↑前回のブログで、私は
自分を愛するとは、
これまでの人生、自分の生き様を"誇り"に思うこと。
と書いています。
そんなこと簡単じゃないと思う人が多いと思います。
自分に自信がないから、
"今の自分に何かの成果を加える"ことで、自信をつけようと考える人がほとんどだと思います。
だけど私はそうじゃないと思っています。
自信がない自分は、これまでの人生、過去の経験から作られています。
だから、過去を書き換える必要があるんです。
私は、その過去を書き換えることで、私を変えました。
過去の出来事は変えられません。
だけど、その出来事の受け取り方、捉え方は変えられるんです。
私は、過去の経験に、ある意味「決着」をつけることで、自然と自分の過去や生き様に、誇りを持てるようになりました。
私の4つの実体験を例にします。
1、高校受験の失敗
私は高校受験の失敗から、それまでの人生がガタガタと崩れて行きました。
ある意味エリートコースから脱線しました。
周りから人が居なくなりました。
「あの失敗がなければ」と、何度悔やんだか分かりません。
もしかしたらこの辛い失敗は、
「私の行くべき道はそっちじゃないよ」
と起きた親切な出来事だったのかもしれないと捉えることで乗り越えました。
2、失恋
「結婚しよう」と言ってくれた男性に振られたことがあります。
当時の私にはとてもショックで悲しすぎることで、なかなか吹っ切ることができない出来事でした。大好きだったから。
だけど、
その人は私には合わない人だから、振られるという形で私から離れてくれたんだ。
と思ってみました。
そしてこの経験は、「もう2度と振られない女になる」と思えたことでした。
もしかしたらその人は、2度と振られない私に変えるために現れた人だったのかもしれない。
実は親切な人だったのかもしれないと今は捉えています。
3、離婚
結婚生活に関しても、どんなに私が努力しても、我慢しても、状況が変わらなかったから離婚を選びました。
努力や我慢しなきゃ保たれない生活や関係なんて、ただ自分をすり減らすだけで、幸せのカケラも生まれませんでした。
「あなたの結婚相手は、努力や我慢をしないといけない人ですよ。それでいいんですか?」
ということを、とことん見せてくれた元夫も、実は親切な人だったんだと思います。
「俺はあなたに相応しくない男だ」と教えてくれてたのに、結婚したから、夫婦だから、子どもが居るからと、その親切に私が気づかなかったんです。
私から振った形で離婚したのに、
夫婦ではなくなったけど、家族として私を受け入れてくれている元夫は、本当は愛情深い人なんだと思えています。
4、母のこと
最後は母のこと。
人と比べたり、自分の理想や常識、世間体を押し付け、前よりずっとマシになったけど、今も私を否定し続ける母。
幼い頃から私の居場所は、家族や家の中にはありませんでした。
だから私は20歳で親元を離れ自立しました。
それまで全く自分に自信が持てなかったけど、自立することで、私は自分で自分を褒めて、認めてあげることができて、自分の居場所を作ることができて、自信をつけることもできました。
私の居場所はここにない
ということを感じることがなければ、ずっと不自由な親元で暮らし、母に否定され続け、自己否定し、未だに自分に自信がないまま、居場所にさまよい生きてたような気がします。
そう思うと、母の愛のない言葉や行動は、実は親切だったのかもしれないんです。
あれから30年以上経っても、言葉の端々で私に失礼なことを言う母です。
「自分が産んだ子には何を言ってもいい」と思ってることが伺えます。
母が高齢になったからといって、私の今の生活を捨ててまで、私は母とは暮らさないほうがいいということを、母は親切に教えてくれてると思っています。
これまでの人生で経験した色々なことのその真ん中には、実は親切が隠されてるんだと、私は捉えるようにしました。
そして、その出来事を肯定できるようになりました。
色々な出来事は私には最善の出来事だったんだと、自分の中で決着をつけ、許すことができました。
そして、出来事の真ん中にある親切は、私に与えられた愛でもあったと捉えられるようになりました。
そして、私の人生はこれで良かったんだと、私のこれまでの人生を肯定することで、
私は私の人生、生き様に誇りを持てるようになったんです。
このメッセージが1人でも多くの人に届き、自分を愛する一歩を踏み出すきっかけになりますように⭐️