遠藤周作が作った言葉であろう。
「善魔」

もちろん、「悪魔」に対する「善魔」である。

「私は、悪をやることも実にムツかしいが、
 逆に、善をやることもかなりムツかしいと考えるようになった。」

「私のような小人物には、大悪をやるには努力と勇気がいるものだから、
 今日まで小悪は積み重ねても大悪には、手を出さなかった。
 小心、臆病も役に立った。」

「しかし、逆に善いこととなると、それは意外と努力なしに感情だけでやれるもの だ。
 しかし、感情につき動かされて行った愛なり善なりは、相手に
 どういう影響を与えているか考えないことが多い。」

「善や愛が、相手にとって有難迷惑な時だってある。
 それなのに、当人はそれに気付かず、
 自分の愛や善の感情におぼれ、
 眼くらんで自己満足している。
 こういう人を「善魔」という。」

「原因は二つ。
 ひとつは相手の心情に細かい思いをいたさなかったこと、
 もうひとつは自己満足のあまりに行きすぎてしまったこと。」

「だから、過ぎたるは及ばざるがごとし、とは明言である。」

『生き上手、死に上手』より



まずは、このレベルまで善は行えないので、
私には、まず、善を行うことが先である。

ただ、愛に関しても当てはまるのなら、
人を愛することも相手の気持ちを考えなければ
相手にとって迷惑な場合もあるわけだから、
「善魔」になっていたかもしれない。

愛が悪いということはないので、
一方的な愛に行きすぎがちになる傾向にある。


ただ、愛と恋とも違うので、
一方的な思いなら「恋」で、「愛」ならもっと深いはず。
相手に迷惑になることは、普通はない。

ここで重要なことは、「愛」であっても
過ぎたるは及ばざるがごとしだということである。
12月28日の日記から

今は、遠藤周作を読んでいます。

尊敬する小説家フランソワ・モーリヤックの最後の策『ありし日の青年』に、次のような言葉もある。

「・・・・」

この言葉を読んだ時、思わず「これだな」と思った。
私が会得したものがそのまま、そこに書かれていると知ったからである。

ひとつだって無駄にしちゃいけない・・

と言うよりは、我々の人生のどんな嫌な出来事や思いですらも、
ひとつとして無駄なものなどありはしない。
無駄だったと思えるのは我々の勝手な判断なのであって、
もし神というものがあるならば、
神はその無駄とみえるものに、
実は我々の人生のために役にたつ何かをかくしているのであり、
それは無駄どころか、
貴重なものを秘めているような気がする。
それを知ったために、私は「かなり、うまく、生きた」
と思えるようになった。

『生き上手 死に上手』より


遠藤周作の言う通り
「無駄」だと判断しているのは、
人間である自分自身ですね。
神は、そこにも人生のために役立つ何かをかくしている。
思う通りに行かないことが多いが、
その中にも貴重なものを見出すことができるはずである。
その前向きな受け止め方ができれば、
きっと、これからの人生は、
今まで以上に豊かになるかも。

そうなれば、遠藤周作と同じように
「かなり、うまく、生きた」
と思えるようになるかもしれない。
12月28日の日記から


いわゆる人生における成功者の言葉。
何を成功と言うかは、いろいろあるでしょうが、
日本中の方が知っている、ジャネットたかたの社長さんは、成功者でしょう。


私も、もう、若くないので

「何をするにも人生で手遅れなんてことはないのですが、1つだけ言いたいのは、どんな挑戦でも、やるなら今すぐ始めましょうということです」

が、心に残りました。



「人生の心得」名言集~ジャパネットたかた
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1452933&media_id=107

「『できない理由』なんて何一つない。どれもやれば、『実現可能』だと思うんです」


 テレビショッピングでおなじみの、ジャパネットたかた・高田明社長。ゼロからのスタートで今の事業を築きました。テレビでは聞けない、高田社長の名言をご紹介します。まず今回は、「人生の心得」編です。



    *    *    *    *    *    *    *



 高田明社長がジャパネットたかたを創業したのは37歳のとき、長崎県佐世保市の小さなカメラ店としてスタートした。1990年に地元のラジオ局から誘われたのをきっかけにラジオショッピングを始め、1994年からテレビショッピングにも乗り出した。以来、テレビなどの家電製品を中心に商品を選び、自社のスタジオで番組を制作し、全国の視聴者を引きつけている。



