今日もひどく暑い、乾いた脳みそがひび割れ寸前の頭蓋骨と二部合唱を始めて、体中に不協和音を配っていく、とてもじゃないが耐えきれない。

 猫マンマ亭の再建を思い立って、早くも何週間過ぎたのか、気持ちは持続しているが、実質的には零のまま、毎金曜日に書き続ける、パトラッシュさんの持続力、その豊富な品揃えにひたすら感服しながら、この異常な気温と、焼きもちの心理的焦げ付きがもたらす、二つも重なり合う熱気に怯えて情けない。

 今現在、我が家はアルツハイマー星人と、呆け星星人と、二つの異なる星から来た異星人二名により運営されており、毎日がシナリオどうりには展開され無い、延々と続く悲喜劇の連続にさらされており発生して事件などはいずれ、猫マンマ亭の酒の肴に提供するつもりです。


 暫くご無沙汰しておりました。興味が変わる、取り扱い能力が老化と共に低下する、しかしあれこれやってみたい事が減るわけでもなく、と言うことは時間ばかり浪費して結果の出ない日が暮れると言う事です。


 今日もこのブログ書くのにどれだけ悩んだ事か、xpから8に変わって、暫くノータッチだったパソコンの操作を忘れていることを思い知らされた一日になりました、迷惑メール56、一般的メール153、消すだけでも大変、間違って楽しみにしているパトさんのを消して慌てたり、このプログ自体を書く書き方がどうだったか思い出せない、やっと書いたのを消したのか、どうしたのか判らなくて、折角の迷文を再現する気力も失せたので今日はこれでお終いといたします。

 12月27日、水彩画教室の夜間授業から腹をを空かして帰宅したら、家内が取り乱した様子で訴えかけてきた、姉の具合が悪いからすぐに来てくれと電話があったと言う、車で駆けつけた姉の家は静まりかえって暗がりに沈みこんでいる、いったん帰宅して心あたりのある病院に電話し、もし不明なら消防の救急に問うてみようかなどと、騒ぐ気持ちを押さえつけながら車を走らせた、そうしながら水彩教室で、では良いお年をお迎え下さいと挨拶を交わし、帰宅後すぐに風呂に入ってビールをと思っていたが、アルコールを飲んでいなくて本当によかった飲んでいたら、この寒い風の中を自転車でと想像すると、ぶるっとふるえが背中を走った、電話で病院が判り駆けつけたら、救急車が引き揚げて行くところだった。


 帰宅して食事をしたのは午前2時過ぎ、最初脳梗塞を疑って心配で眠れなかった、次の日詳しく検査及び医師の診断に立ち会った結果は、老人特有の、水分不足に気付かずお茶などを飲まないために起きた、低血圧から来た症状だから、あまり心配は要らないと言う事で暫く暮れと正月明けくらいまでは入院していなさいと言う事で姉の件は一応収まった。


 ところが28日の朝から自分のあたまの右上部にかつて経験した事の無い偏頭痛が始まり,全身が無気力に苛まれるような状況が発生した、風邪の状態とも異なるようだし、そなると思う事は悪い事ばかり、前月開かれた同窓会であいつも彼女も、ああなったこうなった、呆けた、死んだ、お互い其の歳になった、碌でもない話が弾んだ事が思い出されてげんなり、家内は頑張り過ぎたらいけない、飲みすぎたらいけない、否定ばかり騒ぎ立てる、遂に反発、飲みたい、食いたい、したい事をする、其れが出来ないなら、生きている価値がない、と言いつつ、控えめに飲んで、喰って、出きるだけ寝ていたら今日30日になってどうやら元に戻りつつあるような気分になってきた、やはり風邪だったと思われる、しかしこの二日間は貴重な時間を失って、年末大掃除はできなかった、其の言い訳が出来てよかった、来年は老人と溜まった塵について考察などしてみるか?、生きて居れて良かった。

 呆けたくない、しかし日々進行する脳味噌の乾燥速度をいかに管理するか、其の方法を見つけ出すのがいかにも難しい、身体全体を鍛え、しかも過労にならず、関節炎等も惹起せず、美味いものを適当に飲んだり喰ったりして脳味噌を養う、言うは易く行うは難しい。

