トラウマですよ、正直言って今でも。
昔々、私の高校の同級生Aが飲食店を開店しました。
その時私は、彼女のお店のロゴ、看板、チラシ、メニュー作りを。
お店の開店祝いとして、それらのものを全部プレゼント。
ええ、お代はいただきませんでした。
現在の私なら100万円位いただく仕事量です(笑)
Aの知人には私以外にも絵を描く人が数人いて、
開店のお祝いで絵をもらう事もしばしば。
実際のところお店の雰囲気やらデザインやらコンセプトがあるので、
絵をもらってもイメージに合わない。
飾るのに困る……
というのが店主である同級生Aの本音でした。
その事を何度もAが言うので、
思わず私は彼女に言いました。
「じゃあ、私が絵を何か描こうか?」
Aの返答はキッパリしたものでした。
「要るものを描いて」
要るもの、つまりメニューとかチラシとかポップとかの絵の事です。
彼女が必要とするものだけが欲しい、というもっともな意見です。
しかしこの台詞、私の耳には見事に変換がかかって聞こえていました。
「みやの絵はいらんねん」
それがきっかけというわけではありませんが、
私は自分の絵にアート性を求めていません。
私らしさ、私独自の
そんなものはクライアントに要求されていません。
ちょっと前までの真実として
「イラストレーターの○○さん風で宜しくお願いします」
というオーダーの入り方をしていました。
そして実際に○○さん風に描けてしまう訳ですから、
依頼主からすれば私はかなり便利な職人だと思います。
あらゆるパターン、タッチの絵に対応できていましたから。
これは絵の仕事を承けるのに、
とても大きな武器になりましたが
逆にとても大きな欠点にもなりました。
大手企業の部長さんと打ち合わせをしていて
「みやさんって、絵を何でも描けるね〜。
どれが本当のみやさんの絵?」
返答に少し困りました。
自分が無い
自分らしさが無い
だって私らしさなんて意味ないでしょ。
だって、私の絵は誰も要らないじゃない!
誰からも必要とされて無いじゃない!
読者の方には良くお分かりかと思います。
どれだけ私がイケてなかったかと言う事を。
未だにポロッとこの考えが出て来てしまいます。
小さなトラウマですね。
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