 ジャパネットたかたがテレビショッピングを始めた頃、同じビジネスに乗り出す会社はほかにも次々と登場していた。その中には、いまでも堅実に事業を続けている会社もあるが、倒産して消えていった会社もある。通販市場は、拡大を続けていると同時に、競争が激しい世界でもある。その中で、ジャパネットたかたが成長を続けてきた要因は何かを突き詰めていくと、それは高田明社長の人生観を抜きにして語れない。



 高田社長は、「あなたは他人に対して劣等感も優越感もない珍しい人ね」と奥さんから言われたことがある。いつも全力を尽くし、後悔しないようにすることを徹底しているが、その結果を他人や他社と比較しない。そんな高田社長が「人生」について語った言葉を以下に紹介しよう。



◆「できない理由」なんて何一つない。どれもやれば、「実現可能」だと思うんです。



(テレビ番組制作の経験がないのに自前のスタジオを作って自社制作を開始)



◆何をするにも人生で手遅れなんてことはないのですが、1つだけ言いたいのは、どんな挑戦でも、やるなら今すぐ始めましょうということです。



(高田社長がテレビショッピングを始めたのは45歳のとき)



◆どんなことでも、自分でダメだと思っているうちは、ダメなままなんですね。ダメだと思いながら惰性で仕事を続けていても、楽しくはない。そうした場合は、ダメじゃなくする方法を考えて、一歩ずつでも理想に近づけていく。それが夢を実現できる人間になるための第一歩なんだと私は思っています。



(人生も仕事も前向きに少しずつ進んでいく)



◆周囲の誰かと自分を比べても優越感や劣等感が生じて疲れるだけで何の得にもなりませんが、昨日の自分と比べると自分の成長につながります。そう、「他の人より上」でなく、「自分史上最高」を目指せばいいのです。



(横並び意識を捨てる)



◆苦言であれ、ほめ言葉であれ、他人が意見をくれるのは、あなたのことを部下として、ライバルとして、同僚として認めてくれているからです。聞き流したり必要以上に落ち込んだりせず、なぜその人がそんなことを言うのか、冷静に考えましょう。人間が一回り大きくなりますよ。



(他人から批判されたら、カッとしたり、聞き流したりしないで、チャンスと思う)



【お知らせ】
『ジャパネットからなぜ買いたくなるのか? 一番売れた生放送の秘密』(荻島央江著)日経BP社の『日経ベンチャー』(現・『日経トップリーダー』)、『日経ビジネスアソシエ』、『日経ビジネスオンライン』などに掲載された高田社長のインタビュー記事を集大成。話し方や見せ方など「お客様に想いを伝える力」、どんなときでも全力を尽くす「仕事に取り組む姿勢」などについて、高田社長が語り尽くす。

12月27日の日記から

『ソウルメイトの不思議』という本を読んでいます。
ただ、一時中断しました。
著者は、精神科医さんですので、内容は正しいだろうと思いました。

しかし、子どもは親を選んで生まれてくるとかありますので、
なんだか信憑性に不安が出てきたからです。

そもそも、子どもの魂が親を選んで生まれてきたというのであれば、
命の数が計算に合わない?
過去の人間の魂の数より、今の人口の方が多いような。
どれくらい過去までさかのぼるかですね。

『ソウルメイトの不思議』主婦の友社 2005

まず、確認です。

ソウルメイトの意味

「運命づけられた2人の出会い」

ソウルメイトの種類

(1)ツインソウルとしてのソウルメイト

性格がまるで違うことが多い。
たとえば、イギリスのダイアナ元妃とマザー・テレサ
ダイアナ元妃の美しさとパワー、マザーテレサの愛と知
この2人が出会ったのも、人生のしくみなのだそうです。

(2)人生のパートナー

偶然のように出会い、結ばれていくのも
魂の歴史からひも解けば、不思議な人生の意味が隠されているのだそうです。

(3)魂の宿題の相手として

今回の人生で解消したい感情がお互いに残っている場合に、親子関係を選択するようです。


具体例で見てみましょう。

1 イエスとマグダラのマリア

筆者の出典が、ダン・ブラウン著の推理小説『ダ・ヴィンチ・コード』なのが不安。

マグダラのマリアは、マグダラという地方に住んでいた娼婦と伝えられているようです。
イエスの妻がマグダラのマリアで、娘サラがいたこと。
この子孫が生きのび、イギリスにその子孫がいたとのこと。

レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」は、
1996年の修復で、イエスの左隣の人物は、ヨハネではなくマグダラのマリアだという。
夫婦同然だった2人の関係を認めなかったのは、ペテロだった。
ペテロは、教会を広めるために、イエスを神格化する必要があり、
夫婦だったことを隠すことにする。
マグダラのマリアの存在が邪魔になり、弾圧する。
ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」で
マリア(ヨハネ?)ののど元を鋭い手の指で脅しています。
反対に手には、ナイフが握られている。

そのペテロがバチカンにはじめて教会を設立した。

「ダ・ヴィンチ・コード」によれば、
イエスはソロモン王の末裔、マグダラのマリアも王家の血統で、決して娼婦ではなかった。

このあたりは、真実のように感じます。
「娼婦」という部分は、悪意を込めて、意図的に陥れている感じがします。
さすがにイエスと接点があった女性だったのなら、
「娼婦」ということはないのではないかと。


このイエスとマグダラのマリアは、ソウルメイトの代表だそうです。

(これって、キリスト教の信者さんから見たら、邪道だよね?)


2 楊貴妃と玄宗皇帝

楊貴妃は、美女の誉れ高く17歳で、玄宗皇帝の息子の妃になります。
(なに?むすこ?ということは、息子の嫁を妃にした)

玄宗が56歳のとき、最愛の妃が40歳でなくなります。
その妃に似た人がいると紹介されました。
(息子の嫁にも会っていなかったということ?)

息子から妃を取り上げるのもまずかろうと、
まず、道教の尼にして、4年後に結婚する。
玄宗61歳、楊貴妃27歳でした。
34歳の年の差です。

玄宗は、芸術肌の人で、音楽、舞踏に関心が深かったようです。
楊貴妃も、あらゆる楽器を自在にこなし、飛ぶように舞い、歌声も天下一品だったそうです。

筆者によれば、この2人も、ソウルメイトだったそうです。

(単に、玄宗が好色だっただけではないかな)


○zeroの感想

オシドリ夫婦とかは、みなソウルメイトになってしまうのでしょうか。
今は、どこまでが正しいのかという疑問が残るので、
これ以上読むのは、お休みします。

気分が、魂の世界に接近した時
また読んでみましょう。
12月27日の日記から

知的タレントとして私も好感を持っていた麻木久仁子さん。
不倫報道ですから、大人の世界です。
詳しくは語りません。

記者会見で出てきた、
「優しい嘘」と「残酷な沈黙」
には、深みを感じます。

恋人を気遣う男性の「優しい嘘」
妻を気遣う男性の「残酷な沈黙」

知識人と言われる方々の会見ですから、
出てくる言葉も、重いですな。

相手を気遣う「優しい嘘」は、時には認められるでしょうね。
その嘘によって、マイナスの真実を知らせない嘘。
それに比べると、「残酷な沈黙」も
相手への気遣いには違いありませんが、
その沈黙によって、マイナスの事実を知らせない沈黙。
嘘をついてまでの能動性は感じられず、
冷え切った関係を想像させられます。

男性が選んだ相手が逆だったら、逆になったのでしょうか。


「優しい沈黙」と「残酷な嘘」


「優しい沈黙」は、マイナスを知らせない沈黙というよりは、
現状がプラスなので、マイナスを知らせない沈黙のような感じです。
また、「優しい嘘」よりは、静的な印象がします。


「残酷な嘘」は、マイナスを知らせない嘘というより、
嘘をつく側の能動性が、さらに強調されますね。


だから、
「優しい嘘」と「残酷な沈黙」だったのでしょうね。



12月26日の日記から

26日の今日は、聖歌隊のクリスマス礼拝でした。

会場の教会に行く前に、F先生の日記で、
ちょっぴり予習をしました。
それは、クリスマスは、25日だけではないということです。

それが、私も素朴な疑問だったのです。
25日にもクリスマス礼拝をやり、
26日にも、クリスマス礼拝をやるからです。

土曜日に来られなかった信者さんのためかなあ
くらいに考えていました。

この話題が、実は今日の礼拝の中の説教で出てきたのです。
そこで、予習をしていった私は、
「フムフム 知ってる知ってる」
となったわけです。

今日の礼拝は、午前中なので、
イヴ礼拝のような、幻想的なものではありません。
でも、厳粛な式典でした。

まず、教会に一歩踏み入れたら、
F先生が、クリスマスプレゼントをくれました。
言い換えれば、プレゼントのお返し?をくれました。
聖歌隊のみなさんで送ったプレゼント
への感謝の気持ちだそうです。
お手製の○○○○でした。
心があたたまる、今日のスタートでした。
F先生は、今日もその服で来てくれましたよ。
心遣いを感じました。


さて、聖歌隊は、壇にのぼらず、
一般の信者さんと同じ長椅子に座っての参加でした。

式文はあるのですが、なぜかセリフが違います。

イヴ礼拝の式文ではないから?
いや、あっています。

ページを見たらバラバラ?