 今晩もまた酔いにまかせてそう愚痴っていたら、女房殿ノタマワク、したい事するべき事をして、さっさと死ねばすべてOK、確かに反論のよちもなく、もう一杯だけ飲ましてくれと懇願すれども、乾きつつある脳味噌にアルコールは禁物、水でも飲んでさっさと寝なさい、睡眠が一番呆け頭には良い、との一言、さて明日の朝の、味噌の乾き具合はどうだろうかと思いながら寝た。

 月に一度しか書かないブログなど値打ちが無い、せめて週に一回はと思ってはいるのだが、やはり興味の赴くほうに時間を割いてしまい、結果は?となる、残り少ない時間をどのように配分するかと考えた事もあったがそれも今は虚しい。

 書きたいことは山ほどあるのに、徒党を組まなければ何事もなすすべはなく実現しない時に、何を書いてもゴマメの歯軋り、その他大勢の一人としてひたすらに自己満足に沈み込んで行く。

 選挙(首長、議会)カーがかしましい、投票率がどれほど低くなるのかなんとも気が重い、、まして被害地域の人々の事が気にかかる、それもこれも、どうにも結果に手を触れる事無くトバッチリだけが降りかかってきてもうすっかり磨耗したゴマメの歯軋りに歯茎がぐらついている。

 しかし、週刊誌の売り出し用のあの手この手の、見出しには何時も感心を通り越して呆れてしまう、あのバイタリチーを少し見習ってブログを続けられたらなと思わぬでもない。

 暑すぎる?しかし稲は暑い夏でなければ育たない、土佐の夏は四国では何故か他の三県に較べると日中の温度が一乃至二度ほど低い事が多いそれでも南国土佐と言う事の可笑しさ、所謂海洋性の気候が幸いしての事と思われる、兄の初盆を終えて外に出たとたんに、蒸し風呂に入った、身体中から汗が噴出して止まらない、昔ならウチハで扇ぎ、いくら暑くても墓掃除に行ったのに、今ではクーラーで程よく冷やし、除草剤でかたづけて墓参りなど春秋のお彼岸にしかでかけない、そういえば水凍る正月にも墓参りはしていた、死者を悼む祖先を尊ぶ、その根底には人は自然に恵まれたときに生かされ、自然に疎まれたときに死ぬ、自然に帰った人々に守られて生かされているその思いを持っていたのだと思う、スイッチを入れたら明るくなり、蛇口を捻ったら水が出る、いつの間にか怠け癖のついた身体が首筋を刺し貫いてくる日差しに悲鳴をあげるのも致しかたのない事かなと、車に乗りクーラーをつけて走る、反省だけなら猿でも出きる、今日の暑さ。

 久しぶりに穴から這い出したら、二ヶ月も過ぎていた、雨漏りは2号、直撃と覚悟した6号は徳島にちょい寄り今近付いているのは9号、精出して台風ばかり言い寄ってきてくれる、草茫々の猫マンマ亭に吹き付けてくる風に施主有無(セシュームの匂い)お前を弔ってくれる施主の有無を問いかけてくるみたい、あの人は何時まで頑張るのだろう、秋風は遠く、日差しは首筋を貫いて暑い。

 目を覆うような悲惨な現状を映し出すテレビ、天災プラス人災か、自然の中で生かされている事を忘れた奢りか、まるでこの時とばかりに、書き立てる新聞や週刊誌、なんとも嫌な気分が続いている我が家に、これまた人災としか言えない事態状況が発生した。

 

 政府が、東電が与党が野党がとか数ランク上の話ではない、そんな事にゴマメの歯軋りしている、そのゴマメに降りかかってきた事態は、そのゴマメ本人によって引き起こされたのだ。


 押入れの中に変調を感じてはいた、まーいいかで放置していた、押入れの中にはどうしようもなく乱雑にに服やズボンが吊るされて目線を遮っていた、次に吊るした衣装を掻き分けていて奥の壁に黒い染みが出来ているのを見つけたが何故だと思ったままにした。


 次第に不安になり其の壁に触ってみると張り付けた板がべこべこになっていた、最初に異常を感じてから既に半年以上経過していた原因は雨漏り、其の時業者にすぐに頼むべきだった、言い訳は後から付けられる、年の暮れ、雨も降らず乾いて染みも薄れて、其のうちにと又もや延ばした。


