声と共鳴 | 漫画家みやの【才能を爆発させる】秘密の発火装置

漫画家みやの【才能を爆発させる】秘密の発火装置

「表現する」「人に伝える」を考えるスペシャルコース
例えば絵は、雄弁に語る。
それは言葉とは違う声。
絵には人を動かすパワーがある。

子供の頃は自分の声がとても嫌いだった。野太いというか低いというか、そういう自分の声が。

ある日、自分が聞いている自分の声というのは、第三者が聞いているもものとは違うと学校で習った。なので自分が思っている程汚い声ではないかもしれない、そういう期待を持ったりもした。
しかし中学に上がった頃、知らないクラスメイトに「変な声」だと言われた。ことろがこの頃になると逆に「良い声だ」という意見も出てくるようになった。つまり、やはり私の声はどこか変わっているようだ。

いつの頃かは定かではないけど、ぼんやりとテレビを見ていると「普段の話声が1オクターブの共鳴を起こす人がいる」という話を聞いた。作家の藤本義一さんなどがこれに当たるそうだ。ひょっとして私もそうなのかも…と思ったが、それを追求する程の感心もなかった。

私が23、4才の時だったろうか、あまり覚えてはいないのだが、父が亡くなった。気が向いたのでお通夜には出た。そこにはほとんど私とは縁のない、父の兄弟や血の繋がらない息子などがいた。するとそこに発見した、共鳴する声を持つ人物を。ということは、どうやら私の声はこの血族の遺伝のようだ。

父が亡くなって10年程過ぎ、図書館である本を見つけた。声によるヒ−リングについて書かれた本だった。CDも付いていて、そのヒ−リング効果を体感できるような書籍だった。そこで知ったのは、人は意識的に「声を共鳴させる、倍音を出す」ということが比較的簡単にできるということ。思えば声楽で歌われるようなクラシカルな歌い方は、そうではないか? おそらくオペラ等の歌は実際に聴くと音の共鳴、バイブレーションも込みで楽しめるように出来ている。

私の声が少し変わっているということに、全く気付かない人々もいる。私の連れ合いなんかもその1人だ。低いとか、変とか、なんの感想も持っていないようだ。きっと大部分の人が、私の何かに感心を寄せたりはしない。声についてもそうだろう。

だが、私の声が平均のものよりほんの少し変わっているというなら、私はこの声を使って何かしてみたい。そう、ほんの時折考えるのだった。