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ちゃんと体裁整えよう、と思うから、なかなか読書ペースに読書録が追いつかない、、

いいんだ、備忘録だもの。
必要なとき、ふとしたとき。
ここに書いたキーワードをヒントに、急にシナプスが活性化して何かを思い出したり新鮮な気持ちになったり出来たらいい。

「身体のいいなり」の内澤さんの本2冊目は読後、時間が経過していて、すでに記憶が曖昧、、、
とにかく捨て続けたご自身のエピソード。
今風に言えば断捨離。だけど、ここもまた内澤さん、突き抜けてる。まず手をつけたのは夫。夫を断捨離。

極めつけの膨大な本のコレクションを手放すエピソードは、壮大なストーリーになっていて、多分実物を前にしたら圧倒される量だろうな、と想像するけど、実際、想像を絶する量だろうと思う。

そして、手放したコレクション達を振り返り。
そもそも、捨てる必要なんてあったのだろうか。
一時の感情で突発的な行動、それも派手にやらかしてちょっと、いやかなり後悔…そんな様子です。

へぇ、そういうものかと意外に思ったけど、やはり本当の断捨離は痛みを伴ってこそ、という気もする。
気持ちいいだけじゃない。
10捨てたうち、1は、しまった、捨てなければ良かった…という後悔あって自然だろう。
何でもかんでも捨てればスッキリ、終了という考えでは、気づけばまた無駄なものに囲まれていそうだ。
実際、これ要らなくなったらメルカリで売ればいいやっ、て思って買ったことある…
ものの価値やありがたみを感じなくなったら、それこそ本末転倒。

印象的に残ったのはやっぱり、トイレットペーパーの断捨離。東日本大震災後に、オイルショックばりに世の中からあっという間にトイレットペーパーが消えた様子を、内澤さんは冷めた目で見つつ、もう二度とトイレットペーパーに振り回されるのはごめんと、やめてしまった。そう、トイレットペーパーと縁を切る。
どうしているかというと、じょうろで手洗い、タオルで拭く。えーっ!?と思ったけど、中東の国では今も普通のこと。日本だって江戸時代くらいまでトイレットペーパーなんて無いわけだから、今のトイレ事情はせいぜい100年やそこらの一般常識なのでしょう。
常識なんて場所と時代を限定した、ある一点に生きる人達の共通認識とかルールで、そもそも限定モノなんだ。常識も、度がすぎると世界が見えなくなる。
思い込みって怖い。

それにしても内澤さん、逞しいな。
私は、一度手にした楽を安易に手放せない。
せめて天変地異の一大事が起きても、トイレットペーパーごときで死ぬの生きるの騒がず、ましてや、買い占めなんて愚行に走らないようにと心に留めておく。

これでもかとトイレットペーパーをかき集めて抱き抱えている人間をイメージしたら残念すぎる。
文明の進化が嘆かわしくなるレベル。

この間。にこたまの、まだ新しい駅ビルのトイレを出たところで「私、この辺りだと高島屋かここしか使わないことにしているの〜。」と近くにいたオバサンの大声が流れてきた。クリーンなトイレじゃなきゃだめだって話だろう。
この本を思い出した。
いつか天変地異でトイレットペーパーが世間から消え、あのオバサンがパニックの挙句に生きることに絶望したりしないといいな、って。…意外にケロっと逞しく生きていそうな気もする。