 ついに放置でき無い状況と判断決意した時は既に手遅れだった、其の時から雨が間隔を置かずに降り出した、そして今年の梅雨は測候所開設以来五番目に早い入梅と言う事になった、業者が来て天井裏の板を剥ぎ取ると事も無げに言った穴があいています、でも雨が降れば仕事は出来ません。


 それから其の穴の下に洗濯たらいを置いて、夜も昼も盥の中に敷いた新聞紙がたてる音に怯えながら雨の日を幾日も過ごした、夜中に目覚めるとしとしとピッチャンしとピッチャン、拝み一刀子連れ狼の歌がどうしょうもなく脳内に響きわたり、あくる日の充血した目、睡眠不足が人災の恐ろしさを思い知らせてくれた。


 大詰めは台風2号の襲来だった、業者も気が気でなくシートで覆うかどうするか、シートは強風にあおられたらひとたまりも無いしと悩んでいた、


 責任はこの人災を招いたゴマメの歯軋り本人が取ると覚悟を決め一晩中起きて居て、盥に溜まった水を捨てながら凌ぐと言う事にした、台風は土佐の南をかすめ、雨も夕方には小降りになってくれた、。


 今日五月三十日晴れ間が広がり、業者が朝早くから来て穴を塞ぎ、割れ目の生じた屋根材を張り替えてくれた、これでひとまず歯軋り人の招いた人災は凌げたが何時も何時もこうはいくまい、喉元過ぎればなんとやら、心して想定外などと言わず、成すべき事はまず先にしておけとこじゃんと(たっぷり)思い知らされた。

 お疲れさん、車の窓越しに覗き込んだら上は鈍い反応、下は眠りこけている、扉を開いてまず上の子の顔を掌に挟み込んで揺さぶったら、やっと億劫そうに笑ってくれた、其の気配で眼を覚ました、下が焦点の合わない眼差しを向けてきて暫くきょとんとしていたが、やっと判ってにたりと笑った、嫁がすまなさそうにかなり疲れていますのでと言訳をする、それはそうだろう、この子達にとって普段は大変楽しい母親の里、爺婆があらゆる歓待をしてくれる普段とはまるで異なった雰囲気での数日間だったのだ、生まれて初めての身内の葬儀への参列、告別式でかしこまって座り、身動き出来ない時間をを過ごす、周囲の雰囲気に身をかたくして、坊さんのお経をきかされる、二人の緊張した姿を後ろから眺めながら何とか姿勢を保っている姿に、爺の方が緊張した事だった、焼香する私に気付いてにっこりした二人の顔のやれやれ感、全てが終わって過ごした後の二日、その二人してのどんちゃん騒ぎが眼に浮かぶ向こうの爺婆jはさぞかし疲れたことだろう、今日はゆっくりとおやすみ、二三日したら、今度は此方の爺婆が揉み苦茶にされるまでお相手しに行ってあげるから。

 一歩一歩、楽しみも悲しみもその意味が身に滲みてやがて二人がしっかりと独り立ちできる日が来るまでは生きて居たいとは思うけれど、さてそればかりはどうにもならない、それのしてもお疲れさんでした。


 言葉が無い、何か言おうとしても直ぐに涙ぐんでしまう、想定外では済まされないとは思うがかと言って誰を非難してもせん無い事、同じことが30年以内で発生率60パーセントの土地にしがみ付いて生きている、直ぐに死にたくは無いが、二度もの経験もしたくない、前回は11歳さて次はと言う嫌な気持ちを捨てきれない、明日は我が身しかも確実に。


 選挙が始まっている、県会、市会、続いて知事、市長、早速無責任な言いたい放題が始まって来る、お願い致します、頑張ります、皆様と共に歩みます、手を振って、絶叫して、終わったら、頭を下げた分だけそっくり返り、お願いした分の元手を取り返し、etc,etc 言った事はさらりと忘れて、こう言ってしまうと、身も蓋もないけれども、其れを選んだ責任が我が身に降りかかるのを、貴方も私もどうして何時までも気付かないのでしょう、我が身のレベルに合った議員と政府しか頭に頂くことは出来ないそうですが、それでも棄権だけはしないでください、貴方の棄権は私達の危険の発生原因になってきます、僅かに紙切れ一枚その紙切れが積もり積もって、真面目に義務を果たしている人々の頭上からどさりと落ちる、他人を傷付けないために、投票する責任を果たしてください、そうです今更何おか言わんや、入れたい奴が居ない其の気持ち解らないことも無いではないのですが