タイトル通り、他人様から見たらめちゃめちゃ甘ったれた内容の文章だと思いますので、不快だったら、そっと閉じてくださいね。

「だったら、書くなよ!」という感じですが、この3ヶ月、ずっと、思い出しては悲しくなり、そんな自分を反省しては、また思い出して悲しくなりの繰り返しで、前へ進めず、もう、この際書いて、区切りをつけることにしました。

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以前、限定ブログで書いた友人Oちゃんとのことです。
(Oちゃんは大切な友人だし、これからもずっと仲良くして行きたいと思っています。それでも、些細な言葉が心に引っかかってしまう、心の貧しい私です。)

Oちゃんは、私の1年半くらい後に、同じ卵巣がんの同じステージになりました。
友人として、不安や辛い気持ちに出来るだけ寄り添いたいと思ったし、病院は別ながら、たまたま点滴の日が同じときは、お互い暇つぶしでLINEしたり、愚痴を言いあったり、励ましあったりして来ました。

ただ、いつも心に引っかかっていたことが有ります。それは、Oちゃんががんになってからずっと、事ある毎に「うらやましい」「うらやましい」と言われ続けたことです。

最初は、Oちゃんのステージがわかる前から、「最低でも私は、mimamodaちゃんと同じか重いと思う。」から始まりました。

Oちゃんにアレルギーが出てアバスチンを使えなかったときには、「mimamodaちゃんはアレルギーが無くて良いよね!」と言われました。

「私も、子供の頃からアレルギー体質で、喘息、鼻炎、じんましんに苦しんできたし、造影剤検査や新しい薬を使う度に不安だった。幸い、アバスチンを中止するようなアレルギーは出なかったけれど、副作用は有る。今は、いろいろな治療法があるから、先生も他の選択肢を示してくれると思う。」とは言いましたが、伝わらなかったようでした。

それからは、Oちゃんの使えないアバスチンの副作用に関する愚痴は言わないようにして来ましたし、リムパーザの副作用についても、これから使うかもしれない薬に対して、先の不安を持たせてしまってはいけないと、あまり深刻には言わないようにして来ました。
しかし、そのことで、Oちゃんに、「自分ばかりが辛い思いをしている。」と思わせてしまったようでした。

やがて、Oちゃんも、ゼジューラで維持療法が始まりました。すると、動悸息切れ頻脈が出て、夜も眠れなくて、とても辛かったらしいのです。

そのとき、
「マジで私みたいになってごらん。めちゃめちゃめちゃめちゃ辛いから。」と言われました。
この言葉を「友人」に言われたことで、恥ずかしながらメンタルやられました。

私は、「他の人には同じ思いをして欲しく無い。」と思い、「元気になったがんの先輩を見て勇気をもらえる。」と思っていたので、全ての人がそうではないのだということに、傲慢にも、思いが至らなかったのです。

「私の場合、最初の6ヶ月のTC療法の3〜6クール目辺りまで、動悸息切れ頻脈がひどく、脈拍は120くらいあったし、眠れない症状は出なかったものの、介護中だったから、事実上眠る時間が無かったので、眠れなくて辛い気持ちもわかる。」と言いましたが、伝わりませんでした。

「同じステージでも、全然違う。mimamodaちゃんは順調、私は標準的では無い。」とも言われました。

動悸息切れ頻脈は、私の場合、先生に貧血のせいだと言われて、『抗がん剤が終わって貧血が良くなれば改善するだろう。』と言われたので、それまで頑張ろうと我慢したのですが、「我慢できたのだから、同じ脈拍でも、体感が全然違うと思う。」とも言われました。

母の介護中からの習慣で、食事のとき、生物は避けていましたが、それも「mimamodaちゃんは、休薬にならなかったのだから、貧血も無いのだろうから、感染症気にする必要も無いんじゃない?」とも。

「私も、休薬にならない程度の貧血は有るし、ウチの先生は、他の先生が3週間1クールとすることが多い中、4〜5週間1クールとしているので、普通に3週間目で点滴が出来なくて、1〜2週休薬する人もいる中、4〜5週目に回復していたとしても、3週間目に検査していない私の血液の状態がそのときどんなかはわからないし、喘息や高血圧などの基礎疾患も有るので、やはり、感染症には、気をつけたい。」とは伝えましたが。

半年間話して来て、わかったことは、私が元気そうにしていても、Oちゃんの一年半先の希望にはならないし、私が辛そうにしていたら、「そんなことくらいで辛いなんてうらやましい。」と言われるし、「自分はもっと辛いことになるかもしれない。」と思わせてしまうのだろうなということでした。

少し前にがんサバイバーになった人が、元気にしていることが、私には希望だったのですが、考え方は人それぞれで、そうでは無い人も居るということに気づけず、『私も生きているだけで誰かの希望になれる』なんて、思い上がっていたのかも知れません。

あー、客観的に見たら、友人なら、まして、少し先にがんになった友人なら、どーんと構えて、受け止めなければいけないことですよね。
ホント人間が小さい私。



アナウンサーの笠井信輔さんの本には、「私の家族は同じ病気で死んだのに、何故あなたは生きているんですか。」という手紙をもらったことがあると書いてありました。


私だったら立ち直れませんが、笠井さんは、それでも、そんな手紙を出した人に寄り添った言葉を書いていました。

笠井さんの足元にも及ばないけれど、私も、そんな懐の深い人になりたいです。

が、人間が出来ていないので、今のところ無理かも汗うさぎ

もう少し続きます。(筆が遅いので、間あくかもですが。)

クローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバー

今日も皆様が、小さな幸せを見つけられますようにクローバー