作戦を立案し、外部の工作員を自由に操って実行に移せるのは ケースオフィサーだけだと言う。
CIAによるオズワルドの「コールド・ビッチ」
ラーセンの見立ては、別の人物が近づいてきた。
ダラス警察とFBIに自首するか、新たなチャンスを手にするかと、オズワルドに迫った。
私ならこう言うでしょう。
「これはこの国を救うことだ。心配するな、仕事を終えたら逃がしてやる」
CIA関係者たちに戸惑いが広がる中、ラーセンは首謀者を絞り込めると言った。
オズワルドのデータにアクセスできる
候補は国内局と西半球局に絞られる。
それぞれの動機や人間関係を調べた結果、2人に絞られた。
西半球局チーフだったジェイク・エスターライン
ダラス支局長ウォルトン・ムーア
エスターラインには強い動機があったと言う。
キューバ侵攻ピッグス湾作戦の当時の指揮官だった。
融和を掲げるケネディ大統領は、ピッグス湾で空爆を認めず、作戦は失敗し、多数の部下が犠牲になった。
責任を取らされてCIA長官と副長官の解任、さらには
CIAを解体することを模索していた。
このことから、CIAの大統領不審感が高まり、暴発寸前だった。
CIAには、アメリカを守るためなら手段を選ばないとする歪んだ正義が蔓延していた、と語るOBもいる。
11月21日、事件の前夜
オズワルドからマリーナに「やり直さないか、明日から新しい暮らしが始まるんだ」と提案してきた。
当日、オズワルドはウォーカー事件と同じライフルを教科書倉庫ビルに持ち込んだとされる。
ウォーレン報告書では、6階から3発撃った、と記されている。
当時の目撃者からは、銃声は別の草むらからも聴こえてきたと証言があったが、ウォーレン報告書には書かれていない。
オズワルドが目撃されたのは90秒後、2階にいたところ。
1階でオズワルドを見たという証言もあったが、ウォーレン報告書からは抜け落ちていた。
オズワルド単独犯だったとしたら、暗殺直後の不可解な彼の行動が納得いかない。
バスに乗りすぐにタクシーに乗り換えたり。
逃亡計画を全く用意していなかった。
曲がり角に来れば迎えが来ると聞いていたのに車一台来て無かった。
彼はハメられたと思った。
1時間20分後、オズワルドは逮捕された。
「カバーストーリー」
特定の人物に濡れ衣を着せるやり方。
暗殺の直後ダラスから800キロ離れた場所から、ダメ押しの一手が行われた。
暗殺の翌日に、オズワルドの横顔「共産主義者で、キューバやソビエトを信仰している」という情報を、メディアにいち早く流した男がいた。
キューバからの移民が多いニューオリンズ。
記事をばら撒いたのは反カストロ団体 DRE。
全米のメディアに送られた記事は、瞬く間に犯人像を作り上げた。
世論形成の背後にCIAの関与があった。
CIAはDREに、毎月の5000万円の大金を提供し続けていた。
DRE ホセアントニオ・ラヌーザ自身がインタビュー
CIAの手のひらで動かされていた。
ニューオリンズで活動していたケースオフィサーの1人、ジョージ・ジョアニーデス。
世論を誘導するプロパガンダを行なった。
こうしたケースオフィサーの上に立つ人物は誰か。
元ワシントンポスト記者ジェファーソン・モーリーはその証拠を固めるための調査を今も続けている。
ウォーレン報告には、オズワルド自身の動機は一切書かれていない。
今回の調査でオズワルドの知られざる言葉が掘り起こされた。
事件の数ヶ月前、スピーチの場で語られたものだった。
「そしてあなたは真実を知り、真実はあなた方を自由にします」これはCIA本部の壁にも掲げられた新約聖書ヨハネの福音書の一節だった。
暗殺から57年、一度機密解除に傾いたトランプ政権は、再びその扉を閉ざした。
CIAはNHKの取材に対し「国家安全状の懸念があるため、一部の資料は公開できない」と回答。
事件の関わりについては認めなかった。
国家権力が今もひた隠す「真実」。
「真実」が自由をもたらす日は来るのだろうか。
世田谷・未解決事件の記事はこちら(2014年12月28日)
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
http://ameblo.jp/miyacar/entry-11970212659.html
では、明日。