1枚1枚きちんとファイルにとじ込んでいました。
実は、紙を10枚くらい重ねて真ん中でおり、
その状態でページがうってあるのです。

わかりますかね。

たとえば2枚で考えましょう。
(zeroのよくわかる説明講座、池上彰さんのつもり)


2枚の紙を重ねて半分に折ります。
そして、ページをつけていくと、
下の紙には、1278ページがあり、
上の紙には、3456ページがあります。
それを順に開いて行くと、12345678の順になります。

その2枚を重ねないでバラバラにしてファイルにとじれば、
1278ページ、3456ページの順に出てくるのです。

そこで、私は、混乱したのです。


タイトルはあっているけど、中身が違う?
あるいは、ぬけたページが多い?

ページのトリックに気づくのに
少し時間が必要でした。
(このトリックを、無意識にしかけたのも私です)

まもなく気が付き、
慌てて式文を正しく直しました。


司祭様のありがたいお言葉も聴き、
無事終了です。


そのあとは、祝会でした。
教会の規模、信者さんの人数がちょうどいいので、
家庭的な雰囲気の教会です。
信者さんは、みな穏やかな感じの方たちです。

そこで、昼食を兼ねての祝会に参加させていただきました。
お料理も手作りで、うれしいですね。
日ごろ、出来合いのお惣菜などで食事を済ましている私にとって、
手料理は本当にうれしかったですね。

心もおなかもあたたかくなりました。

途中で、ひとり一言のマイクが回りました。
40名くらいはいますので、
簡潔に言うことがマナーですね。

お話が好きな方は、7~8分使っていました。
どんなにいい話でも、長いとまわりが聴かなくなりますね。
あいさつは、簡潔にです。

そこで私は簡潔にまとめました。

「まず、聖歌隊の○○です。
 (牧師様は、幼稚園の園長さんでもあるので、
  あいさつでは、公立の幼稚園との関係を
  冗談交じりに話してくれていました。)
 私は、公立の幼稚園があるにも関わらず、
 聖○○○幼稚園を出ました。
 (牧師様へのエールでした)
 大学では、コーラスをやっていて、
 宗教曲を歌いました。 
 云々」

