”今の宗教団体ってややこしいという話。” | 紫微斗数(しびとすう)と 易占 宮立命/宮巫女 Miya_ritumei/Miya_miko

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社会に出てから何故か巧くいかない。職場で浮いてしまい馴染めない。皆んなと同じように出来ない。何故か周囲から嫌な思いをさせられる。こんな経験はありませんか?

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「天音さん」のブログ拝見しました。

本当にごもっともです。

 

私も20歳代から親の影響もあって、幾つかの宗教団体に入信したことがありました。

すでにブログでも書かせて戴いていますが、幼少期から貧困、家庭不和、やること成す事、何もかも上手く行かない人生でスタートしていましたから、神仏にすがる気持ちは大きかったです。

 

小学生の頃の記憶では、親父がある〇〇学会に入信したら、大勢の複数の会員が家に押し掛けて、家の仏壇からご先祖様の位牌を庭に持ち出し、山のように積み上げて火を付けようとしました。

 

焚き火じゃああるまいし、怒った親父と〇〇会員たちと取っ組み合い。

それを見ていた幼い私は恐怖に慄きました。

それ以来、〇〇と聞くと恐ろしいイメージしか湧きません。

 

それが今の日本の政治を・・・いる

 

 

親父はその後、学会を辞めてずっと長い間、無神論者を通していました。

 

私が結婚した頃、今度は親父は〇〇理教に入信しました。

そして熱心にお務めをして毎月の定例会にも、近くの教会に足しげく通いました。

あまりにも熱心に成り過ぎて、今度は本部の有る天理市に通いたいと言い出しました。親父は山梨県に住んでいましたから、天理市となると関西ですから大変です。私が何回も自動車の運転をして一緒に同行しました。

 

親父は命宮に【化忌】で自化忌(D→)が三個もあります。

さらに自化科(C→)も三個です。どちらの自化も少ない方が良いか、ゼロの方が良いです。自化忌(D→)も自化科(C→)も、数が増えるほど、どんどんマイナス思考になります。

 

親父は幼少期からきっと悲観的な人だったと思います。

私が物心ついた時には、親父は悲壮感いっぱいの人でした。

 

親父の免許証の顔写真がこんな感じ、今でも大切に保管しています。

人相は人生を表すということで、人相学、観相学が有る訳ですね。

 

親父は幼少期から散々の人生でした(過去ブログに掲載)から、心の救いを信仰に求めたと思います。

 

親父と天理市まで何回も同行し、教会に行く時も送迎をしてあげました。

その結果、私までも〇理教に興味を持ち始めて、ついには私の家(嫁さんと住んで居る家)に〇理教の神棚を作るまでになってしまいました。

そして私までもが入信してしました。毎月、地区の会長先生に来て戴き、月並祭(つきなみさい)を自宅で執り行いました。

 

私は官禄宮に【化忌】と【化科】ですから凝り性です。

やるなら徹底的にやらないと気が済みません。

 

凝り性は更にエスカレートして、天理市の本部の職員に成りたいとまでなってしまいました。

当時の私は脱サラして頑張っていたけど、思うように行かず貧困で家族も貧しい生活をしていました。

そんな時に入信したので、欲を捨てて自然のままに生きるということに、物凄い憧れや安らぎを感じました。

 

しかし、どんな宗教も入信すると「ノルマ」が課されました。

お布施のノルマ、会員を増やすノルマ、布教のノルマ、教会に集うノルマ。

これじゃあ、自営をしているのと一緒だああ~、となったのです。

 

そして、それらのノルマに追われて奔走しても生活など一向に良くなるどころか益々貧困にはまってしまって行きました。

 

愚痴を上級会員に言うと、ならば会長先生に祈祷して貰えばご利益があるということで、祈祷を何度もして戴きました。

 

しかし、何のご利益も無く、30歳代の後半で倒産、離婚となっていったのであります。

 

今になって思えば、そもそも基本的な考えが間違えていたということでした。それは紫微斗数のことが解るようになって悟ったことでした。

 

 

日本には素晴らしい信仰が溢れています。

何処の宗教にも教祖様と云われる偉い先生が居られます。

そして、何処の宗教にも、初めて立教(宗教を創業)された教祖さまの伝説や神話があります。人間離れした力を示されたり、不思議な能力により、不思議な現象を起こしたり、人助けをしたという逸話があります。

 

確かに立教された教祖さまには、そのような不思議な能力が与えられたり、持って生まれていたと思います。

 

 

しかし、その教祖さまが亡くなった後に、後継の会長先生などに、同じ能力があるのか? ということに成りますと怪しいと私は思います。

教祖さまの遺された教えや導きを後世に伝えて、世の人々の救いを行うなら良いのですが、怪しい能力が自分にも有るかの如く振舞う輩は、如何なものかと思います。

 

 

宗教は幾らお金が入っても税金が一切掛からないという優遇された環境があります。そして困っている人を救うと言いながら金儲けを企む輩も居ることは事実です。占いも一歩間違うとそう成りかねません。

ただ、占いは税法上まったく優遇などされません。

非科学的ということで確固たる地位も得られないような分野です。

 

でも、宗教も非科学的ですが、確固たる地位を法律上も得ています。

これは物凄い金が集まるからです。

金が集まる所には、いろいろなものが集まります。

金に群がるものと言えば、ロクなものじゃあないことも多い訳です。

 

ですから、今の日本の政府、政治には金の亡者が群がっている訳です。

その彼らが更に金儲けが出来るように、宗教は優遇されていると説明したら分かりやすいでしょうか。

 

 

 

今の宗教は名前ばかりが「宗教」ですが、中身は能の世界ですね。

 

能って面白そう・・・

 

 

人物: 能面をつけた主役は幽霊の設定が多い。