という具合です。

心に残ったのは、牧師様の奥様や独居老人の方のお話でした。

「この場はにぎやかで楽しいけれど、
 自宅に帰って一人ぼっちになると
 無性に寂しくなってくるんです。」

「涙を流すこともあります」

この話は、明日は我が身であり、
他人事には聴こえませんでした。

このままだと、寂しい老後になります。
何十年か後に、今日の方々と同じように
ひとり暮らしは寂しいと話しているかもしれません。

しみじみと考えさせられました。

本当に、あたたかく
未来予想図も見えてきた
有意義な祝会でした。

参加させていただき、ありがとうございました。

「主の平和!」
12月26日の日記から

浅田真央ちゃんが2位だった。
いい演技だったのになあ。
シーズンでの安定感が、
安藤美姫の武器でしたね。

浅田真央ちゃんが優勝すれば、
「浅田真央、完全復活」
のタイトルだったでしょうに。
残念。

でも、復帰してすぐに優勝はできないと、
後輩に厳しさを教えたと考えれば、
世界選手権に向けて、浅田真央ちゃんには
いい薬になったと思います。

浅田真央ちゃんと、村上佳菜子選手を応援していたので、
ちょっぴり残念ですが、
それぞれノーミスに近い演技での
決着なので仕方ないでしょう。

本当の勝負は、世界選手権ですね。
12月26日の日記から

絶体絶命のピンチに、浅田真央ちゃんは、
3回転半にチャレンジした。

なんという精神力。
そして、それを支える技術。

浅田真央ちゃんの復活を心から祝福したい。


ちょっと気が早いが、
浅田真央、安藤美姫、村上佳菜子
の3人なら、誰もが世界選手権の1位を狙えるメンバーとなる。

表彰台の独占だってありうる。
夢じゃないですね。

フリーで、最強のメンバーが選ばれて欲しい。


12月25日の日記から

2010年のクリスマスの約束。

どなたかと、将来を誓ったというような話ならいいのですが、
もちろん、小田和正さんのTVでのライブです。

第10回目だったようです。

ゲストが多かったので、
いろいろな曲が聴けたのはいいのですが、
小田さんの曲が少なかったのは残念でした。

できれば、ゲストが小田さんの曲を歌う・・・
いや、小田さんの曲は小田さんが歌うのが一番ですからね。
結局、こうなりますかね。

ゲストはこんなにいらないと思います。

山本潤子さんがいいですね。
赤い鳥やハイファイセットのボーカルです。
『歌を捧げて』を期待しました。
聴きたい曲ではありませんでしたが、
よかったです。

オンエアでも観ましたが、
忘年会の夜でしたので、
不覚にも、途中で寝てしまいました。
いま改めて録画で確認しました。

最後も、横浜で収録を行ったことの意味が
わかる選曲でしたね。
やはり、マイ ホーム タウンはいいですね。


気が早いのですが、2011年こそは
はがきがあたって欲しいです。

そして、収録日は平日を避けてほしい。
仕事を休んだりできないことも考えられるからです。

現在の収録日や会場は、東京近郊に有利すぎますからね。

外れたとしても、楽しみに違いありませんが。

12月24日の日記から


クリスマスイヴの今夜、我が職場では忘年会でした。

こんなに出たくない忘年会もはじめてでした。
なぜって、クワイヤーのクリスマス礼拝で歌った方が幸せだからです。

でも、忘年会は、半分仕事、いや100%仕事ですから、
拒否することはできません。

あきらめるのはなかなかできず、仮病でも使って忘年会をさぼろうかと
思ったことは事実ですが、できませんでした。

それでも、午後になり車を自宅に置きに行くころには、
まな板の上の鯉で、観念するしかありませんでした。

あきらめたなら、この状況を「肯い」楽しむしかありません。

アルコールも飲むことにしました。
咳○○にとって、アルコールは害なのですが、
そこは勢いで突破するしかありませんね

今日は、地元のお寿司屋さんが会場です。

なぜ、このお寿司屋さんになったかといいますと、
地産地消の「トラフグ」を食べるためです。

zeroをよく知る人こそ、
「栃木に海はないだろう」
とつっこんでくれるはずです。

でも、これは本当なのです。

淡水魚の養殖に成功した地元の漁業関係者が、
海水で育てたら、と考えました。
トラフグくらいの大きさなら、水槽も小さくて済みます。
一時、魚の盗難にあって、クリスマスに間に合わず?
水深が浅いので、窃盗団も盗みやすい。
セキュリティなしでは、
高級海水魚を海なし県で養殖できませんね。
かなり苦労して、いろいろと工夫されたのではないでしょうか。

ということで、「トラフグ」の高級料理で忘年会でした。

まずは、「ふぐ刺」と「ふぐ鍋」です。

高級魚のふぐは、ぶっちゃけ「味がしません」

味は、ポン酢ややくみの味です。

値段の割には、味はしませんでした。
ですから、おいしいというレベルにも到達しませんでした。

一万円でもおかしくないコースでしたが、
特別に○○○○円でしたので、
文句は言えません。

楽しく飲んで、いよいよ出し物の時間です。
今回は見る側です。
ゆとりで参加できました。

「重大ニュース」は、恒例の出し物。
アンケートを配布して、
係がまとめます。

10位から順に発表されました。

何位かに、私の話題が。
景品に「マイクは放せません」
のタスキをもらいました。
道化師です。
まあこれも余興です。

いよいよ1位。
私が書いた内容が1位でした。

そして、おおウケでした。

さすが、zeroですね(自画自賛!)
見事、忘年会を演出したところで、
「しめ」のあいさつをしました。
「しめ」は「クレッシェンドじめ」で行きました。

そのあとは、2次会でカラオケでした。

喉の調子が芳しくないので
控えめにしました。
それでもリクエストもあり、
数曲歌いました。

クリスマスの歌も歌いましたよ。

イヴ礼拝で歌うはずの曲はありましたが、
雰囲気が合わないので、歌えませんでした。

おいしく食べて、楽しく歌って、
楽しい忘年会でした。

それでも、教会のクリスマスイヴ礼拝には及びませんでした。